剣術道場(アトル視点)
「脇をしめてください」
金属がはげしくぶつかる音が響き渡る中でクロの注意が飛ぶ。
何度指摘があっても直らないときは怒られはしないがクロに殺気が乗る。
開いた脇腹からの横薙ぎの一閃。わざわざ反応できる速さで打ってきているのに脇が開いているがゆえに反応できない。
「ほら、死んだ」
上半身と下半身が切り離されたような衝撃が走る。
クロの殺気がのるとしばらく体が動かなくなる。
実際は寸止めされているのだが。
死のイメージが脳に叩き込まれて、冷汗がふきでるのだ。
叩き切られたそこに体がある違和感に打ち震える
怒られるよりはるかに効果があり、次からは脇をしめようと一心不乱になる
そんな死のイメージが積み重ねられて何も言われずともクロの目の動きで、今自分の何が悪くどう殺されそうになっているのかわかり、必死で正して隙を埋めようと体が動く。
カンッキインと剣の打ち合う音が連続してしばらく続く。
はじめはこの金属を打つ衝撃だけで、腕がおかしくなりそうであったが毎日続けるうちに何ともなくなった。
打ち合いが続くということは自分の構えがおかしくないということだ。
最初の本気で打ち込んだら相手が大けがをするのではという心配は杞憂だった。レベルが違いすぎて相手にならない。
今は相手に一撃入れて大怪我させてやるのが目標だ。
現状は、俺の動きの全てがクロによって誘導されてる状態だが。
どんなに工夫してみても踊らされている感覚から抜け出せない。
ずっと自分に打ち込ませていたクロが攻撃に転じた。
ちゃんと俺が反応できるように手加減された一撃を、余裕をもって剣で受とめる。
否、受け止めようとしたのだが、あまりの重さに手首が悲鳴をあげ、受けきれず剣ごと叩き落されたあげくバランスをくずして倒れる。
殺気はこもってなかったが、首に触れる剣先が負けを教えてくれた。
一体コイツの細い腕のどこにこんな力があるんだよ。
当の本人は、息一つ切らしておらず涼しげな顔をしている。
「随分良くなりましたよ」
そう言ってクロが剣を収める。今日の打ち合いは終わりらしい。
俺は肩で息をしながら落とした剣を拾いあげる。手首がじんじんと痛い。
「後は定着ですね」
「ふーん定着ねえ」なんて思いながら聞いていると不意にクロが動いた。とっさに対処しようと体がうごく。
「ほら、全部出た」
そういってクロがおかしそうに笑う。
そこには初回の打ち込みとまったく進歩の無い構えをしている自分がいた
「とっさの反応でも正しく動けるように形を体に叩き込んでください」
今はスピードやパワーより、変な癖がつかないように正しい形を意識するようにと口を酸っぱくするくらい何度も言われてきた。なるほど『定着』ね。
「それから相手に押されないための体づくり」
さっきのように反応できたけど、剣ごと叩き落されましたでは意味がない。
「少なくともこれらはきっちり身につけてください。今の状態では話にならない」
「わかりますね?」と聞かれ俺は頷いた。
クロの教え方は分かりやすい。実践を交えて有用性を教えてくれる
漠然とやらされるより、目的が分かった方がやる気がでる。
「わかった」
今まさにその必要性を見せつけられたのだから。
クロがいなくても毎日欠かさず鍛えようと思う。
練習を一日さぼると、三日前の技量に戻るらしいからな
「今日はここまでにしましょうか。いい匂いがしてきたし」
クロも最近はキクの作るご飯に夢中のようで、匂いのする方向をしきりに見ている。
汗と泥でドロドロな俺に対し向こうは汗一つかいていない。
これも体力の差か。
「ありがとうございましたー」
そう言ってちょこっと頭をさげると、匂いに吸い寄せられていたクロは慌ててこちらを振り返って姿勢を正し「はい」と答える。
「本当、育ちがいい」
ぼそっと言ったクロの声がよく聞き取れなくて「なんだ?」と聞き返すがスルーされた。




