お店をださないか(ラナ視点)
そんな彼女はお昼あたりから家に入りお昼ご飯を用意してくれた。
「口に合えばいいが」といって出されたのは
こぶし大の白く丸いパンと、白いスープ。
レタスとキュウリそして茶色くて丸い物体がお皿の上にのっていた。
添えてあるトマトがとても華やかにみえる。
フォークとナイフを渡され、戸惑った。
日頃食べるときはほぼ手づかみだ。それで食べるのに困るものは普段出てこない。
よく使うとしたらスプーンくらいか。
とりあえず手でつかめるパンから手に取る
「うわっやわらかっ」
ちょっと指に力を入れただけで穴があいた。そのまま小さく引きちぎる。
白いもちもちの生地が中からあらわれた。
ラナの知っているパンというのは硬く黒い外側ごと包丁で輪切りにし、スープに浸しながらやわらかくして食べるものだ。
だが、これはこのまま食べられそうだ。試しに口に運んでみる。
いつもの硬い歯ごたえはなく甘い味がふわりと広がる。
思いがけない甘みに頬っぺたが落ちそうになる。
「なにこれ!すごいおいしい!こんなパン生まれて初めて食べる!」
このパンだけで満足するわ
あっという間に1個食べ終わると「そうかそうか、もっと食べ」とおかわりのパンを乗せてくれた。
えっ!いいのか?やった!
次にスープに手をだす。
ヤギのミルクで作ったというクリームスープ。
ミルクと言えばサラサラしているのに、これがなぜかとろみがある。
飲んだ感じは塩味なのに甘く感じる。たまに入るトウモロコシの粒が甘くてアクセントになる。
そして、パンとよく合う。
夢中でパンとスープを往復する。
ふとアトルをみたら、フォークとナイフを両手に持ち、お皿の茶色い物体を切り口に運んでいた。
(なんでコイツはこんな自然にフォークとナイフを扱えるんだ?)
アトルを見習いながらフォークとナイフを持ち、茶色い物体に挑む
ごつごつした硬い表面にナイフを入れると思った以上に軽くナイフが沈んだ。
中は薄黄色の物体に、小さく刻んだニンジンや豆が入っていた。
口に運んでみると、茶色い外側がサクッと砕けあとからしっとりした触感が舌をつつんだ。
歯ごたえは外側の部分と、中に入った野菜の感触だけ。
これは一体何でできているんだ?ジャガイモ?でもジャガイモはこんなやわらかくないよな
「これ、中身はなんだ?」
「それはコロッケって言っての、ジャガイモをつぶして作るんじゃ。本当は肉のミンチ入れて作りたかったんじゃが、生肉は保存がきかんからの。ジャガイモと野菜だけしか入ってなくてすまんの」
いえ、十分おいしいです。何を謝られてるのかあたしわかりません。
肉入れるとこれ以上のおいしさになるの?うそでしょ
「おかわりもあるからの、遠慮なく言っとくれ」
あたしと親父とアトルは、目を配せ合った後、我先にと口に押しみ、スープを飲みまくった。
「もうおかわりは無くなってしもうたわ」とキクに申し訳なさそうに言われてから、あたし達はやっと一息ついた。
「あんた、ヘンテコリンなのに料理はすっごい上手だよな」
前回もらったクッキーも、街で売ってあるパッサパサのクッキーとは違い、サクッとしていて甘すぎず最後の一枚が惜しく感じるほどおいしかった。
よく思い返してみたら、最初にもらったトウモロコシですら抜群の塩加減だった。
「前のクッキーといい、このパンといいスープといいコロッケといい、街で店だしたら馬鹿売れすると思うぞ」
かなり本気で言ったのだが、「そうかそうか、そんなに喜んでもらえると作った甲斐があるってもんじゃ」と流された。
ただ褒めてもらってうれしかったのか「お土産にまたクッキーでも焼いてあげようかの」と鼻歌交じりで台所に入っていった。
キクのクッキーが焼き終わるころには、麦の収穫もすっかり終わり帰りの支度をはじめる。
日があるうちに帰らないとモンスターがでて危険だしね。
麦は十分な蓄えだけを残し、あとはあげると言われたがそういうわけにはいかない。
今後のことを考えると、こういう事はきっちりさせてた方がいいのだ。
というわけでばっちり買い取らせていただく。
「で?お昼に言った話だけど、店は出さないのか?」
お土産のクッキーを受け取りながら期待を込めた目で聞いてみた。
「気持ちはうれしいがの、もう歳じゃしの。内輪の分だけで十分じゃ」
「もう歳って……」
「それに、そういうのは性分じゃないんじゃよ」
周辺への根回しや、取引先への気配り、売上での一喜一憂いろいろ考えるだけで胃がもたれてしまう。
そう言われて少し驚く。
何にも考えてなさそうで、よくわかっていると思う。
商売は商品も大切だが、一番問題になってくるのは人とのつながりだ。これが本当に難しい。
誘っておいて何だが、キクは馬鹿ではないようだ。
「そっかぁ。もっと食べたかったのに残念だ」
「食べたくなったらまたおいで」
◆
「ちょっと意外だった」
帰り道、隣にすわる親父にポツリとこぼす。
「お店の話か?」
そう。
確かに不安に思うことはあるかもしれない。
だが、店を出す出さないにかかわらず、心の中では誰もが夢に胸を躍らせてしまうものだ。
キクの反応は想像以上に冷めていた。
夢の「ゆ」の字も描いていないのがわかった。
「あの歳であの物腰はすごいな」
「案外、本当におばあちゃんなのかもしれないぞ」
あんな若いおばあちゃんがいてたまるか。アホな事をいう親父にチョップをかました。




