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子供と大人

「全部売って来いって言っただろうが!」


 怒鳴り声と何かがガシャガシャンと転がる音が響き渡る。

 あー坊とクマリンに買い出しに来ている時の出来事だ。


「この役立たずが!」


 目を向けるとお腹の出た中年男が青い髪の男の子に殴る蹴るの暴行を加えていた。周りには売れ残ったと思われるブリキ細工が散乱している。


「すみませんっ!すみませんっ!」


 歳はあー坊よりは少し上くらいか。男の子は土下座をして何度も何度も謝っている。

 しかし中年男は止める事無く蹴りやすい位置になったその体を蹴り続けていた。


「これっ!子供を蹴るでない」


 男の子に覆いかぶさり、蹴るのをやめさせる。


「……なんだ?お前は」


 突然現れたわしの姿に男は動きを止める

 男と子供の間に来るように体をはさみ、男の子を背中にかばう。


 そして中年男に詰め寄った


「大の男が、こんな小さな子を虐めて恥ずかしく無いのかい」


 腰に手を当てプンプン怒っていると


「おいっやめろっ! なんだ?お前は」

 後ろから肩をつかまれ、かばっているはずの少年の方がわしを止めようとしてきた。

「余計な事すんなよ!」


 こちらに気づいたあー坊が飛んできた。


 聞いとくれよあー坊!この男この子を蹴っておったんよ


「すみません!!こいつ、世間知らずで!!」


 隣に来たアトルに頭をつかまれたわしは強引に頭を下げさせられた

 は?何でじゃ?


「おまっ、アトルか?」


 青頭の少年が、あー坊の姿をみて驚きの声をあげた。知り合いのようだ。


「商売のいろはも知らない小娘が、余計な口出しして本当すみませんでしたっ」


 なんで、わしが頭を下げておるんじゃ。

 横を見るとあー坊は真剣な顔でわし以上に頭を深々と下げていた。


「そうだよな、こんなお嬢ちゃんにはわかんないよな」


 中年の男は「女の空っぽな頭じゃ理解できないだろうよ」と笑う


「コイツはな、殴られて当然なんだよ。なあ?」

 当然のわけあるかいっ!わしが顔を上げようとしたら、より強い力で頭を押さえつけられた。


「はいっ殴られて当然です! 全部、俺が悪いんですっ!申し訳ございませんでしたっ!!」

 大声をあげて、青頭の少年は地面に頭をこすりつけていた。


 一体何の茶番じゃこれは


 その後、あー坊は有無を言わさずわしを引きずって行く。

 抵抗しようとしたが、さすが子供とはいえ男の子。全く歯がたたなかった。

 そのままその場を後にする事になった。



 ◆



「アイツはあれで金もらって生活しているんだ! 余計な口出しすんな」


 路地裏を曲がってしばらくたってから、やっと解放された。


「いいか!あいつの代わりなんて履いて捨てるほどいるんだよっ」

「仕事があるだけ、あいつはマシなんだ」

「お前の余計な口出しで、あのオヤジに体裁が悪いと思われたらアイツは仕事を失う」

「お前、責任とれるのかよっっ」


 あー坊に畳みかけられて、わしは口ごもる。

「あの子も家に……」

 その時は一緒に住めばいいと言おうとしたら睨みつけられた。


「ふざけんな!」

「アイツみたいな子供この街だけでも一体何人いると思っているんだ!お前、全員面倒見る気かよ!」

「そんな簡単な話じゃないんだよっ」


「お前は正義面できて、気持ちいいかもしれないけどな!付き合わされるアイツの身にもなってみろ」





 言い返す言葉は沢山あった。


「あー坊はあの暴力を良しと考えているわけじゃな」この言葉を皮切りにあー坊を追い詰め、口を開けなくする事はできる。


 だが、それは正義に酔った自己満足だ。




 あー坊は正義ではないかもしれない。


 でも、あー坊は正しい。




「……悪かった」

「わしの考えが、足りんかったの」


 つまり、彼らは子供でも『社会人』と同じなのだ

 どんなに上司が理不尽であったとしても仕事を失わないように文句をいわずに堪える社会人と。

 確かに外野がとやかく口出しする事では無い。


 わしが折れた事で、あー坊は心底ホッとした顔をした。

「わかってくれたならいいんだ」

 正義に酔ったわしの口から何が言い返されるか全部わかっていたのだろう。



 そのまま、わしの手を引き買い物を再開するため歩きだす。

 引かれる手を見ながら歩を進める。


 わしは、あの時

 理不尽な大人の一方的な暴力を、大人が止めてやらないとと思ったのだ。

 彼はまだ力の無い子供なのだから。


 正義面してたように見えたかの


「……そんなつもりじゃ、無かったんじゃ」

 ポツリと言い訳のようにつぶやく。


「わかってるよ!」


 前を歩くあー坊の耳に届いたらしく、背中を向けたままぶっきらぼうな返事があった。

 手を握る力が強まった



「……泣くなよ」

 あー坊がちらりと振り返り困った顔をした

 うつむいて歩く姿が泣いているように見えたらしい。


 別に泣いちゃおらんよ。



 ただ、モヤモヤは残る


 子供は宝なのだ。

 子供が笑うだけで、幸せになれるというのに。

 子供は単純で素直だから

 ひねくれた大人を笑わせるより、子供を笑わせた方が楽なのだぞ

 こんな手短に幸せを感じられる方法は他には無いぞ?


 その子供を蹴ってどうするのじゃ。

 虐げてどうするのじゃ。


 今はまだ大人には敵わないかもしれないが、その小さな体には可能性がたくさん詰まっておるのじゃぞ。

 大人がつぶすようなマネしてどうするのじゃ。



「ここの、リンゴジュース美味しいって評判なんだぜ」


 唐突にあー坊が明るい声を出した。

 指を指す先になにやら列をなしている屋台がある

 普段は言わないような話の振り方に、あー坊が落ち込んでる自分を元気づけようとしてくれているのがわかる



「飲んでみようかの」


 二人分のお金を取り出してあー坊に渡す


「そうこなくっちゃ」


 買って来るから適当に席とって待っていろと言われ、椅子に座りため息を一つ吐き出す。


 子供に気を使わせてしまった。

 はやく元気を出さんとな。


 だがモヤモヤをどうにか払おうとすればするほど、モヤモヤが積もっていく。


 ため息をまた一つ。


 すると隣に座った男が、わしと同じように深いため息をついた。



「どうしたんじゃ?」


 わしは顔を上げ男に声をかけた。









 リンゴジュース待ちの列はずいぶん長かったようで、あー坊が帰ってくる頃には隣の男はいなくなっていた。

 両手にジュースを持ったあー坊はさすがにまいっていた。


「まさか、こんな並ぶとは思わなかった」


 待たせて悪いと言いながら、リンゴジュースを手渡してくる


「なんか、すまんかったの」


 軽い気持ちで言ったはずが、こんな大変な目にあわせる事になるとは。

 途中で切り上げようと思ったりもしたのだが、お互い何気なく言い出せないまま今に至る。

 このリンゴジュースに気まずい空気を打開する何かを求めてしまった結果だった。


「あーあのな」


 隣に座ったあー坊はなんだか歯切れが悪そうにしていた。


「お前が、正義面してやったわけじゃない事、わかっているんだ」


「すっげーわかってるのに、あんな言い方してごめんな」


 そう言って頭を下げてきた。

 どうやら、並んでいる間もずっと気にしていてくれたらしい。


「いい加減元気出せよな」





 自分が悪かったと思い謝ろうとするあー坊の姿に胸が熱くなる。


 じゃが


 ……あー坊よ。

「いい加減」は余計じゃぞ?

 なぜ、それを言ってしまったのじゃ。


 この先好きな娘ができた時、間違いなく火に油を注ぐ結果になるぞ。

「いい加減って何よ!誰のせいだと思っているのよ!」

「だから今、謝っただろ!」

 ああ、目に浮かぶ。目に浮かぶぞ。


 あー坊の謝ろうとする気持ちに水をさしてはなんなので、お婆の余計なおせっかいはのみ込んでおく。


「もう気にせんでええよ、ジュースありがとの」

 大変じゃったろ?といって笑いかけてやるとあー坊の元気も戻っていった

 二人仲良くリンゴジュースを飲む。

 さすが無添加のしぼりたて

「あまい、うまい」と二人で口々に言いながら飲む



 ふと、あー坊の視線がわしの横へと移った。


「……それは?」


 おおっ気が付いたか。


「さっき隣に座っていた親切な人がな、元気が無い時はこれがいいんだと勧めてくれての」


 ドンと、あー坊とわしの間に置く。縦長でくびれのある、両端に取っ手が付いている壺だ。


「これをもってるとな、幸せが集まってくるらしいぞ!」


 得意げにこの壺の効能を説明する



「ばっ!!!!」


 突然のあー坊の叫び声に体がすくみ上がった

 また、何か怒られそうで、幸せの壺を抱きしめる。


 汗が滝のように顔を流れた。

 率直に言うと、もうしばらく怒られるのは勘弁願いたい。胸が痛くてたまらんのじゃ。


 どうかご利益がありますように。ありますように。ありますように。


 口を開けたまま固まったあー坊は、壺とわしの顔を何度も視線を往復させた後、肩の力を抜き、口を閉じた。

 そのまま怒られる事無く、あー坊は椅子に落ち着いた。


 壺のご利益があった!


 嬉しくて壺を掲げるわしの横でアトルは嘆息を吐きながら頭を落としていた。


「……俺が悪かったよ」

「……んだよ、このしっぺ返しは。強烈すぎだろ」



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