健気
地面に押さえつけられている俺の前に革靴が現れ、首を持ちあげて上を見上げる
成金のような派手なものではなく、だが高級とわかる服。
それを違和感なく着こなした男が俺を見下ろしていた。
「好きな女でもいたか?」
「……そんなんじゃない」
思いがけない人物の登場に体が緊張する。
「つ、連れが攫われたから助けに来たんだ」
「ほう」と興味深そうに呟いたあと皇子が無言で手をかざすと、俺をとり押さえていた手が取り除かれた。
起き上がろうとする俺の前に手が差し伸べられて驚く。
その手を取ることを躊躇してたら「ん?」と何故俺が手をとらないのか分からないといった風に首を傾げられ、俺は慌ててその手をとった。
ここで皇子の手をとらない方が失礼だ。
「あ、ありがとうございます」
そのまま助け起こされた俺は、ボソボソとお礼をいう。
「その服はこの辺りのモノではないな。縫合が違う。はるばるこの地まで助けに来たのか」
ロス皇子の推察に驚く。こんな服で、そんなことがわかるのか。
「健気だな」と笑われて顔が赤くなる。
好きな女の子のためにここまで来たと思われていることが恥ずかしかった。
なんとかごまかす言い訳を考えていると、
「お前の健気な思いに免じて解放してやろうって言ってるんだ。そんな構えるな」
フッと笑われ、更に赤くなった
「ほら、どの子だ?」
催促されて躊躇しつつも白状する。
「銀髪の女の子……目があかくて……右の柱の近くにいた」
「連れてこい」
皇子が指示をだすと傍についていた従者が静かに動いた。
え、マジで?
マジで解放してくれるのか?
超いいやつじゃないか!
「ありがとうございます!」
「礼にはおよばない。私が勝手に心打たれただけだ。そこまで強く恋人を思える奴はなかなかいない」
「別に恋人じゃない……です」
俺が口を尖らせると、「ははっ」と爽やかに笑い「そうだったな。すまない」とあっさりと引いてくれた。
すごい好青年だ。
それに対し自分は感じ悪いことこの上ない。
自分はもう少し大人にならないと。
これからは態度を改めようと反省する。
奴隷商人との交渉があるから俺は待つように言われそのまま城の離れまで案内された。
つまり、俺の住んでいた家だ。
離れと言ってもパーティも開けるほどに広く、城とは別に厨房までついている
思いもかけない機会に俺は浮足立った。
顔バレの心配はあったが断るわけにもいかない。
運よく出会った使用人は全員知らない顔だった。
シン皇子派は粛清されたって言ってたから誰一人残っていないのかもしれない。
中の空気が俺の知っているのとまるで違う。
安心すると同時に寂しくもあった。
控えの間に通されて待つように言われる。
椅子に腰かけた俺はあることを思い出し床を探る。
……やっぱりまだあった。
みつけたのは床の傷だ。これは俺がつけたんだ。客人から貰ったお土産が大きすぎて落としてついた傷だ。お土産は壊れ母親が真っ青になって謝っていた。
懐かしい。
俺が住んでいたころとは雰囲気は変わっていたが、ベースは同じだ。
今にも両親が扉から入ってきそうだ。
ブワッと目頭が熱くなる。
まずいな。来るのではなかった。
自分はまだ両親の死を完全に呑み込めてはいない。
思い出すと辛くなるから、考えないように考えないように言い聞かせてきたのだ。
この厳しい世の中で弱っていたら生き残れない。
だが此処に来てしまえば嫌でも思い出してしまう。両親のことを。
目を押さえて涙をこらえる。駄目だ。怪しまれる。
考えるな。考えたら駄目だ。
幸いこの部屋には自分しかいないから良かったが。
なんとか持ち直した俺は、急いで思考を別の所へ持っていく。
さっきから隣の部屋から何か聞こえてくる
この扉の先は確か広間になっていたはずだ。
よく王族のたしなみとしてダンスの練習をさせられていた。
音はそちらから聞こえてくる。扉に耳をあててみるが防音がされているのかよく聞こえなかった。
一体この扉のむこうで何をしているのだろうか。
パーティでも開かれているのだろうか。
勝手に覗いたら失礼だと思ったが、ほんのちょっとのつもりで中を覗く。
扉を開けた瞬間、甲高い絶叫が漏れてきて手が止まる。
覗いたそこは優雅なダンスホールなど広がっていなかった。
恐ろしい拷問器具が所せましと並び、それぞれに人が固定されていた。
ある者は必死に許しをこい、ある者は殺してくれとさけんでいる。
貴族たちがそれらを眺めて談笑していた。
なんだこれは?
目の前のおぞましい光景に凍り付く。
順番待ちの奴隷たちが真ん中に捕らえられており恐怖で泣いていた。
「次は、これを使ってみませんか」
「いいですねえ」
「私初めて使いますよ」
手前にいる貴族たちの会話が聞こえてくる。次の犠牲者を連れてくるよう従僕に指示をだすと、奴隷たちは恐慌状態に陥った。
選ばれた奴隷は泣き叫んで抵抗するが容赦なく連れて行かれる。
すでに涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。「お許しください、やめて、いやだ」引き攣って裏返った声で必死で懇願するが貴族達はそれすらも楽しいらしい。
新しい絶叫が響き渡たり、俺はたまらず目を逸らした。
奥の方ばかりに目が言っていたが、逸らした先、扉のすぐ傍にも人がいてギョッとする。
鼻水とよだれを垂らしてケタケタ笑い続ける女の姿があった。
その女には見覚えがある。
昨日ロス皇子が買い取って行ったはずの女だ。
腕には、もはや原型がわからないほどボロボロになった子供を抱いていた。
俺の体は恐怖に竦んだ。
同時にがちゃっとドアを開ける音が後で聞こえ、心臓が止まる。
「待たせて申し訳ない」
震える体でゆっくりと振り返ると、赤い髪をサラリと流した色男とその男にエスコートされてキクがはいってきた。
「キ…ク……」
ボンヤリと佇むキクは、俺を見ても無反応だった。
いつもなら俺の姿を見つけるとすぐ嬉しそうな顔で駆けてくるのに。
焦点の合わない目でトロンとロス皇子に寄り添っている。
感動の再会のはずなのだが、不吉な存在を前に動けない。
仕掛けることもできなければ、逃げることもできない。
俺は、人質をとられたのだとハッキリ理解した。
「では、始めようか」
キクを抱き寄せたロス皇子が、上品に微笑んだ。




