アトル
俺の名前はアトル。
数年前に父親と母親、そして住む家を失った。
毎日空腹をどう乗り越えるかを考えて生きている。
人から盗むし、ゴミもあさる。
たまに捕まって殺されかけるが、やめようとは思わない。
撲殺されるか飢えて死ぬかの違いしかないのだから。
仕事しろというやつがいるが、仕事させてもらえるなら喜んでそうする。
実際仕事なんてなかなか転がっているもんじゃない。
だからこんなに乞食があふれているんだ。
今日もなんとか手に入れたパンを頬張っていると目の前を銀髪の女の子が通り過ぎた。
(あ、さっきの)
盗みを働いた俺を突き出す事もなく何故か背中にかばってくれた子だ。
それにしても、あんな危ういかばい方があるか。
もし見られていたら最後、逃げ場のない俺は捕まるし、全然関係のない自分の事まで共犯者扱いされて酷い目にあっていたところだぞ。
まあ、おかげで俺は助かったのだが。
この辺では見ない顔だな。他の街から来たのか?
女の子はさっきいなかった長身の優男と一緒に歩いていた。
噴水広場に着いた二人は一緒に水を飲んだり、肩を寄せ合って何やら話し込んだりしている。
「お兄さんかな?」とパンを食べながら眺める。
全然似てねーな。
女の子は銀髪で赤い目なのに対し優男は黒目黒髪である
最後のかけらを頬張り、「足りねえ」と粉のついた指まで味わっていると
突然女の子が斬られた。
早すぎて何がどうなったのかはわからなかったが「あ、死んだ」と思った。
ポカンと立ち尽くす女の子はどこからも血が噴き出す事もなく、カバンだけが体から剥がれ男の手の中に納まった。
あまりの衝撃に俺は無意識に立ち上がっていた。
優男は優雅な足取りで女の子の前から去って行く。
俺はとっさに追いかけた。
◆
優男が橋に差し掛かったところで、男が数人俺を追い越し優男へと向かって行った。
全員モヒカンだったりスキンヘッドだったり、入れ墨、鼻ピ舌ピとやばそうな奴らばかりだ
(なんだ?)
さっと橋の陰に身を隠して様子をうかがう。
優男はガラの悪い男五人に取り囲まれていた。
「おい、にーちゃん。ケガしたくなかったらそのカバンこっちに寄越しな」
ゲヘヘヘッといかにも悪役な笑い方で優男にせまる。
(これ、やばいんじゃねえの?)
ひょろひょろの優男とその倍はありそうな屈強な男五人。
これは無理だ。カバンを差し出すしかない。
それどころか逃げる算段もしておかないと、きっとこいつらはカバン渡しても、いちゃもんつけてきて開放してくれないだろう。
ま、俺としてはこれっぽっちも心配してはいないが。
さっきの女の子への仕打ちを見た後だとむしろザマァと思う。
優男は橋の手すりの上にひょいと女の子のカバンを置き
「さっきの質屋の方達ですよね。少し行儀が悪すぎではないですか」
チャッと腰の剣に手をかける。
こいつ戦う気だ。
その無謀な勇気にヒュウと音なく口を鳴らす。
「おいおい、無理すんなって」
男五人も嬉しそうに剣を構えた。これで、遠慮なく嬲り殺せるといったところか。
そんな状況でも優男は顔色一つ変えない。
一人が、面白がるように優男に踏み込む。
叩き切るというより叩き潰す勢いで剣が優男の頭上に振り下ろされた。
直撃を受けた優男は足まで真っ二つになった。
……ように見えたが、剣が石畳を割ったと同時に姿が掻き消えた。
次に聞こえてきたのは剣を振り下ろした男の絶叫だった。
足を押さえてのたうち回る肉ダルマとその横で涼し気に立つ優男。
たちどころにして空気が変わった。
「この野郎!!!」
四人が一斉にかかって行った。
攻撃を避け、受け流し、体を入れかえる優男の動きは洗練されたものだった。
対し、男四人の動きはてんでバラバラで連携もできてなかったが、取り囲んで「相手が背中を見せれば切り込む」という卑怯なやり方を徹底していた。
優男はそんな背後からの攻撃にも滑らかに対処していた。
ただ、対処するのがやっとの様で決定打が打てずにいるようだった。
受け止めたり一方向に踏み込んだりした瞬間背後からザックリ斬られて終わるのだ。
明らかに多勢に無勢だ。
この闘争の中、俺は橋の裏の方にまわり、手すりの向こう側から手を伸ばし上のカバンをこっそり頂く。
一瞬優男と目が合い、バレたかと思って背筋が凍ったが、すぐ背後からの攻撃があり視線を外された。
カバンを抱え猛ダッシュだ。人混みに入ればこっちのもんだ。
一度後ろを振り返ったら、すでに決着がついていた。
屈強な男五人が腕や足をおさえながら地面に沈んでいた。
優男はこちらに背を向けたまま特にケガをした様子もなく悠然と剣をしまっている。
さっきまであんなに苦戦していたのに!今の間に何があったんだ。
「あいつ……っ!」
本当は最初から一瞬で決着がつけられたんじゃないのか。
まさか、わざと?
自分の腕の中にあるカバンを見つめ、精神衛生上それ以上は考えるのはやめておいた
◆
女の子の元に戻ると、噴水の横でへたり込んでいた。
泣いているかと思ったが、そんな事はなくただただ虚空を見つめていた。
「おい」と声をかけて見ても無反応
まあ、そうなるか。手持ち全部持ってかれたんだし。
大体隙だらけなんだよなコイツ。
ひったくり放題だ。
カバンを見せてやったら、目に輝きが戻り抱き疲れて泣かれた。
◆
お礼に女の子が食事をおごってくれる事になり、料理屋に連れて行かれる。
それだと、借りを返した事にならねえじゃん!とは思ったが、空腹には勝てなかった。
俺は久しぶりのごちそうに夢中になって貪り付いた。
その最中
「わしの家に住むか」
と
言われた。
まるで天気の話をしているくらいの軽さで言われた。
この時の俺の感情を表すのは難しい。
同い年の奴に憐れと思われてる悔しさ
女の子に自分の盗みを目撃されている惨めさ
下に見られお情けをかけられた事への怒り
それと同時に
現状から脱却できるかもという期待で胸を膨らませている自分も確かにいて、それを撥ねつける事ができなかった。
でも、素直に尻尾を振る事もできない。
どっちつかずの中途半端な自分が情けなかった。
そんな俺を見た女の子は「助けてほしい」という言葉に変えた。
たまたまではない
コイツはちゃんとわかっていた。
わかってる顔をしていた。
わかってて、俺が手を取れる舞台を用意してくれたのだ。
胸が熱くなった。
―――もし、あの時
キクが俺の気持ちを汲んでくれなかったら
意地っ張りな俺はその手を取れずにくだらないプライドを持ったまま野垂れ死にしていただろう。
あの時
どうしようもなく、ちっぽけなプライドを尊重してくれた事
俺は一生忘れない。




