第二十一話 希望の魂(上)
しかし俺が目覚めると自室のベッドではなく、周りに色がない真っ白な空間で寝ていた。体を起こすと目の前には俯いた表情のフローレンスが虹色に輝く球体を抱えながら立っていた。
「フローレンス、俺をどのようにするつもりだ!ガルナドクに支配されているのか?」
フローレンスは大きく首を振り、小鳥のように小さな声で話し始めた。
「いいえ、違います。私はエルディアさんに託したいと思い、ここに連れてきました」
「俺に託す、とはどういう意味だ?」
「私が持っている全ての力を捧げます。私には有り余った力は制御できず、エミさんやセレストさん、そしてエルディアさんを傷つけてしまいました」
あの戦いでフローレンスはガルナドクに支配され暴走してしまった。病室に戻っても彼女は「ごめんなさい」以外の単語を話さず、仲間を殺してしまいそうになった後悔と自分を制御できなかったショックにより、ずっと下を見つめていた。
「だけどエルディアさんなら私が持っている力を制御できるはずです。私には荷が重くて扱えません」
「大丈夫だ、今度はきっと制御できるはずだから力を残したほうがいい」
「いいえ、私はガルナドクで生まれた人間です。ガルナドクに操られる危険性がありますし、先程の戦いで何者かに行動を奪われ、酷い結果になってしまいした。もう私は仲間を傷付けたくない、だから受け取ってください」
フローレンスはゆっくりと顔より大きい球体を差し出した。彼女に「今度は大丈夫だ」と何度も言っても拒否されるだろうなと諦め、彼女の目の前に立った。
「力を受け取ってください、そして私のために戦ってください」
彼女から球体を受け取ると全身に大きな震えと痛みが走った。俺は痛みに耐えきれず、床に座り込みながら叫びだした。内臓が破裂しそうなほど命の危険性を感じながら腹を抑えて我慢するが、体が業火に焼けるほどの痛みに負けて気絶してしまった。
その後、俺は病室のベッドで仰向けに寝ていた。俺は誰かに救われたのか、どこから真っ白な空間から抜け出したのか疑問が溢れだした。俺の隣で優しそうな笑顔で見つめているクラーラに疑問をぶつけてみた。
「気絶していた俺は誰に助けられたか知っているか?」
「え?エルディアさんはベッドで寝ていましたよ?気絶しているなんて、現実の世界で夢を見ていたのではないでしょうか?」
「どういうことだ?俺はベッドから動いていなかったか?」
「ええ、就寝して『夢の世界』から抜け出した後、エルディアさんはベッドから動いておりません」
俺の就寝後に何者かが介入したのか?そしてフローレンスさんはどうなったのか?
「クラーラ、フローレンスはどこにいる?」
「フローレンスさんは今日から私と共にメイドとして働くことを申し出たようです」
「え!」
信じられない言葉を聞き、大量の水を浴びるかのように目が覚めてしまった。俺にすべての力を差し出したのは現実なのか?俺は困惑し焦りながらでクラーラに頼んだ。
「い、今すぐフローレンスを呼んできてくれ!聞きたいことが山ほどある!」
「分かりました、呼んできますね」
数分後、病室にノック音が響き、メイド姿のフローレンスが入ってきた。青色を基調としたメイド服だが、制服姿に見慣れた俺にとっては違和感しかなかった。
「エルディアさん、どうされましたか?何かできることはありますか?」
昨日の自信満々のフローレンスが懐かしいほど、優しく丁寧なフローレンスの態度が不思議に感じた。ショックで頭を打ったのか、と思えるくらい性格が変わっていた。俺は前置きをせずに疑問をぶつけた。
「フローレンス、昨日の真っ白な空間は何だ?」
「エルディアさんに力を託すためにセレストさんに作ってもらいました」
やはりセレストの仕業だったかと思いながら質問を続ける。
「なぜ戦闘狂のフローレンスは戦いを捨てた?他にも方法があったはずだろう?例えばゼルガンドの集団とと距離を置きながら遠距離戦で支援して戦うとか?」
「私は決めたのです、魂を私よりも上手に扱えるエルディアさんに力を託したいと思って!」
「俺が魂を上手に扱える?そんな訳がないだろう。フローレンスが放った衝撃波のように強くないだろう?」
「いいえ、エルディアさんはきっと魂の声が聞こえているはずです。それが上手な理由です」
この世界に初めて足を踏み入れた時から魂の声が鳴り響いていた。そして魂の声は俺に力を与えてくれ、フローレンスを救った戦いの時も魂の声が力を貸してくれた。
「私には魂の声が聞こえず、がむしゃらに戦っているばかりで魂を扱えませんでした。その結果であのような悲劇を生み出してしまいました。でもエルディアさんなら大丈夫だと思います。私よりも強力な力を発揮できると期待していますよ!」
「ああ、ありがとう」
フローレンスの覚悟にどのように返答すればよいか分からなかった。メイド姿のフローレンスは俺に期待を込めて右手にキスをしたが、俺が知っているフローレンスを返してほしいという気持ちで一杯だった。こんな丁寧で優しい彼女ではなく、元気で迷惑な彼女が見たかった。きっとセレストも同じ気持ちだろう、俺は次にセレストを呼び出した。
しかしセレストは何とも思わなかった。喜怒哀楽を表情に出さずに冷静に語った。
「これがフローレンスさんの決断として前向きに捉えています。フローレンスさんが敵に回れば世界は崩壊すると彼女自身で理解したから、このような判断を下したのでしょう」
「セレストは悔しくないのか?性格も服装も態度も全部変わってしまったフローランスを受け入れるのか?」
「魔道兵長ではなく友人として答えますが、これが彼女なりの仲間との接し方ではないでしょうか?あの戦いで皆さんを傷付けて責任感を抱き、あの姿で皆さんに償いをしようと考えたのではないでしょうか?友人として、彼女なりの方法で支援したい気持ちを受け止めてもらえませんか?」
「ああ、分かった。」
「ですが本物のフローレンスさんはエルディアさんの魂にいます。きっともう一人のフローレンスさんがエルディアさんを救ってくれるでしょう」
「ありがとう、セレスト。フローレンスの決意の理由が分かった気がする」
セレストとフローレンスの決意を聞き納得した。さっきまでフローレンスに冷たくあしらってしまったと反省し、再びフローレンスを呼ぼうとしたとき、赤色の兵士が急に病室の扉を開いた。以前バカ上官に叱られた兵士であり、バカ上官がいないことを確認すると小さくガッツポーズをしながら報告した。
「国内にゼルガンドの兵士が現れました」
「何人だ?どこにいる?」
「1000人規模の兵士が街で大暴れしております。我が軍が戦っておりますが歯が立ちません。一刻も早く来てください!」
「敵の武器は分かるか?大雑把でいい」
「大剣、槍、銃、弓を所持しております。また魔導士も連れています」
「戦況は分かった。だが今度からデグロードを通して報告してくれ、上官を侮辱した赤色!!」
「は、はい。失礼します」
フローレンスを侮辱したことを叱ると兵士はすぐに逃げ出した。セレストは「やりすぎですよ、エルディアさんも兵士に嫌われますよ」と注意された。
兵士の姿がいなくなると魂の声が俺の体の奥から響いてきた。聞き慣れた明るい声に感動しつつ、笑みが零れないように口元を隠しながら心の中で彼女と対話した。
「エルディア、そんなに怒らなくてもいいのに?セレストにも部下の扱いが悪すぎると毎日怒られているのに?」
「仲間思いの君を侮辱したことが許せなくて叱っただけだ。フローレンスは立派な上官だ」
「エルディア、そんな性格だったかな?何かおかしいよ?」
「君だっておかしいさ、まさかメイドになるなんて信じられないよ、自信過剰な隊長さん!」
「もう一人の私と比べないで!」
セレストの言った通り、本来の明るい彼女の魂が残っていて安心した。
「フローレンス、俺に全部の力を寄越せ!」
「いいわよ、私の最強の力を使いなさい!」
俺はクラーラを呼び出し、戦闘服に着替え、剣と槍を所持しながらセレストと共に戦地に向かった。




