三食おやつ付き
頭を押さえるハンサムの気持ちはわかる。
いきなりこんな無茶苦茶な提案をされてはそりゃ悩む。悩んで当然じゃ。
では、わかっていながらなぜわしが強引に推し進めようとしているのかというと、なんとかこの男をここに引き留めておきたかったのだ。
正直な所、あんな目にあった後でわしは怖かった。
ただ、口に出すと「では、安全な老人ホームに入りましょう」という話になるので言えないが。
また、いつ妖怪に囲まれるかわからない。
今回は助かったが次はきっと喰われる。
わしだけならいい。こんな老いぼれいつ死のうが構わない。十分過ぎるほど生きた。
でも、あー坊は違う。まだ先があるのだ。
せめて小さなアトルを守ってくれる存在が欲しかった。
しかし誰にどう頼めばいいのかもわからない。
そんな今、目の前に運よくその存在がいる。
こんな機会は滅多にないぞ。逃してなるものかい
赤髪の使いだとしても、使えるものは使っておかねば。
とりあえず今夜安心して眠りたい
願うような気持で、ハンサムの返事をまつ。
わしの視線をうけ、くしゃくしゃと黒髪をかきまぜたハンサムは大きくため息をついた。
「……本当に三食つけてくれるんですね?」
「なんならおやつもつけようかの」
「それと僕は仕事の関係で不在が多くなると思いますけどそれでもいいんですね?」
「ええよ、後で文句いったりせんから安心し」
「では、お願いしましょうか」
よしっ
「わしは竹葉菊じゃ、よろしく頼むぞハンサム」
「アトルだ。ご愁傷様だなハンサム」
「アトル君にキクちゃんですね」
「菊ちゃんなんて呼ばれると、こっぱずかしいわい。ばあちゃんでいいぞ。ハンサム」
「え……、あの、ばあちゃんですか? いいんですか、本当に?」
「わしがいいと言っとるんじゃよ」
「まあ、本人がそう希望されるなら……」とハンサムは了解してくれた。
「ところで、さっきから気になっていたんですが、『ハンサム』ってなんですか」
「えっお前の名前じゃな」
「違います」
かぶせ気味で否定され、あー坊がわしの方を見てきた。
「えーでもばあちゃんが……」と言っているがわしは目を背ける。
「出来れば『クロ』と呼んでもらえると嬉しいのですが」
一瞬、わしもあー坊も黙る。
この男、黒目黒髪黒外套に黒服黒靴黒刀と、とにかく全身真っ黒なのだ。
そして名前までクロと呼べと。
どんだけ黒が好きなんじゃ。
「……真っ黒、クロ助じゃな」
わしのつぶやきを聞いたクロ助は、フッと笑う。
とりあえずこれで妖怪が襲ってきてもアトルは大丈夫。
そう思うと無理に起こしていた体から速やかに意識が拡散していった。
最後に覚えているのは
受け止められる感触とあー坊のわしを呼ぶ声と、
そして多少苦笑交じりの「まいったな」という声だった




