白木雪子
刑事は柔らかい笑みを浮かべたが、他人の思考を射抜くような目は鋭いままだった。
「知りませ……ん」
その鋭い眼光にやられて、咄嗟に嘘をついてしまった。
手に汗が浮かび上がることすら、見抜かれてしまいそうな気がしたので、手のひらが見えてしまわないように強く握って隠した。
ここで本当は知っています、と訂正すればややこしいことになると思った。
実際に俺は知らないと言っても間違いではなかった。
昨日の夜、学校の裏山の寺に行く予定だと告げられていただけだ。
実際に行ったかどうかは、俺には分からないし、学校の裏山なら遅からず捜索はされるだろう。
だからもう何も言わなかった。
辻褄を合わせようとすると、必ずボロが出てしまう。
この目の前の刑事は決してその解れを見逃さず、手繰り寄せて真相に導くだろうから。
刑事は長い溜息を吐いて、指先で目と目の間をギュッと摘んだ。
疲れが溜まっているのだろう。よく見ると目の下には隈が薄っすらと浮かび上がっている。
その様子を見て教師は僕に退室の指示を出した。
刑事にとっては一人一人が重要な情報を持っていないか見極める必要があるが、教師にとってはただの流れ作業でしかなかった。
壁に掛けられている時計をチラチラと見つめて、どこか不満そうな顔をしている。
この教師にとって、三島正博という生徒がどれほどの価値を持っていたのかということが、ただの学生の僕にも手にとるように分かってしまう。
刑事はきっと、それ以上を感じ取っているに違いない。
両者の疲れは全くの別物だった。
同じ公務員でも、こうも違うものなのかと少なからずのショックを受けた。
*
俺は職員室を出た。
扉の前で列に並んでいる生徒は残り三人だった。
三島は交友関係が広いといえる人間ではない。
おそらく、昨日の行動を知っているのは俺くらいだろう。
残りの三人は自分たちの共通点が何かさえまだ気付いていないのだ。
三人と目があった。
中で何について訊かれたのか教えろと、目で訴えてきたがそれを無視した。
前の二人は如何にも冴えてなさそうな男子だった。
クラスの隅っこで静かにしているような人種だ。
その後ろに女子がいた。
同じクラスの白木雪子だ。
長い黒髪が艶やかに伸びていて、顔の造形は整っている。
控えめにスッとした鼻筋。
口を開くという機能を忘れてしまったかのように佇んでいる薄い唇。
肌は名前よりも白く、もはや無色透明と言った方が正しかった。
長い睫毛が覆っているその奥に吸い込まれそうなほど黒くて大きな瞳が潜んでいた。
白木は視線に気づくと、僕を一瞥したが、また真っ直ぐに前を見据えた。
こうしてみると、まるで囚人の列のようにも思えた。
僕たちは情報提供者であると同時に容疑者リストだったのかもしれない。
その後もう一度職員室に呼び出されることはなかった。
通常通り授業を受け、放課後になり下校する。
下校中、スーツ姿の大人と警察官を何人も見かけた。
おそらく三島を捜索しているのだろう。
スーツ姿の大人は、みんな同じような人相をしていた。
刑事の仕事をしていると、厳しい表情になってしまうのだろう。
こんなに警察がうろついている中で、裏山に行くのは無理だった。
昨日の今日に不審な行動をとると怪しまれてしまう。
なので、裏山の寺に行くのは捜索が打ち切られているであろう深夜に行うことにする。