第五話 守りたい人のためにできること(上)
有栖先輩に情けないことをしてしまった、有栖先輩の目の前で怪我をした幼児が泣き叫ぶように俺は泣いていた。俺はアリアのためにどう接すればいいか分からない。アリアの過去を消し去るには何をすればいいのだろうか。俺は一時間も有栖先輩に涙が溢れながら答えを求めていた。しかし有栖先輩は答えを教えてくれなかった、彼女は俺の顔を厳しい目つきで優しく語った。
「私に答えを求めないで、これは第2のあなたの人生なのよ。エルディアのためにも東條君がアリアのためにできることを探さないといけないわよ!絶対に東條君しか出せない答えがあるはずよ、だから私ではなくエレアノールでもなくメイドでもない、あなたの心にしっかり聞いてみて!あなたの選択が誰よりも正しいはずだから、きっとアリアに届くはずだから!今日の宿題よ、必ず寝る前までに結論を出しなさい!」
有栖先輩は俺の手が痛くなるほど力強く手を握った。
「私は東條君にアドバイスをするし、相談もする。だけど最後は東條君がすべてを決めるのよ!これは私の人生ではない、あなた自身の人生よ!アリアの心を救うためにもう一度考えてみなさい」
彼女は俺の手を放し、ノートを閉じた。
「有栖先輩、色々と愚痴を言ってしまって申し訳ございません」
「部員を守るのが部長の役目。部長としての仕事として割り切っているから、私のことは気にしないで」
部長は手を振って部室から出た。部長としての責務、有栖先輩は1人1人にレポートの指導やお勧めの本の紹介、さらには部活動の領域を超えて人生相談や勉強まで教えてくれる。俺は1年後、有栖先輩のような部長になれるのか?部員全体の幸せのために頑張る部長になれるのか?俺はもっと成長しないといけない、そのためには俺自身がアリアのために何ができるか考えないといけない。俺は絶対にアリアを救い出す覚悟を決め、廊下に響き渡るほど力強く部室のドアを閉めた。
帰宅後、宿題や明日の準備をしていると安藤誠二から電話がかかってきた。
「東條、最近平気か?昨日は元気だったのに、今日はずっと俯いていたよな?マジで何かあったのか?」
「迷惑かけてごめん、今は落ち着いてきた。俺自身の問題は、もう大丈夫だと思う。」
「本当か?」
安藤は俺を疑うように話しかけてきた。異世界に行った時から俺の心をコントロールできなかったために隣の席の安藤にも迷惑をかけていた。だが俺は俺自身に誓った、異世界でどんなことがあっても有栖先輩や安藤に元気な姿を見せる。
「ああ、絶対に大丈夫だ。明日こそ普通に登校するよ」
「約束だ。必ず守れよ。おやすみ」
就寝後、いつものメイドが待っている部屋に到着した。メイドは心配そうに俺を見つめていた。
「昨日は落ち込んでいるように見られましたが、今日は大丈夫でしょうか?冒険は延期いたしますか?」
「いや、今すぐ冒険する。アリアとリルを連れてきてほしい」
「ですが昨日の東條様の状態を見ると冒険できる気分ではないと感じたのですが?」
俺は拳を力強く握った。有栖先輩からの宿題を寝る前までずっと考えていた、それを実行しなければならない。
「今日の俺は昨日の俺と違う!俺はアリアとリルのために戦いたい。だから冒険に行かせてくれ、頼む!」
メイドは微笑んで俺の手を優しく握った。
「分かりました、東條様にお任せします。アリアとリルを呼んできますね」
メイドは部屋を出て、アリアとリルを入室させた。しかし2人の目は光が失われていた、表情も笑顔が一切ない暗い表情だった。昨日の顔とは全然比べられないほど悲しんでいる様子だった。
「どうしても謝らないといけないです、本当の正体を現さなくてごめんなさい。今まで私達は......」
「気にしてないから、その話はもういいよ」
俺はアリアの話を無理矢理遮った。悲しんでいるアリアの話は聞きたくない、過酷な過去の話もいらない。
「でも......」
「暗い表情のアリアとリルは見たくないよ!笑顔のアリアとリルを俺は見たい!そんなことはどうでもいい」
「でも!」
「本当にいいんだ。俺のことは気にしないでくれ。俺はそんな話を聞きに来たわけではない。冒険がしたいんだ!今日こそ大物を狩りたいんだ、俺はそのために2人の力が必要だ。頼む、獣狩りに協力してくれ!」
俺は精一杯、祈るように手をくっつけて2人にお願いした。その後、アリアがやっと笑ってくれた。いつものアリアの声に戻ってくれた。
「いいわよ、獣狩りなら任せてよ!私の特技を見せてあげるから期待してね!ねえ、リル!」
リルも落ち込んでいる表情から明るさを徐々に取り戻していた。
「うん、私も初めてだけど頑張る!」
「よし、出発しようか!メイドさん、槍と長剣はある?」
「ええ、ございます。もちろん、あります」
メイドは涙を我慢しながら、ゆっくりと話した。俺は武器倉庫から新品の槍と長剣を取り出すと、兵士が大声で叫だ。
「エルディアさん、協力してください!町が獣によって荒らされています!退治してください!」
「もちろん行くさ。アリア、エル、俺のために戦ってくれないか?」
「もちろん!今日こそ私の出番ね!」
「うん、行く!」
また兵士に指名されたが、今日は運がいい。獣狩りができる、それだけで何故かうれしかった。どんな獣なのか分からないが、即断で兵士についていくことを決めた。
兵士に案内してもらうと城下町は様々な獣によって荒らされていた。大蛇や巨大な鳥、そして初日に戦った獣。色々な種類の獣が城下町に集結していた。既に大勢の兵士が投入されたが、半分以上の兵士が負傷している状況だ。
「獣は何匹いる?」
「およそ20匹前後です。私達では捌ききれない量です」
「分かった、俺は最前線に出る。アリアとリルはどうする?」
「もちろん私も出るわよ!」
「うん、私も!」
「どうかお願いします!エルディアさん、あなたに懸っています!」
そんなに俺を期待しないでくれと思いながら、槍を左手に持ち、右手に長剣を構えた。アリアは弓、リルは魔導書を構えた。アリアは銀色に光り輝いている鉄製の弓だ、リルは電話帳みたいに分厚い魔導書を持っている。3人は臨戦態勢に入った。
「3人で手分けしよう。リルは魔法で獣の動きを封じてくれ、アリアは矢で正確に仕留めてくれ。俺は接近戦で潰す」
「うん、分かった」
「了解、遠距離戦は任せて!エルディアは接近戦で必ず仕留めてね!」
「もちろん、接近戦は俺の仕事だ!」
「私たちは空中戦、エルディアは地上戦を担当ね!」
俺の後ろでは兵士が感心するほどアリアとリルが活躍していた。リルは電撃の魔法で鳥をしびれさせ、アリアが鳥の心臓を正確に矢で貫いた。2人は息の合った攻撃で、空中戦を支配し、鳥を地上に落としていった。
俺は地上戦を支配している。大蛇の口に槍を深く突き刺して弱らせ、長剣で体を斬り裂いた。猛突進してくる鋭い角が生えた牛には長剣で角の攻撃を防ぎながら槍を投げて前足を貫き、前足の動きが鈍くなった牛に対して槍と長剣を同時に牛の腹に刺した。初日に出会った獣には、槍を突き刺しながら体を登り、手や腕の攻撃を避けながら槍で両眼を突き刺した。
地上はエルディア、空中はアリアとリルが担当して獣を狩り、最後の1匹となったが最後が最も危険な獣だった。その獣は初日に狩った獣と似ているが、体は銀色だ。槍で突いた瞬間、槍は木の棒のように簡単に折れた。そして獣が地面に向かって拳を叩くと、地面が粉々になるほど巨大な衝撃波が発生した。リルは俺に対して叫んだ。
「あれは獣じゃない!何者かによって召喚されたモンスター!野生じゃない!」
野生なのは緑色、銀色は召喚されたモンスター。召喚士はどこに隠れている?モンスターの攻撃を避けながらあたりを見渡したが、召喚士がいない。モンスターは再び地面を叩き、地割れを発生させた。その瞬間、俺と2人は分断された。モンスターは俺を仕留めにやってきたらしい。俺は魂に聞いてみた。
「今日も使っていいよな?全力で行かせてもらう!」
「使っていいが、俺たちの力を使っても奴には勝てない」
「どういう意味だ?」
勝てないとはどういう意味だと思いながら考えていると、後ろから何者かが剣を差し出してくれた。
「こんなボロボロな剣で勝てるわけないよ!これを使いな!」
俺自身の剣をよく見てみると、接近戦で戦いすぎたために刃が非常に傷ついていた。これでは何も斬り裂けない。これを教えてくれたのは赤色のドレスコート、赤色の眩い瞳、赤色のショートヘアーの19歳程度の女性だった。
「一緒に行くわよ!さっさと倒して報酬をもらうんだから!」
彼女は朱色の大剣を構え、俺も彼女から渡された赤色に染まった長剣を構えた。彼女はモンスターがお金に見えたらしく、目が星のように輝いていた。
「奴の弱点は眼よ、私が動きを封じるからあなたは眼を潰しなさい」
「分かりました」
彼女は大剣を大きく振りかざし、モンスターの足に大きな傷をつけた。モンスターは彼女を狙って腕を回しているが、彼女は大剣で攻撃を防御しながら腕や足にダメージを与えていく。その瞬間に俺は体に登りながら顔に近づき、左眼を刺した。しかしモンスターはその衝撃で興奮し始め、今度は俺に向かって腕を回してきた。ここでやられたら彼女の努力が台無しだ。俺はここで諦めたくない!
「今度こそ、力をすべて使わせてもらう!」
「好きにやってくれ!」
魂の声から許可をもらうと、赤色に染まった剣は虹色に輝きいた。俺は全力で剣を振り、モンスターの腕を斬り裂いた。その後モンスターの動きが鈍くなると、すぐに右眼を潰した。モンスターはうつ伏せに倒れ、俺はモンスターの体から離れるように飛び降りた。
「よくやったね、君!これで報酬がもらえるわ!」
剣をくれた女性は大喜びして俺の手を握った。お金が貰えるうれしさで満足な様子だ。
「助かったよ、このシルバーオークを倒したら金貨がもらえるのよ!ありがとう!ところであなたの名前は?」
「俺はエルディアです。助けていただいてありがとうございます」
「エルディア......。生きていたんだ。君は3年前に死んでいたはずなのに」
彼女の表情から笑顔がすぐに消えた。彼女の心からお金の話題が消えているように見えた。
「あなたはエルディアの魂ではないよね。知らないと思うけど3年前、君は奴隷商人によって殺されたのよ。アリアとリルとエルディアは隙をついて奴隷商人から逃げた。しかし奴隷商人は絶対に逃さないと3人を何度も追いかけた。エルディアは2人のために犠牲になって奴隷商人からアリアとリルを逃した。その話知らないよね?」
「ええ、初めて聞きました。その話、有名なんですか?」
「いいえ、闇に葬られているわ。この話は一部の人間しか知らないと思う。私はアリアに狩りを教えたから、この話を知っているだけ」
「あなたが!」
そこにいたのはアリアが語っていた獣狩りを教えてくれた人だった。俺は目玉が飛び出るほど驚いた。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「アリアとリルと一緒に戦っていたんですが、あのモンスターの地割れで分断されてしまって!」
「危ないかも!すぐに行くわよ!あのモンスターは召喚士しか操れない!本当の狙いは2人かもしれない!」
俺は寒気が急に襲ってきた。アリアの笑顔が見られない!
しかしアリアとリルは俺たちの後ろにいた。アリアのうれしい声が聞こえてほっとした。
「レミお姉さん!また会えたね!」
「ええ、成長したわね。たくましい姿が見られてよかったわ!」
「お姉さんはここで何をしていたの?」
「賞金稼ぎよ、獣狩りでお金を稼がないといけなくて困っているのよ。町は平和になって、獣が現れない。獣狩りが招集されず、お金のチャンスはないのよ」
「だったら私たちと一緒に住もうよ!私たち、城で暮らしているんだ!お姉さんも来てよ!」
「本当に!やっとお金がない生活から解放されるのね!もう3日も雑草生活で困っていたのよ」
「それじゃあ帰ったらすぐに料理を食べようよ」
「アリア、早く案内して!もう空腹で倒れそうよ!」
俺たちはアリアの先生であるレミさんと再会し、城へ帰宅した。アリアとレミはスキップしながら、俺とリルは微笑みながら手をつないで歩いた。
ちなみに召喚士は兵士によって逮捕された。召喚士の目的は『儲かっている隣の魔法販売店を潰したかった』という。しかもその召喚士はモンスターの扱いに慣れていないため、隣の店ではなく的外れな方向に攻撃してしまった。
召喚士の隣の魔法販売店『グレイトマジック』は今も通常通り営業しており、帰り道に店主から『苦くない薬草』を勧められたが、俺たちは丁重に断って城に帰った。