デス・ゲーム9
目があった、……気がした。なんとなくだけど、一瞬蛇に睨まれた蛙のように体が硬直してしまった。
死んでしまう、と脳が思考よりも早く反応した。もはやそれは反射に近かった。自分の乱れた音が意識の遠く向こう側で聞こえている。自分の体じゃないみたいに動けない。ラジコン操作のパニックゲームをしているようだ。思った方向に行きたいのに、脳の指令が末端まで届かない。
「う……っ」
「おい藤井! 逃げっ! るぞ!」
三島の怒鳴り声で体のコントロールが元に戻った。
「あ……お、おう」
俺たちが体を反転させて走り出したのとほぼ同時に、黒い巨体のモンスターも一歩こちらに向かって踏み出していた。夢の中にいるみたいに体が重い。うまく走れない。恐怖で脳が狂ったのか、なぜか腹がムズ痒く、笑いが止まらない。
俺、死んじゃうんだ。だって、あんなデカイモンスターに追われてんだもん。一発だよ。絶対アイツのパンチ、トラックに正面衝突されるよりも威力あるって。だって、人間一人があんな簡単に吹っ飛んだんだぜ。ネットの交通事故の動画でもそこまで吹っ飛んでる奴いないって。絶対死んだって。
「……白木死んだのかな!?」
「……あぁ!? なんだって!?」
「白木死んだのかな!?」
三島も俺と同じことを思っていたのかも知れない。俺の問いに答えられず、沈黙してしまった。そりゃそうだよな。
「とりあえず、建物の死角を走り抜けてアイツの視界から外れるぞ」
三島の指示にただ従うしか出来ることはなかった。頭は真っ白になっている。これ、夢なんじゃねぇかななんて思い始めている。だって、これおかしいって。絶対おかしい。
建物の死角を走り抜けて、なんとかモンスターの追尾を振り切った。壁にもたれかかって、一旦呼吸を整える。
「なん……だよ……。あいつやべぇって」
「あぁ、マジでやべぇよ。俺たちどうすんだマジで。やべぇって」
興奮のあまりIQが下がってしまったのか、語彙力も小学生並になってしまった。しかし、もう言葉を使って文化的な会話をするのも不可能な心理状況なのだ。今この瞬間も、あいつが一歩踏み出す度に地響きが起こっている。それがどんどんこちら側に近づいているのが分かる。まさに悪夢以外のなにものでもない。
「な……なぁ、なんかここに転送される前に、白木が『狩りみたいなことをする』って言ってたよな」
俺は白木の言動にこの現状を打破するヒントが隠されていないか必死に思い出していた。
「それって……、もしかして、あのバカみたいにデカイモンスターを狩らなきゃいけないってことなんじゃないのか? それで、お前がネットで得た情報を信用するなら、アイツを狩ることで賞金が貰えるんじゃないのか?」
三島はそれを聞くと、両手で顔を覆って天を見上げた。
「マジかよ……、マジかよ……。聞いてねえよ。ゲームって言ったら普通テレビゲームだろ……。バカかよ……。考えた奴絶対昭和のおっさんだろ……。無理だろ……」
そしてブツブツと一人言を呟き始めた。俺は逆にその姿を見て冷静になり始めた。現実逃避をしたら、死ぬような気がしたからだ。夢ならよかったけど、どうやら夢でもないみたいだし。
あのバカでかいモンスターを殺さないと、俺たちは日常に戻れないんだ。
ポケットに入れてあったプラスチック製の硬いものに手が当たった。