キクのペース
意識がもどったキクだったが、またすぐにベッドに横になっていた。
頭がガンガンして堪らないそうだ。
あれほどの時間、正気を奪う薬物を使われて何ともないはずがない。
苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。
眉がハの字を描き、よほど辛いのかじんわりと汗をかいている。
何にもしてやれない俺はベッドの横でキクの手を握る。
ただそれだけのことでも、キクは嬉しいようだ。たまに目を開けては、俺の無事を確認して笑いかけてくる。
どうにか変わってあげられたらいいのだが。
「あー坊」
弱弱しい声が聞こえて、俺は顔をあげる。
「あー坊……わしは…もう……駄目のようじゃ」
真っ白な顔したキクが浅い息を吐きながら声を絞り出していた。
「何言ってんだよ」
縁起でもない
「最後に……あー坊の元気な姿を見れて……嬉しかったぞ」
「だから……」
そう言う悪い冗談はやめろって
笑って流そうとしたら一際強く手を握られ俺は口を閉ざした。
キクの目が本気の目をしており、心臓が不安げにドクリと脈打った。
俺が事の深刻さを把握したのを見てキクは淡く微笑んだ。
何か言いたげに潤んだ紅い目で俺を見つめてくるが、愛おし気に「あー坊」とだけ言って終わった。
「なんだよ」と返すはずが、目の前に迫る不吉な予感に怯えてなせなかった。
「強く……生きるんじゃぞ……」
それだけ言い残すとキクは満足したように目を閉じた。
一度大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐きだしたあと
キクの手が
静かにベッドへと
落ちた。
「……ばあちゃん? ばあちゃん!!!」
呼びかけても返事はない。
嘘だろ!?せっかく再会できたのに、こんなのってないだろ。
「おい!キク!!」
あまりに突然の事で信じられずにキクの体を必死で揺する。
くー……かー……
「……」
安らかな寝息が聞こえてきて、取り乱していた俺の頭の中は真っ白になった。
「眠ったようですね」
一連の様子を見ていたクロがキリリとした表情を作っていたので、鳩尾に一撃入れておいた。
コイツがキリリとした表情の時は大抵、爆笑を堪えている時である。
なんて人騒がせな奴だ!
不覚にもちょびっと泣きそうになった。
いや、キクは前からこういう奴だった。
そうだ。
これがキクのペースだ。
なんか、どっと疲れがきた。




