離脱症状
突然、キクは見えない何かに怯え半狂乱になりながら暴れだした。
ひっくり返りながら必死で部屋の隅へと逃げて、見つけた果物ナイフを手に取り見えない何かにむかって威嚇をする。
訳が分からず立ち尽くす俺の前で、キクのナイフを持った手首が掴みあげられていた。クロだ。
キクは顔をしかめながら抵抗をしていたが、クロの握力で締めあげられついにナイフが手から落ちた。足元に落ちたそれをクロが蹴って俺の方へとよこしてきたので慌てて拾う。
そのままベッドへと取り押さえられたキクは髪の毛を振り乱し手足をめちゃくちゃに動かし逃れようと必死になっていた。
自分を捕まえるクロの腕に噛みつきフーフーと荒い息をもらす様は獣の様だ。
普段のキクからは考えられないような攻撃性をみせながらも体はガタガタと震えている。何をそんなに怯えているのか分からない。どんなに辺りを見渡しても何もいなのに。
「離脱症状です」
突然のキクの代わり様にビビる俺に、かまれても蹴られても表情一つ変えずクロは言う。
キクがおとなしくなるまでずっと押さえつづけ、力尽きて眠ったのを確認してから、ゆっくりと手を放した。強制的に気を失わせるという手段も使えるのだろうに、クロはキクに手荒い手段はとりたくないようだ。
キクのこの症状は薬が抜けてきて幻聴幻覚が見えているのだろうとのことだった。
なるべく体に負担がかからないようにはしているが、こればかりは避けて通れないらしい。
その後も目を覚ましたキクが奇声をあげ、すぐにクロと俺との二人がかりで押さえつけに走った。
大人しくしている時も虫が飛んでいるといっては何もない宙を手ではらい、静まり返っているのに外が騒がしすぎると怒り出した。
まるでキチガイのようだった。
キクを一人にしないようクロと交代で見張るようにする
そして、これでもまだ動けるだけマシな方だったと知ることになる。
次第にキクの体は食べ物を受け付けなくなり、みるみるうちに痩せこけていった。
最終的には食べ物だけでなく、水すらも吐きはじめた。
ベッドから起き上がることもままならなくなり、吐き気と倦怠感で一日中横になっていた
横にはなっているが眠っているわけではない。
あんなに眠っていたのに今度は眠れなくなったらしい。
おかげで目のクマがすごい。
それから一週間がたち
艶々だったキクの髪の毛は荒れ果て、ふっくらしていた頬が青白くコケる
唇は水分を失いカサカサになり、目だけが異常にギョロリとしていた。
たった一週間で別人のようだ。
俺の頭を撫でようと伸ばされた手がシワシワで骨ばっているのをみてゾッとする
いつも馬鹿みたいに自分の事を老婆だと言い張っていたが、今のキクは本当に老婆のようだ。
明らかに「死」のにおいをまとっている。
「僕も薬を抜くのは初めてなので」
どうにかできないかと見る俺に、クロは首をふる。
「薬に溺れていく人は何人も見てきましたが」
使い捨て前提で使われるものなので「抜け出す」情報はほとんど無いそうだ。
「少しなめてかかってました」
まさか、水分までとれなくなるとは思わなかったらしい
あとはキクの体力を信じるしかなかった。




