ここは中世ヨーロッパ風ファンタジー世界
人は慣れる生き物だという。
どんな粗末なあばら屋でも住めば都、知らず知らずのうちに愛着が湧いてくるそうだ。
私もいつの間にか動けない体に慣れつつあった。或いは、諦めたとも言える。
動けない動けないと常々思っていたがそれもそのはず、それなりに柔らかいようだが厚手の布で幾重にもぐるぐる巻きにされていては身じろぎくらいしか出来ようもない。
おかげで寒くはないが、赤子とはいえ衣服を着せないのはいかがなものか。
前世のさがで、粗相をしたときに変えやすいというのはなんとなく効率的で良いと思いつつ、抗議の気持ちを泣いて訴えてみたが待遇が改善されることはなかった。
視界が確保されたことで僅かばかり情報を得られるようになり、いつも私の世話をしてくれる妙齢といって差し支えないご婦人はどうやら母親ではなく乳母のようだということ。
時折、おもちゃの兵隊のような昔のヨーロッパの軍装を着て精悍な顔立ちを精一杯眉尻を下げてのぞき込みに来る、二十代後半くらいだろうか前世の自分と同じくらいの赤錆色の男がどうやら父親だと思われること。
全く未知の文化というわけではなくビンテージ加工されたような古くはあるが黒く艶のある木製家具と昼夜問わず現役で使われている暖炉、草のような文様のレリーフ入りの壁などから西洋風の文化様式が見てとれる。ただ、室内にある照明が蝋燭のような弱弱しい光でなく、かといって白熱球のように安定した光でなかったため、最初ガス灯か何かだと思ったのだが、何やら石のようなものが納められていてそれを光源としているようだ。
自分の現状をあばら屋などと表現したが、失礼なほど立派な家に生まれたらしいことだけはわかった。
懐古趣味でもあれば、と但し書きが付くが。
窓はあるのだが、安い賃貸マンションでももう少し陽当たりが良いと思うくらい全体的に薄暗く、埃っぽい臭いがする。記憶の中で一番近い感覚を探すとするなら、土間のある山奥の平屋に入った時のような気分になり、滅入る気分をそのままため息として吐き出した。
なんとなく、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界という言葉が脳裏に浮かぶ。幻想として眺めているうちは良いが、現実となってみればこんなものかと。
或いは、前世の意識など無ければ気にもしなかったのかもしれないが、テクノロジーに溢れ、過剰なほどクリーンな環境を知っているが故に幻滅したような気分にさせられる。




