表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/219

おばあちゃんとお呼び

 市場に行くとあちこちで「お嬢ちゃん何が欲しいんだい?」と声をかけられた。


 この街の人たちはお世辞がうまい。


「ねえちゃん」で十分なところを「お嬢ちゃん」ときたもんだ


 もう何人もの人に言われているから、ここでは女の人ならたとえ老婆でも「お嬢ちゃん」と呼ぶのが標準なのだろう。



 露店一つ一つが一種類を扱っている所が多い。

 つまりリンゴならリンゴだけを山盛り詰んでいるのだ。


 こんなに一日で売れるのだろうか。


 品ぞろえの良いスーパーを見慣れていると、とてつもなく効率の悪い売り方のような気がしてくる。


 そんな露店だが、見て回ること自体は面白かった



 さすが外国というべきか、よくわからない食べ物が目につく。


 アトルがどんな物かを説明してくれたのだが、今あまり冒険する気にはなれない。


 とりあえずは、根菜類や干し肉、チーズ、卵といった常温保存のききそうな物を中心に買い込む


 そして牛乳、ハム、葉物などは数日で食べきれそうな分だけを買う。



 米も買いたかったが、ここらではあまり食べられていないらしく、見つけるのに苦労した。

 やっと見つけた玄米も古い上に保存状態もよくなかったようで変色し虫が湧いていた。



 ないよりマシと思い買ってはみたが、少しの量だけにとどめておく。

 これは小麦で生活していく覚悟を決めるしかない。


 米を探すのと同時に醤油と味噌も探したがこちらは見つけることはできなかった。

 基本調味料「さしすせそ」である砂糖、塩、酢、醤油、味噌のうち2つもないとは頭が痛い。


 もう一つ困った事は海の幸がほとんど売っていない事。


 島国日本では考えられないのだがここクマリンは内陸にあるため海産物はめったに入ってこないらしい。

 冷蔵技術もないのでは運んでいるうちに腐るという事だろう。


 秋ごろになると川で獲れる魚が市に並ぶそうだが今の時期はほとんどないそうだ。


 出汁を取るため、昆布やいりこ等も欲しかったが、なかった。

 たぶん昆布ではない海藻、サバではない魚の乾物が奇跡的にあったのでとりあえず購入しておいた。


 ここでは出汁をとる文化がないのか、店の人に「そんなもの何に使うんだい」と驚かれた。


 卸しの際押し付けられた商品だったらしい。


 店の在庫全部持って行かされた。





 日本との文化の違いを感じる買い物であった。









 二人のカバンがいっぱいになるまで買い込み、クマリンを後にする。


 ずいぶん遅くなってしまった。暗くなる前に付けばいいが。


 少し速足で家への道を進む


「おい、チクバ!」


 突然、後ろをついてきていたアトルに呼び捨てにされ「こりゃっ」と叱る。


「大人を呼び捨てるもんじゃないよ」


 注意されたアトルは納得いかないのか口を尖らせた。



「ばあちゃんと呼んでいいぞ」


「ばあ…て、え、いや、それは…ちょっと」


 激しく動揺するアトルをみて、いいかいアトルと言い聞かせる



「遠慮することはない、これから一緒に住む家族なんじゃ、これからはわしがアトルのばあちゃんだ」



「ほれ、呼んでみい」と催促すると「お嬢様」だの「チクバ様」だの往生際悪くいろいろ言っていたが


「わしの言う事が聞けんのかの」と圧力をかけると目を白黒させながら「ばあちゃん」と呼んでくれた。


「うんうん。良い響きじゃ」と機嫌よくしたわしを見て「……頭おかしいだろ」と肩を落としていた。




「そ、そんなことより、どこまで行く気だよ。結界の外に出て危ねえだろう」


「けっかい?」


「結界だよ、結界。結界の外に出るとモンスターが襲ってくるから危ないって」


「もんすた?」


「モンスターだよ! 人を喰う獣だよ!」


「ああ、はいはい」


 鬼のことか。


 わしもよく子供に「悪い事したら鬼が食べに来るぞ」と脅していたの。

 ここら辺では日本の『鬼』にあたるのが『もんすた』なのじゃろう。


 アトルはそれをいまだに信じているのじゃな。


「もんすた出たら、ばあちゃんが追い払ってやるから大丈夫だ」


「まじかよ」


「大船に乗った気でおったらええ、ばあちゃんに全部任せとき」と胸を叩いてみせる


 それでも不安そうに辺りを見渡すアトルは、なんと純粋でかわいいのじゃろうか


 思わず頭をナデナデすると嫌がられた。




 行きのように途中で車に乗せてもらえたらよかったが、あいにく一台も通らなかった。


「今の時間帯に隣町へ移動しようとするもの好きはいねえよ」


「そんな怖いもの知らずは、ばあちゃんくらいだよ」と諦めの混じった涙声でいわれた

 顔を真っ青にしながらしきりに周りを警戒している。


「喰われる絶対喰われる…今のうちに逃げるか……いや、でもそれだとコイツが喰われるし…くそっ…なんでこんなことに……本当に大丈夫なのかよ……」


 そんなに怖がらんでもええじゃろうに……



 山へと登る別れ道に差し掛かった頃にはすでに太陽が沈みかけていた。


「こっちじゃ」と森の中に続く道に入る。

 アトルは「勘弁してくれよ」と肩を落とした。ずいぶん疲れているようだ


 ここまで結構歩いたので一休みさせてあげたいが、明るいうちに少しでも近づいておくべきと判断し無休憩にした。

「後少しじゃ頑張れ」と疲れの見えるアトルに声をかけた。


 洋館は山の中腹、森を抜けた先にある。行きは緩い下り坂で特に苦も感じなかったが、帰りは緩く長い登り坂となりかなりキツイ。



 これは筋肉痛になるじゃろうな。



 この歳になると筋肉痛がやってくるのは次の日ではなく明後日でもない。

 忘れた頃にやってくる。


 そして延々続く


 よく考えてみれば今日は一日調子がよかったの


 ここ数年、膝や腰が痛い日が続いていたのに今日は稀にみる絶好調の日だったようだ。

 体がすこぶる軽い。日頃の体操や散歩の効果が表れてきたのかもしれない。


 木々に囲まれた坂道を進む。

 道は舗装されていないが幅も広く藪草等は除かれていた。

 日はまだ完全には沈んではいないが木の陰になってほとんど真っ暗だ


 聞こえてくるのは、自分と後ろを歩くアトルの息遣いといろんな虫の声と木々がこすれる音



 その音に混ざって奇妙な音が聞こえた気がした。


 後ろの方から。


 獣が喉を鳴らすような音。


 後ろを歩いていたアトルが顔を強張らせてわしの隣まで駆けてきた。







 今登ってきた坂の下




 薄闇の中に


 赤い光が三つ

 


 浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ