号泣
「なあ、元に戻るんだよな」
眠ってしまったキクに毛布をかけながらクロに尋ねる。
キクは一日ボンヤリしてるか眠っているかのどちらかだ。どちらにしろ意識はない。
「そう思っているんですが、ここまで抜けるのに時間がかかるとは……」
「魔法とかないのか」
「治癒魔法は毒や病気には効きません」
そっか。そうだったな。
信じて待つしかないのか。唯一の救いは本人が苦しんでいない事か
幸せそうな顔をして眠るキクの頭をそっと撫でた
◆
「……あ…坊……」
昼下がり、微かに聞こえたキクの声に驚き振り返る
「キク!」
ベッドで眠っていたキクの眼がうっすらと開いており、俺は慌てて駆け寄った。
「気が付いたのか?!わかるか?俺の事」
まだ意識がはっきりしないのか返答には時間がかかった。
だが、俺を見ながら瞬きを繰り返すその瞳には確かに意思が宿っているのがわかる
「あー坊……」
なんだか懐かしい呼ばれ方に胸が熱くなる。
「気が付いたんだな!よかった!心配したん……」
言い終わる前に、体に衝撃が加わり後ろへとつんのめった。耐えきれずに床へと倒れ込む。
背中を強打して息をつまらせた。
すぐに起き上がろうとするが、のしかかる重さのせいで身動きがとれない。背中の硬い感触に対し前は柔らかい感触が包み込んでいることに驚く。
キクが首に抱き着いていた。
「ふおお…おお……おおおお!!!」
号泣された。
痛いほど強く抱きしめてくる腕が
震える体が
シャクリあげる肩が
俺を待っている間どれほど心配をしていたのか物語っていた。
この時はじめて
キクの思いの大きさを知った。
俺が狩だのなんだのと好き勝手している間、キクはずっとこんな不安な思いを抱えていたのか。
それでもずっと黙って見守っていてくれていたんだ。
大反対していたフラン登録をして、帰りも遅くなっていき、外泊をしはじめ、気を失って帰っては当たり散らし、しまいには帰って来なくなって
どれだけ心配をかけてきたんだろうか。
俺はキク失踪の話を聞いてからのたった数日の間だけでも、不安で気が狂いそうになったのに。
クロにすがって泣きじゃくったってのに。
あんな思いを何十日も……
「大丈夫。ちゃんと生きてるよ」
嗚咽をもらすキクの背中に手を回しそっと擦る
俺、アム兄達が死んだとき命なんて惜しくないと思った。
自分だけ生き残ってなんになると。
仇が取れるなら死んでもいいと思った。
キクがこんなに心配して自分の帰りを待っていてくれているのも知らずに。
……死ななくて良かった。
心底そう思えた。
あんなに無茶苦茶して、自分が生き残れたのはたまたま偶然だ。
「ごめんな」
俺、自分の事ばかりだったな。
全く周りが見えていなかった。
一番大切なものが見えていなかった。
「ぼう、ばべばびがど……」
「何言ってるかわかんねえよ」
顔中が涙と鼻水でくしゃくしゃだ
もっと奇麗に泣けないものかと苦笑する。
いや、これでいいのか。
意識がない状態で涙を静かにこぼす姿は奇麗ではあったが違う気がした。
キクの泣き方は不思議と人を安心させる。
ああ、キクだ。
これが、キクだ。
やっとキクにあえた。
さっさと進みたいのに、手がまわってない(汗)ごめんなさい




