笑顔の応酬
わしとあー坊が見つめる中、男の手がのろりと持ち上がり額に持っていかれる。
男は頭を押さえながら上半身を起こした。頭痛でもするのか眉間にしわが寄っている。
何かを払うように頭を振り顔を上げた。
わしらが視線を向けているのに気が付き「おはようございます」と穏やかに微笑み
「また会いましたね」と話しかけてきた。
「そうじゃの、鞄盗られて以来じゃの」と微笑み返す。
「まさか、あなたがここのお嬢さんだったとは」
わしの渾身の嫌味もさわやかに流された。
「お礼を言わんとな。危ないところを助けてもらったそうじゃの」
にこにこにこと微笑みあう。
「気にされなくていいですよ。それより体の具合はどうですか?」
厚顔がお礼なんていらないと、謙虚な態度をみせた。
「胸が、くそ悪いの」
にこにこにこ。
わしの笑顔の圧力にあちらの笑顔がひるむ。若造の頬を汗が通過するのを確認した。
「お礼は、わしの鞄でいいかい」
極上の笑顔を浮かべてみせる。
あー坊が静かに体をずらしてわしの視界から外れた。
ヒヨッコはごくりと息をのみ、目を泳がしている。
微笑み続けるわしを見て、汗を流し続ける青二才。
無言の圧力に耐えられなくなった洟垂はついに観念した。
「前回はすみませんでしたっっ」
そう言って勢いよく頭を下げた。
うむ、それでよろしい。
深々と下げられた頭を見て、長い息を吐きだす。
「もう、二度とやるんじゃないぞ?」
笑顔を解き、真剣な表情での懇願。
顔をあげた若者は「……はい。不快な思いをさせてすみません」と愁傷な態度で謝ってくれた。。
よし、信じよう。これにて鞄の話は終わり。
あまり若者をいじめるのは良くないからの。
「……助けてくれてありがとの」
そう言って微笑むと、男は目を一瞬見開いた後、自然な柔らかい笑顔を浮かべ
「いえ、間に合ってよかったです」
少し照れた仕草で、わしのお礼を受けとってくれた。




