命の選択
このままだと全員が焼け死ぬ
急いで奴隷達を解放しようとする俺にクロがポケットから剣を取り出し渡してくれた。
まず、そばで倒れている男を揺すり起そうと駆け寄る。
「その人はいいです」
「おい、起きろ」と声をかけているとクロが淡白な声で助ける必要はないと言ってきた。
「間違いなく殺しましたので」
男を見ると、すでにこと切れていた。
「……なんで?なんで殺したんだよ」
コイツが何したって言うんだよ!大体なんで皇子を殴るのを止めたりしたんだ!
「……すみません。条件反射です」
ロス皇子と別の意味でゾワリとする。
「反射って……そんな理由で」
いや、今はクロを責めている場合ではない。
今は一刻をあらそう時だ。他の奴隷の元へと走る。
真ん中に捕らえられている奴隷達を一気に解放しようとしたが、鍵のありかがわからず後回しにする。
比較的ダメージの少なそうな奴を選んで、拷問器具から解放し他の奴等の解放をお願いする。
人が増えれば、解放作業も早い。
俺一人だと無理だった真ん中に捕らえられている集団も解放することに成功した。
大人が集まり近くにあった斧や金棒で力尽くで鍵を壊したのだ。
この斧なども拷問用に使ったようで血がべったりとついていた。
地獄から解放されて皆が安堵の涙を流す中、人に斧を振り下ろす大男の姿があった
「おいっ!何やってんだ!」
女を手にかけた所で止めに入る。
「こいつらはもう助からない」
致命傷を負った奴、動けない状態になった奴、精神がおかしくなった奴、そういった奴等に引導を渡して回っていたのだ。
だけど、まだ生きているのに!
生きたがっている奴もいるっていうのに!
「なにも殺すことはないだろう!」
俺が怒ると大男が表情を崩した。
「ソイツは、俺のツレだ」
今し方、大男が殺した女を見て青くなる。
「いい女だったんだ。気丈でやさしくてな。皇子たちにやられて狂わされた」
「守ってやれなかった」と辛そうな顔をした。
毒虫にやられたと思われる他の女たちも自分の命より快感を求めるのに必死になっている
「このままここに置いて行ったら焼け死ぬだけだ」
「そこの若いの」
俺が何も言えずにいると、大男はクロに声をかけた。
「必死で治癒しているようだが、外傷でないなら時間の無駄だ。魔力が尽きたら死ぬ。それなら他の奴等を治癒して欲しい」
男の言葉に思考が止まる。
何を言い出すんだ!?
「おい!」
抗議の声をあげる俺に、静かに視線を落としてきた。
「そうした方がもっと多くの命を救える」
足をケガして動けなくなっている奴を治せばそいつは救われる。
動ける奴が増えればその分、ケガ人に手をかす余裕ができる。
そもそもクロが治してくれなければ自分はきっと、とどめをさされる対象だった。
「お前も、わかっているんだろ?」
助からないってことは。と男がクロに投げかける
クロは、答えなかったが、その沈黙が肯定をあらわしていた。
足元が揺らぐ感覚に陥る。
一人か十人かと聞かれたら十人を助ける方が正しいのだろう。
しかもその「一人」が助かる見込みがないとしたらなおの事。
そんな事はわかっている
わかっているが……
「他の命に興味はないので」
治癒魔法をやめさせようと近づく大男に、視線すら向けずにクロが答える
クロの答えは冷たく、そして単純明快だった。
クロの命の選択はブレない。何においてもキクが一番だ
クロのキクへの執着の理由はわからないが。
大男は「そうか」とだけ答えておとなしく引き下がった。
俺は黙ってケガ人を肩に担いだ。
「子供が無理するな」
ふらつく俺をみてそうたしなめられたがこうでもしないといたたまれなかった。
俺はこの大男を責める資格がなかった。
クロの答えに俺は救われる思いだった。
俺も全員犠牲にしてでもキクを救いたいと思ったのだ。
だがクロのようにそれを口にする勇気はなかった。
皆が命の選択をしている時に、奇麗事を並べた自分は馬鹿だ。
体に走る痛みをこらえ歯を食いしばっていると呆れ声をだされた。
「子供に頑張られると手を抜けなくなる」
なぜか、頭をなでられる。
俺が抱えていたケガ人も引き受けていった。
とどめを刺すしかない人もいたが、動ける奴はできる限り怪我人に手をかす流れとなった




