前の住人
「そうじゃの、わしゃ今そこに住んでおるの」
「あそこにはアジス殿が住んでいたと思うが……」
キクが頷くのを確認してから、ワルファ様が続ける。
「アジス殿?」
「アジス=ロマイシンだ」
「!!」
あそこが、勇者アジスの家だって!?
思わず出かかった声を飲み込む。流石に下人が発言するわけにはいかない。
「孫娘と隠居生活していたはずだが……」
フルネームを言っても目を瞬かせているキクを見て首をかしげる。
そうか。この特別待遇は勇者アジスが来ると思ったからなのか。
「前の住人はもう亡くなったと聞いたの」
「……そうであったか」
驚く俺をおいて二人は話を進めていく。
「お嬢さんは……キクと言ったかな?」
「ああ、そうじゃ」
「『エリス』という名に聞き覚えはないか?」
「?」
ワルファの問いにキクは首をかしげる。
「わしの知り合いにそねな名前はおらんの」
「……そうか、いや。変なことを聞いた」
あそこが、勇者アジスの家?
勇者アジスって言えば大陸中を恐怖の渦にまきこんだ化け物、クロルプロ魔人を倒した勇者だ
まあ、俺が生まれる前の話だけど。
俺の推理が正しいのならクロは勇者アジス=ロマイシン殺した張本人ってことになる
いや、別にそこは驚くことではないか
勇者アジスがどれほど強かったかは知らないが、クロの強さは知っている。
戦って勝ったと言われても全然不思議じゃない。
「勇者」と言ってももう高齢のお爺ちゃんだろうしな。
勇者アジスは何を守っていたんだ?
クロは何を探していたんだ?
最高司祭様がわざわざあの屋敷に出向きキクのためにメモを残していった意味は?
一緒に住んでいたはずの孫娘はどこにいったのか?
勇者もろともクロが殺したのか?
そもそもなんでキクはあそこに住んでいるんだ
結界が残ってたってことはそんな前の話じゃないはずなのに。
キクに何度聞いてもいつ引っ越してきたのか、どうして引っ越してきたのか覚えていないという。
そんなわけないだろと思うが「最近は物覚えが悪くての」の一点張りだ。
謎だらけだ。
段々ピースがそろってきて今にも解けそうな気がするのに、どうも合わないピースが多い。
書斎をもう一度調べて見るか
あの家が勇者の家と知って俄然興味が湧いた。
帰り際、例の墓穴禿にも声をかけられ先日の無礼な態度について注意を受けた。
いや、注意をしているようなのにまた来て欲しいみたいな内容を絡ませてくるもんだから意味がわからない
それに妙にそわそわしていて気持ちが悪い。
なんなんだよ一体。
キクがニコニコとクッキーを渡すと
足取りかるく去っていった。




