第二章
俺たちは無事帰宅することが出来た。ベッドの中に入っても興奮は冷めなかった。生死をかけた闘いをしてきたのだ。じっと天井を見つめて、今夜のことを思い返している。特に興味を惹かれたのは、あのコントローラーから得られる恩恵だった。白木は三メートルを超すモンスターに一撃をくらい吹っ飛んでも無傷で、さらにそのあと高さ四メートルほどの跳躍をしてみせた。一振りでモンスターの手首から先を切り落とす光剣。SFの世界でしかあり得ないことだと思っていた。今、自分はその能力を得られるチャンスを持っている。ただし、その強力な力を得る代わりに、死ぬまでずっと命がけの闘いを強いられる。
白木はDEボタンを絶対に押すなと言っていた。コマンドを使用すると体に悪影響が出るということも。
「……どうすっかな」
いわばこれは、絶対に間違えてはいけない選択なのだ。人生の岐路に立たされているといっても過言ではない。何もせず平凡以下の虫けらのような人生で一生を過ごすか、それとも唯一無二のパワーを手に入れるか。
迷っている間に、陽射しは完全に存在感を得て、学校へ登校する時間になった。念のため、スクールバックにコントローラーを入れておいた。
*
「よぉ……眠れたか?」
教室で三島が眠たそうな顔で話しかけてきた。
「眠れるわけないだろ」
「そうだよな」
お互いに目をパシパシさせて、同時に大きな欠伸をした。
「お前、DEボタン押してないだろうな。押したらダメだぞ」
「押さねぇよ」
とは口で言いつつも、実のところまだ迷っていた。
「そうだ。今日の夜、裏山で実験しないか? どのくらいの性能があるか見てみたい」
「んーまぁ、いいけど」
三島は渋々だが実験してくれることになった。白木はいつも通り教室の端っこに一人でいる。窓の向こう側を遠い目で見つめている。その姿はまるでフランス人形の様に、この教室では異質の雰囲気を纏っていた。そこにいること自体が不思議なことのようだった。
一瞬目があったが、すぐに逸らされた。この教室では関わりを持ちたくないのだろう。俺もその方が都合がよかった。
*
夜になった。三島とは裏山で落ち合う。周囲に誰もいないことを確認すると、三島は鞄の中からコントローラーを取り出した。電池残量が緑色に光っている。
「体力回復は昨夜みたから、今日は肉体強化の効力を見てみよう」
三島はそう言うと、白木から教わったコマンドをコントローラーに入力した。白木と同様のバフのエフェクトが、全身を輝かせた。
「……どうだ?」
「ちょっと、待って。とりあえず本気でジャンプしてみるわ」
グググ、と膝を折り曲げて下半身に力を込めた。そうしたかと思うと、次の瞬間に強風を発生させ目の前から姿を消した。
「あれ……アイツどこに消えたんだ?」
アイツがいたところを見ると、地面に足サイズのへこみが二つ残っていた。
「……おああああああ!」
三島の叫び声がした。夜も深いので辺りによく響いた。木で眠っていた鳥たちは驚き、群れで羽ばたいてしまった。
「どいてくれええええ!」
「ん?」
上から三島が降ってきた。俺はなんとかそれを交わすことが出来た。三島は背中から落ちたが、どこにも怪我をした様子はなかった。
「うおっ、これすげぇよ。めっちゃ飛ぶじゃん」
「マジかよ。お前急に消えたから分からなかった」
「もう一回飛ぶから見ててくれ。10メートルくらい跳べるんじゃないかな。分かんないけど」
三島が先程と同様に膝を屈めて力を溜めた。
そして二回目の跳躍を見せるとき、山の中に悲鳴が響いた。
「……なんだ?」
若い女の悲鳴だった。俺たちは沈黙し、お互いを見た。
「強姦……とかかな」
「あり得ない話でもないぞ……。最近ここら辺でも失踪事件が増えてるって噂あるしな。だから警察も付近をよくうろついてるし……」
「俺……ちょっと行ってみる」