怖いのか
奴隷市の初日。
キクの出品予想の日ではないが下見として中に入ってみることになった。
クロと共にお祭りのような賑わいを眺めながら会場へと向かっていると人混みがざわついた。
表通りに兵が二騎ほど現れ人払いしていく。そして人が割れた中を兵に守られた馬車が進んできた。
金持ちの派手な物とは違う風格を感じさせる馬車だ。
「ロス皇子だ」という声が人々の口から発せられ俺の耳に届く。
ロス皇子?
「あれが……」
現皇帝の息子。
俺の従兄
燃えるような赤い髪の男が見えた。
「ロス皇子様ああああ!」女達の黄色い声が俺達の近くであがり、皇子の顔がこっちを向く。夏空ような水色の瞳と目があった。
とはいっても目が合ったのは俺だけで、皇子から見ればその他諸々の一人であったようだが。
自分に向けられた声に手を上げ上品に微笑む皇子に、再び女達の黄色い声があがった。
すごい人気だな。
たしかに女ウケする顔をしている。
同じように手を振れば女の歓声があがる男がここにいるが。
そう思ってチラリと横を窺うと、隣に立っていたはずのクロがいなくなっていた。
「え?」
突然消えたクロの姿を探して辺りを見渡す。
先に行ったのか?いや、皆ロス皇子の姿を拝もうと立ち止まり押し合ってる状態だ。
この中を前に向かって進むなんて不可能だ。
俺はなんとか人をかき分けて後退し、表通りの人だかりを抜け路地裏に移動することに成功した。
「おーい!クロー?」
もみくちゃになった服を整えながらクロを探して路地裏を走る。
運よくそんなに離れてない場所でクロの姿を発見した
「どうか……したのか?」
クロは建物の影で壁にもたれかかっていた。
「いえ」というクロの手が小さく震えている。
「顔色悪いぞ?」
「言ったでしょう?僕はロス皇子には逆らえないって」
「逆らえない」って、想像と少し違っていた。
「……怖いのか?」
「怖い……ですね」
汗を流す姿に目を丸くする。
あのクロがだ。
Ⅰ群の中でも一目を置かれている、あのクロが。
「……そんなに強いのか?」
そんな風には見えなかったが。クロなら余裕で瞬殺できそうだけどな
俺の問いにクロは答えなかった。
「それで?アトルのロス皇子を見た感想は?」
深い息を吐いて、少し余裕を取り戻してきたクロは俺に感想を聞いて来た
「いや、そう言われてもな。昔あったことあるんだろうけど全く覚えてないし。まあ、噂通りの美男子だなあくらいか」
「そうですか。僕は吐き気がしますよ」
「……」
突然の不敬発言に目を丸める。
詳しく話す気がないくせに何故そういう事を平気で言うのだろう。
「何故だ?」
「そのうちアトルにもわかります」
念のため聞いてみたがやはり話さない。
「君は復讐してやろうという気はないようですね」
復讐か。
ずいぶん呪った時期もあったけど。今はどうだろうな
とりあえず言えることは「……アイツは関係ないだろう」ということだった。
「関係ない……か」
と、なにか含みのある言い方をされた。
なんだよ。別に子供に罪はないだろう。
「突然すみません。一緒に行けなくなりました」
気を取り直して会場に向かおうとした俺にクロが申し訳なさそうにいってきた。
「僕はここで手を引かせてください」




