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デス・ゲーム5





「くそっ……」



 しぶしぶながらも、俺はロープを降りていった。

 しかし、どこか安心していた。


 おそらく白木は自らこのロープを伝って地下に行ったのだ。

 ならば、少なくとも殺されることはないだろう。


 その考えだけが、唯一の支えだった。

 俺はどこまで続いているのか分からないロープを、ただひたすらに降りていった。



 何分降りただろうか。

 そろそろ力が限界に近づいてきた。

 終わりが見えないということが、疲労を何倍にも膨らませていた。


 基準となるものがないので、とうとう自分がちゃんと降りているのかさえ分からなくなってきた。

 今、手を離したら死んでしまうのだろうか。

 もうそれでもいいような気がしてきた。


 生きている理由だって特にない。

 強いていうなら、死にたくないから生きているだけなのだ。

 毎日生きている時間を潰すためだけにスマホゲームに入り浸っている。

 

 そんな人生に一体どれだけの価値があるというのだろうか。

 腕に乳酸が溜まり、力を入れるのも限界に近くなってきた。



 俺が死んだら誰か泣いてくれるのだろうか。

 そんなことを考えた瞬間、手がロープから離れてしまった。



 体が宙に浮き、すぐさま地球の重力に引っ張られる。

 もう死ぬんだと思ったら、声も出なかった。

 走馬灯もなかった。

 思い出したい幸せな記憶なんてものは、俺にはなかったからだ。



 背中に激痛が走った。




「かっ……はっ」

 痛みに悶えたあと、仰向けのまま生きていることを確認した。

 どうやら、あと少しのところで地面があったらしい。

 暗闇の中で、乱れた呼吸の音だけが響いた。


 上を見ても光の一つも見当たらない。

 先ほどは死にたいと思っていたのに、今は生きててよかったと思えた。

 安心して涙が流れた。



 息を整えたあと、手探りで壁を調べた。

 おそらくこの空間は長さニメートルほどの正方形の部屋らしい。

 壁伝いに歩いていくと、取っ手のようなものに手が触れた。

 押しても引いてもビクともしなかった。



「なんだよ……。これ、ただの出っ張りなのか?」

 その出っ張りの大まかな位置を覚えてもう一周してみた。

 やはり、異物は先ほどの出っ張りだけのようだ。

 もう一度戻ってきて考えてみる。


 押してダメなら引いてみなという言葉があるが、どちらも試した。

 他に扉を開ける方法といなると……。




 視界に眩い光が差し込んだ。




「そうか……、スライド式だったのか……」

 久しぶりの光に安堵したのか、思わず笑みがこぼれた。

 自分の間抜けさにバカバカしくなってしまったのかも知れない。

 眩しい世界に目が慣れてきた。ゆっくりと目を開けると、部屋があった。



「おぉ、なんだお前もやっぱり来たのか」

 聞き慣れた声がした。六畳くらいの部屋の中には、行方不明になっていた三島がいた。

 呑気にポテトチップスを食べている。



 部屋の中は真っ白だった。

 コンクリートのようにツルツルで、汚れの一つもなかった。

 天井の中央に照明が一つだけあって、この部屋の全てを照らしている。


 その中に白木雪子の姿もあった。白木は壁にもたれかかって腕を組み、じっとこちらを見つめている。

 薄いポテトチップスが咀嚼される音だけが、この空間に響いている。

 バリバリと歯切れのよい音が途切れようとすると、次のポテトチップスが三島の口に運ばれる。

 誰も話し出そうとはしない。



「とりあえず、中入れよ」

 三島に言われて、ようやく俺も部屋の中に足を踏み入れた。

 完全に部屋の中に入ると、扉がひとりでに閉まった。


 扉と壁の境目は綺麗になくなり、一度でも目を離してしまうと、もう扉の位置を正確に割り出せないような気がした。

 そして入ってきたときに掴んだ取っ手は、こちら側にはなかった。

 俺はそのことに気づいて思わず扉をスライドさせて開けようとした。



「無理無理、開かないよ。俺も試した」

 三島はポテトチップスのカスをポロポロこぼしながら、汚いにやけ面でそう言った。



「墓穴の入り口もそうだけど、どうやらここの施設は一方通行らしいんだ」

「施設? ここは何かの施設なのか?」

「いや、便宜上そう呼んでるだけだよ。俺は何も知らない」

「そうか」

「トイレはどうしてたんだ?」

「不思議なことにここにいるあいだは、そういう生理現象が起こっていない」

「そうか……」



 俺はもう一度部屋の中をぐるりと見渡した。

 部屋の角には箱が幾つかあった。高さは自分の膝くらいの大きさで、そのうちの一つが開封されていた。



「その箱はなにが入ってんだ?」

「あぁ、食料が入ってた。水も入ってる」

「他の箱には?」

「さぁ……、開けられたのはあの箱だけなんだよね」

 じゃあ、こいつは一日中ここで飲み食いして過ごしていたということなのか。

 周りの大人たちも巻き込んで、なにやってんだこいつは。

 どうして家に帰らないんだ? 戻れないのなら、先に進めばいいじゃないか。



 ……先に進めば…………。




 そういえば、ここから先に進む扉がどこにも見当たらない。



「あれ……。もしかして俺たちって閉じ込められてるのか?」

「そのための食料なんじゃないの?」



 まるで英気を養うかのように、三島はポテトチップスの袋を斜め上に持ち上げて、残り全てを口の中に流し込んだ。

 そしてそばに置いてあるコーラを喉を鳴らしながら飲んだ。

 あまりの傍若無人ぶりに唖然とした。

 三島はいつも妙に肝が据わっているところがあった。

 特に今のような考えても仕方がないような場面では、考えることをやめる。



「あ、そういえば……」

 俺は思い出したかのように呟き、白木の方を見る。



「白木はここが何か知ってる……んだよな? 自分からここに入ってきたわけだし」


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