時の流れ
隠し通路の出口は街の外の少し離れた小高い丘の上にあったようだ。
道理で結構な長さの階段が続いていたわけだ。
木々の間からフェナントレンが見渡せ、城から黒煙があがっているのが確認できた。
俺達は先程まであそこにいたのだ。
自分の昔の家が燃えるのを見て足がとまる。
乞食の時は幾度となくここに帰りたいと思っていた。
だが、ここにはもう自分の居場所などなかったのだ。
変わり果てた家をみた。街をみた。
時は流れてしまったのだと思い知らされた。
「つらいですか」
燃える離れを見ながら立ち尽くす俺を見てクロが声をかけてくる。
「……どうだろうな。以前は絶対舞い戻って復讐してやると思ってたけどな」
今、俺には帰る家がある。
だから、もういいんだ。
今、帰りたいと思う場所はあの家ではなく、キクのいるクマリンの家だ。
フェナントレンでは沢山の侍女達が出迎えてくれて、身の回りのことを全てやってくれていたけれど、
それよりキク一人笑顔で迎えてくれる今の家がいい。
情けないと罵られてもいい。
「今は復讐よりキクといるほうがいい」
「ご飯もおいしいですしねえ」
「そこかよ」
しみじみ言うクロにツッコミを入れる。
「いえ冗談抜きで、もう二度と食べられないとなったら僕は発狂しますからね」
君も、そのうち恋しくなって同じ味を求める日がきますよ。と言われてフンと一蹴する。
そんな日は来ない。
俺はもうキクから離れる気などないのだから。
◆
丘を下り街道へ向かう途中、家畜小屋だと思っていた小屋の中から、人のうめき声が聞こえてきて驚く。
中を覗くとものすごい異臭が鼻を突いた。
暗くてよく見えなかったが中には牛や豚ではなく、人が閉じ込められていた。
驚く俺の耳にハエがブンブン飛び交う音が聞こえてくる。
「奴隷です」
おそらくこの近くの鉱山だか農場だかで働かされているのだろうとの話。
「こんな街の外で?」驚く俺に「フェナントレンには入れてもらえないでしょう」と肩をすくめる。
「街で見かける着飾られた奴隷は選ばれたごくわずかな奴隷です。大体の奴隷が労働力としてああやって飼われます」
まさに「飼われる」というのが的確な表現だった。
扱いがまるきり家畜だ。酷すぎる。
「逃がしてやろう」と動こうとすると「やめて下さい」とクロに止められる。
「それで、何が変わりますか。
また、すぐ奴隷が集められて同じことの繰り返しです。
変わることと言えば君が奴隷泥棒として捕まるくらいですよ」
「そうなった時、僕はもう助けには行きません」キッパリと言い捨てられて、まさにたった今助け出されたばかりの俺の手はとまった。
だが、このままなのはかわいそうだ。
この人たちはこのまま使い捨てられて死ぬのだ。
「腐った領主がいなくなった後フタラジンはどうなったと思います?」
なおも、施錠へと手を伸ばそうとする俺を妨害するようにクロが前に立った。
「さあ……少しはマシになったのか?」
フタラジンの血の惨劇を思い出すあの場に呼ばれていた腐った有力貴族は全員肉塊になったはずだ。
「また腐った領主が就任しました」
「……」
「僕は剣の腕は君よりずっと優れているかもしれませんが、無力です。君の持つ力にはかなわない」
「俺に皇帝になれって言っているのか」
「いいえ、やり方が違うと言っているんです」
「今、君が皇帝に立ったところで三日ともたない。ただの自己中なクソガキじゃないですか」
「じこ……」
グサッと来た。
冗談めかしてはいたが、俺を映す漆黒の目が笑っていない。
……もしかして怒っている?
背中に一筋の汗が流れる。
心当たりは大いにある。
今回は少しばかり、いや、ものすごく迷惑をかけた。
全ての尻拭いをクロがやってくれた。
それなのに懲りずにまた馬鹿な真似をしようとする俺に嫌気がさしててもおかしくない。
あー、えー、うー、と何か言い繕おうとしてみたが何も思い浮かばず「ごめん」という言葉に落ちつく。
奴隷解放を諦め、クロの後ろを機嫌を窺いながら歩く。
「……もう少し考えてから動くようにする」
俺が愁傷な態度で謝ると
「まあ、真っ直ぐなところが君の良いところでもありますから」
そう言ってクロは肩を下げた。
「フェナントレンには、乞食はいません。奴隷は乞食と違いちゃんと食糧ももらえますし、雨風もしのげますよ」
「……乞食より奴隷の方が良いって?」
「さて、どうでしょうね」
ああ、そうか
コイツは答えを言っているわけではないのか。
これは俺への問題提起だ。
クロは自分で考えろと言っているのだ。ちゃんと、メリットデメリット付きあわせて。
知らず知らずのうちに自分の脳にクモの巣がかかっていたようだ。
乞食の時の方が余程頭を使っていた気がする。
あのころは生きるための取捨選択を常に行っていた。
そうだ。世の中は悪と正義には別れていない。
今の俺は、ただ気分のいい方へ流されているだけだった。
「どうか強く賢くなって下さい。おばあちゃんの元で沢山学んでください。誰に習うよりおばあちゃんが一番です」
何故かクロのキクへの評価は非常に高い。
思わず嫉妬してしまうくらいに。
「クロが教えてくれればいいだろう」
「アトル。いいですか?そうは見えないでしょうが彼女は僕よりずっと知識も経験も豊富に持っています。僕なんておばあちゃんの足元にも及ばない」
そうは言っても、同い年くらいの女の子に、しかも意中の女の子に教えてくれと頼むのは抵抗がある。
「君が頼む必要もなく、おばあちゃんは君に教えたがってウズウズしていますよ?」
フランに登録する前、キクは俺に何かと教え込ませようと語り聞かせてきていた。
それが鬱陶しくてフランに登録したのだ。
「……俺がキクから学べばクロの役にたつのか」
「僕ですか?僕は、関係ないのでは?」
首をかしげるクロに、俺もクロに評価されたいんだよとも言えず黙りこむ
「そうですね、いつか僕がアトルに甘える日が来るかもしれませんね」
いまいち理解できていないクロはとりあえず、無難な答えを返してきた。
「わかった。俺、頑張るわ」
「……何か、方向がおかしくないですか」
「期待してろよ」
ニヤリとわらって、誤魔化しておいた。
なんてことはない。俺は、同い年のキクから手ほどきを受けるための「口実」が欲しかったのだ
◆
クロの先導の元、歩き進めると馬車が待っていた。
クロが前もって手配していたようで、乗り込みキクを座席に横たえる。
もうすでに目的地は伝えてあるため、着いたらその宿に泊まるように言われた。
流石クロというべきか、部屋もちゃんと確保してあるらしい。
絶対にフェナントレンには戻らないように言われた
「ロス皇子暗殺未遂により警備が厳重になっていますからね。下手したら捕まりますよ」
こうなることを見越して街の外に馬車を用意していたのか。
「クロは来ないのか」
クロが来れば必要ないことを何故かこまごまと説明されることに首をかしげる。
「僕は今からちょっと来客がありまして」
来客?
「終わったらすぐ追いかけます」
たぶん、また刺客だ。
こんな時に。
馬車はゆっくりと走り出し、俺は後ろの窓から遠ざかっていくクロの後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
妙な胸騒ぎがしたのだ。
いつもの黒いマント姿ではなく、帝国兵の恰好をしたクロはすすで汚れてボロボロにみえた。
そう言えば、防魔布のマントが焼け落ちたこと俺は伝えていなかった。
大丈夫。クロなら大丈夫。
俺はクロの実力をこの目で見ているし知っている。
道は大きく蛇行しており、しばらく行くと先程の場所が見える角度へとかわった。
はげしく発光する箇所があり俺は窓から体を乗り出し目を凝らした。
複数の人の影が動くのが見える。
遠すぎてはっきりした姿かたちはわからなかったが、一人に向かって寄ってたかって魔法を放っているのはわかった。
その「一人」がクロなのだろうと想像がついたが、脳がすぐその考えを否定しようとする。
なぜなら、囲まれたその「一人」はすでに倒れ動かなくなっていたからだ。
信じられない光景にサッと血の気が引く。
「止めろ!」
思わず叫ぶと、馬車は命令通り手綱が引かれ歩みを止める。
突然の急停止に馬車は大きく揺れ、落ちそうになったキクを何とか支える。
馬が抗議で嘶いた。
外に飛び出た時には、クロの姿はなくなっていた。
大変お待たせして申し訳ないです。レビューありがとうございました!!




