隊商
隊商とは隊を組んで旅をする商人の一団である
集団で動くことで、リスク回避、コスト削減、情報交換等のメリットがある。
大商人の一団もあれば、小さな商人達の寄せ集めでできた一団もある。
クロの手配してきた隊商は後者であり先々の街で商人の入れ代わり立ち代わりはあるが、クマリンまでいくらしい。
これで馬車や護衛の問題、食糧確保等全て解決した。
こんな方法があるのか。
俺の小さな頭の中でぐるぐる考えていてもたかが知れていた。
「何事も経験ですよ」
目からうろこの俺を見てクロが笑った。
こうして、俺達は隊商の馬車に揺られクマリンを目指している。
速さとしては精々歩く速度くらいだが、大勢で動くためこれは仕方がない。
道に長く続く様々な車の列をみるのは新鮮だ
興味津々で窓の外を眺める。
「あー坊や、窓から手や頭を出すとあぶないぞ?」
引きちぎれてしまうかもしれないと言われ、「まさか」と思いながらも引っ込める。
声をかけて来た方を見ると、病的とわかるほどにやせ細った女の子が腰かけている。。
これでも死にかけていた時の事を思えば、随分よくなった方だ。
「キクのほうこそ、体は大丈夫か?」
「おお、なんともないぞ」
ピモベン=ダンの計らいにより箱型の馬車に乗せてもらっている。
雨風は防げ、椅子にはクッションがきいておりとても快適だった。
「辛くなったら、横になっていいからな」
ピモベン=ダンはこの隊商の指揮をとっている商人のことだ。
ルート選択や移動速度、護衛や食料などの手配は全部この人が管理している
もちろんその分しっかり金はとられているのだが、個人で用意することを考えると安いものだった。
髭の形が特徴的な脂肪たっぷりなおっさんだが、とてもいい人だ。
キクの体調を気遣い、いろいろと気を回してくれて助かっている。
本日のキャンプ地に到着し野営のためのテントがはられる。
そこは元もと共通の拠点となっているのか、焚火台等が残っておりそれを中心にテントが張られていく。
まだ日が高く初日は早すぎやしないか?と思ったものだが、最後尾が到着するころには夕暮れ時になっていた。よく計算されている。
自分達も手伝おうとしてみたが「とんでもない!」と断られ座って眺めていることになった。
薪も火起こしも全部やってもらえ、食事も大鍋で作られたものが配られる。
麦をミルクで煮込んだオートミールが主だ
水で薄めてありそんなに美味しいものではないが、野営の食事に期待するものではない。
温かいだけでも御の字だ
これだけの人数がいれば夜の見張りもしなくても済む
至れり尽くせりだ
こんな快適な旅になるとは思わなかったな。
隊商か。これはすごくいい。
しっかり覚えておこう。
立派なテントの天井を見ながらふかふかの毛布に包まり目を瞑った。
◆
順調な旅が続いた。困った事といったら手持無沙汰なことくらいか。
あくびを堪えていると突然馬車が止まった。
「なんだ?」
訝しみながら外を窺うと
「モンスターが現れたようです」とまだ何も確認していないのにクロは車から降りていく
暇をしていた俺の心は弾んだ
「俺も行く!」
ウキウキとクロに続こうとしたら、何か後方への抵抗を感じ振り返る。
キクが俺の服の裾を掴んでいた。
以前の俺は、構わず振り切ってさっさと行っていた。
キクも何度も繰り返してきたやり取りのため、無駄な行為だとわかっているのか服を掴むだけで何も言わなかった。キクの小さな意思表示だ。
そこにどれほどの思いが詰まっているのか身をもって知ってしまった俺は動けなくなった。
「アトルはおばあちゃんを守ってください」
そんな俺達の姿を見てクロは「すぐ片づけてきます」と言って馬車を降りて行った。
二人、馬車に残された俺達は席に戻り黙ってしまった。
「どこにも行かないから大丈夫だ」
行くのをやめても離そうとしないキクを見て、隙を見て逃げたりしないと言い聞かせる
「すまんの」
申し訳なさそうに言われてしまったが「自分の我侭のせいで」とでも思っているのだろうか。
俺はこの度のことで思い知ったのだ。
心配してくれるこの存在がどれほど貴重なのかを。
「ごめんな。いつもいつも心配かけて」
―――ありがとな
満開の思いを込めて言葉を紡いだ。




