ちぐはぐ(アトル視点)
「相当無理しておるぞ」
思いがけないキクの一言で俺の思考にストップがかかる。
クロの部屋の方向をみつめる紅い瞳は、疑うどころか心配そうに揺れている。
そこに全く警戒の色はない
なんだ。
いつものキクだ。
警戒心ゼロで騙され放題、危なっかしくて見ていられない
いつものキクだ。
安心してしまった自分に苦笑する。
俺、なんだかんだ言ってクロのいる今の生活も気に入っているようだ。
剣の修業も始まったばかり、もう少し騙されていていいぞ。キク。
「……無理してんのか。アイツ」
到底そう見えなかったが、部屋に向かう前のクロの淡泊な態度は余裕が無かったからか。
「自覚がないのが一番危ういの」
キクのそういう人の感情を嗅ぎ分ける力には脱帽する。
「このままだと、身を亡ぼすじゃろうな」
そんな不吉な予言までして見せた。
「身を亡ぼすって?」
どういうことだ?死ぬってことか?
「あまり心を無視して体を動かしすぎるとな、そのうち心と体がちぐはぐになってくるんじゃよ」
動きたいと思うのに動けなかったり、休もうと思うのに休めなかったりしはじめて
そうするとだんだん心が疲れてきて壊れてしまうのだそうだ。
そんなことが、本当に起こり得るのかは知らないが、もし本当に起こるのだとしたら。
「……怖いな」
「そうじゃの。一度ズレてしまうとなかなか元に戻らんようでの。生き地獄らしい」
キクのこういった話はどこから仕入れてくるのか。
「見たことあるのか?」と聞くと「ある」と頷いた
「そやつもそれまでは自覚なく笑っとったよ」
そういって寂し気に微笑む。
「クロ助はそうなる前に気付いたらええがの」
二日目の昼にやっと出てきたクロの顔を見つめるキク。
「おはようございます」と言ったクロは神妙にキクの視線を受けていた。
起きてきたクロへの第一声は毎回決まっている。
「クロ助、何が食べたい?」
そう明るい声をかける。
「何でも好きなものを作ってやるぞ」とキクが笑うと、クロは嬉しそうな顔をする。
しばらく悩んだ後「では、グラタンを」と答えた。
ここでクロから飛び出す料理名は初めて聞くものばかりだ
「テンプラ」だったり「はんばあぐ」だったりどうしてそんなものを知っているのか謎だ。
キクが知らないかもとは思わないのだろうか。
言われたキクはちゃんと理解して、そしてちゃんと作って見せてはいるが。
キクとクロの関係がよくつかめない。
俺からみたら、
キクは危なっかしくて見ていられない女の子で
対し、クロは腕もたつし物知りで、とても頼りになる大人だ。
なのにキクがからむとなぜかクロが子供に見えてくる。
というか、キクは明らかにクロを子供扱いしている。
そして、クロもそれを甘んじて受け入れている。
あんな年下の女の子に偉そうな態度とられて腹が立たないか?と聞いてみるが
「おばあちゃんにはかないませんから」
と本気か冗談かわからない調子の返事をされた。




