無事
「そんなことより!お前、無事だったのか?」
何事もなかったかのようにそこに座っているが、コイツ倒れたんじゃなかったのか。攫われたんじゃなかったのか。
「はい?ええ、無事でしたよ?」
そう答えるクロはちゃんと無傷でいつもの真っ黒な服に黒いマントを羽織っている。
何をそんなに驚いているのかわからないといった目で見てくるので、怪しい奴等に連れ去られるのを目撃したことを説明する。
「ああ、見てたんですね」
ばつが悪そうに頭をかいた。
「今回はかなりまずかったです」
あの状況を「まずかった」で終わっていいものか。まあ、現に自由にピンピンしている。うまいこと逃げ出してきたのだろう
「……大丈夫なんだよな?」
一応もう一度確認をとっておく。
「ええ、まあ、なんとか」
なんだよその歯切れの悪い答えは。
「あれからおばあちゃんの具合はどうですか?」
発作はおこってないようですがと、キクの様子をみる。
随分強引な話題転換だがまあいいか。
「目は覚ましたけど、まだ夢の中にいる感じだ」
「二日経ってもまだ正気が戻らないとはまた随分と厄介ですね」
「なあ、このままキクも淫乱女になるのか?」
一心不乱によがり狂う女達を思い出す。キクがあんな風になったら嫌だ。
「淫乱?」
俺の言葉にクロが、首をかしげる。
「ああ、あの毒虫ですか。あれは普通にしてればさほど脅威ではないですよ」
淫乱になる毒なわけではなく、刺した相手の感覚を過剰にさせる毒なのだそうだ。それならどうして離れにいた女たちはあんなに狂っていたのか。
「マウスの実験で、脳に快楽が奔るボタンをマウス自身で押させるというのがあります。そうするとマウスは快楽だけを求めて餓死するまでボタンを押し続けるんですが、まさにそれと同じことが人間におこります」
なんだよマウスの実験って?という話は置いておこう。
マウスではなく、実際命の危険にさらされていてもお構いなしに腰を振って快楽に溺れていた女の姿をこの目で見ている。
「毒が回っているあいだ過剰な快楽を覚えさせられると脳に焼き付いて離れなくなるようですよ」
「でも毒の方は昨日までで完全にぬけたと思いますし。問題ないでしょう」とキクを見る。俺もつられてキクをみると、いきなり自分が注目されてキクが首をかしげる。
「ねー?おばあちゃん」とクロが意味もなくナデナデすると、何もわかっていないキクが嬉しそうに目をつぶる。
まるで子犬だ。尻尾が生えてたら思いっきりふられていることだろう。
かわいい
「……もしかして、もう手を出した後とか?」
「出してねえよ!」
俺が否定すると「ですよねえ」とものすごい笑顔で頷かれた。
なんだ!この釈然としない感じは!
俺、手を出す甲斐性がないと思ってんのか!?




