第二話 予想
目に映る風景は東條翔吾の部屋だった。東條翔吾が収集しているファンタジー関連の書籍、東條翔吾が徹夜して書いたファンタジー研究会の『近年のファンタジー作品における世界観の考察』というレポートが机上に散らかしている。その他にも東條翔吾の制服やバック、パソコンなど、この部屋に置かれているものはすべて東條翔吾が所持している物品である。俺は魂をメイドから返却され、夢の世界から日本に戻ってこられたのだろう。一体、あの世界とは何だったのだろうか?俺はすぐに制服に着替え、学校の支度をしたが、夢の続きが気になってどうしても集中できない。
学校に登校しても授業には集中できなかった。授業中には教師に指名されたことすら気づかず、友達に指名されたことを伝えられるまで夢の続きを無我夢中で考えていた。もちろん回答は的外れで教師や友達から不安そうな目で見つめられた。隣の席の安藤誠二も
「本当に東條だよな?今日のお前はおかしいぞ。頭打ってないよな?」
と不思議に俺をじろじろと眺めながら言い放つほど、今日の俺は全く夢の世界以外には集中できなかった。もちろん他人に話しても理解してくれる人はいないので、1人で悩むしかなかった。
しかし1人だけ良き理解者がいた。ファンタジー研究会の部長である有栖裕美である。彼女はファンタジー小説やライトノベル、ゲームなどの非現実的な世界観が大好物であり、ファンタジーについて一緒に語り合える生徒を学年の垣根を飛び越えて募集し、校長にファンタジー研究会の創設を認めさせるほどの行動的な女性である。華奢な体格で男性はもちろん、女性からも憧れるほどの美しいスタイルを持っている。
俺は放課後、ファンタジー研究会の部室に面倒だなと思いながら入室した。レポートの内容を発表する気力がない、レポートより夢の考察をしたいという気持ちだった。20人の部員は緊張に包まれていて重い空気で、部長も腕を組みながら部員に作成してもらったレポートをじっくり黙読していた。部長にも笑みがなく、皆が静かに発表の準備をしている異様な光景だった。いつもは皆でファンタジー作品や世界観、オリジナル作品の批評など楽しく自由に話し合う部活なのに。今日はすべてが異なる一日だ。
部長から俺からレポートを発表してほしいといわれたが、もちろん結果は散々であった。発表する時間を5分と想定していたが、1分で終わってしまうほどあり得ない状態だ。発表後の質疑応答の際には部員は誰も手を上げず無言で黙り込み、心配な目で見つめるほど張り詰めた空気だった。しかし有栖先輩はこの空気を壊してくれた、彼女は模造紙と黒色のマジックを俺に投げ、
「東條君の発表はこれじゃないでしょ?別世界に行ってしまった夢とか見たんでしょ?私には君の表情で分かったわよ。5分あげるから、体験記を発表しなさい」
と満面の笑みで優しく発表を促してくれた。彼女の茶色の目が輝き、興味深そうに俺を見つめていた。彼女の期待にも応えるために俺は夢の世界で体験したことをすべて語った、メイドやエルディアの仲間、謎の男の声、そして『魂』を借りるというキーワード。
発表が終わると部員が目を丸くして驚いていた。「寝ている間だけ魂を借りるってどういう意味だろう」「誰がいきなり力を与えたんだろう」と疑問が殺到した。しかし俺は答えられるわけがない、いや俺に答えを教えてほしい!
部員が騒ぎ出すと、有栖先輩が何回か手を叩いた。
「この質問、私が予想の範囲で答えよう!私には今後の未来が見える!」
有栖先輩は謎の自信を持って立ち上がり、俺の代わりに解説し始めた。
「この問題の答えは、生前のエルディアが何かを成し遂げられなかったからよ!だから誰かの魂を借りて成し遂げられなかった目標を魂の所持者にやってもらいたいという予想よ!」
俺と部員は唖然として、自然に口が開いていた。ほとんど完璧に近すぎる答えに胸が騒いでいた。彼女は勝ち誇ったかのように話を続けていた。
「もしかしたら生前のエルディアは復讐をしたいかもしれない、誰かを救えなかったかもしれない、何かを探したかったかもしれない。しかしその途中で死んでしまった。でも目標は達成させたいから、誰かの魂をエルディアの肉体に埋め込んでほしいとメイドに頼み込んだ。さらに目標を確実に達成させるために従者である仲間2人もメイドに注文しただろう。そう考えると武器が虹色に輝く現象も謎の男の声も、東條君に目標を実行させるためにエルディアの魂が発したかもしれない。つまり、今後の未来もエルディアの魂が東條君を導くだろう!」
部員らが納得したような顔を浮かべ思わず拍手をし始めた。有栖先輩は満足そうに軽く礼をし、次の発表者にバトンタッチした。
だが俺に1つだけ疑問が新たに残った。この話は完全に有栖先輩の作り話だろうか、もしくは有栖先輩も実際に経験しているのではないのか?作り話としては完璧すぎるし、俺の話を話し終わった直後に予想を発表して見せた。そして彼女はなぜ俺が夢で悩んでいることを見破ったのだろうか。俺はこの疑問を直接有栖先輩にぶつけることはできなかった。
「有栖先輩、今日はありがとうございました。悩みがすっきりしました」
「それはよかったわね。もし夢の続きがあったら私だけでもいいから教えてね。時間は取ってあげるから」
「ありがとうございます。また何かあれば相談に行きます」
「ええ、今日も夢の世界で頑張ってきてね」
彼女はほうきで部室を掃除しながら笑顔で見送った。
俺は帰宅し、宿題やゲームを終わらせて布団に潜り込んだ。