第十七話 迫りくる崩壊への音(中)
セレストのノートには2つの円が記載されていた。大きい黒い円が小さな白い円を囲んでいた。彼女は小さい白い円に指で弧を描いた。
「簡潔に伝えます。この小さい円が私達が置かれている立場、大きい円がガルナドクの立場です。ゼルガンドにより数多くの町村が姿を消し、さらにガルナドクにより弱小な国を支配し続けています。私達は崩壊に怯える立場になってしまったのです」
「セレスト、俺達が大きな円だと思うのだが?近くの商店街では誰もガルナドクを恐れている国民はいないし、この国に大規模な事件が発生していない。そこまで不安にならなくてもいいのではないか?」
「いいえ、間違った考えです。トラウマを思い出したら申し訳ございませんが、アーネストリス帝国の崩壊は慢心が原因です。ゼルガンドは一般市民を訳もなく襲ってこないだろう、もし襲ってきても軍隊が退治してくれるだろうと全国民が考えていたと思います。しかし結果的に訳もなく強国を襲い、軍隊は壊滅しました。もしエルディアさん達がいなければ隣国のディール共和国も同時に滅んでいたでしょう」
「それはそうだが......」
俺は何も言い返せなかった。訳もなくラデオアが短期決戦を開始するために大勢の下っ端をアーネストリス帝国に突撃させた。この突発的な行動で帝国は簡単に滅んでしまった。
「国民は軍隊が何とかしてくれるだろと楽観的に考えていますが、私達は悲観的に考えております。国民や幹部以下の軍人には公表していませんが、ガルナドクに内通している諜報部の話によれば、ゼルガンドから解放されていない奴隷が数多くの人間がガルナドクで無理矢理働かされているようです。さらに魔道学校から優秀な学生が姿を消す事件が数年前に発生しましたが、これはガルナドクが魔法で人間を生成するために学生を連れ去ったと考えられています。武力でも魔法でも脅威とされる軍団として私達は恐れています」
「そしてアーネストリス帝国の崩壊のように、いつ襲ってきてもおかしくないということか」
「ええ、この瞬間に襲ってきても全くおかしくないです」
セレストが真剣な目で俺を見つめて話し始めると、病室全体が響くほどの大きなノックの音が聞こえてきた。汗を大量に流している赤色の制服を着ている若い男の兵士は焦りながら、
「助けてくれ!助けてくれ!町が荒らされている!」
「どのような状況なのか教えてください」
「大勢の武器を持った男が商店街を荒らしているんだ!聞いたことがない言語を発しながら無茶苦茶に壊しているんだ!」
「おい、そこの赤色!上官に向かってタメ口を利くな!私に向かって非常に無礼な......!」
「バカ、フローレンス!今はこんな状況ではありません!」
赤色の制服を着た下級兵士に対して偉そうに指を指しているフローレンスは冷静に話を聞いているセレストにノートの角で叩かれた。フローレンスは「痛い!」とセレストを見つめるが、セレストはフローレンスを無視して兵士の話を耳を傾けた。
「ごめんなさい、バカな上官は後で私が指導しておきます。現在の被害規模はどれくらいですか?」
「何もないんだ、家屋は全壊、商店街は売り物がすべてダメになった!赤色の俺達も壊滅状態だ!助けてくれ!」
「おい赤色!まずは緑色に報告しろ!報告の順番を間違っていると何度も教えたぞ!」
「国の存亡の緊急時は報告の順番は関係ないです!あなたの選択は正しいです!バカ上官は無視して下さい!私はバカ上官の上官なので、私の発言が正しいので心配しないで下さい!」
再び偉そうな態度を取るフローランスは機嫌が悪くなったセレストに腹を思いっきり殴られ、腹を抑えてゆっくりと地面に座り込んだ。セレストは報告してくれた兵士にバカ上官の怒りも交じりつつ笑顔で褒めた。クラーラと報告した兵士はセレストの行動に青ざめていた。その後クラーラに目を向けて、冷静を取り戻しながら依頼したが、クラーラは体を震わせていた。
「クラーラさん、バカ上官の子守りをお願いします。私は戦場に向かいます」
「は、はい......」
「大丈夫ですよ、フローレンス以外には怒りませんので安心してください。エルディアさんもフローレンスが暴れないように見守ってくれると嬉しいです」
「待ってくれ、俺も行く!戦場に連れてってくれ!」
セレストは目を大きく開け、驚きと困惑している表情で俺を見つめた。
「いいえ、あなたには負担を掛けられません。一緒に戦ってくれるのは嬉しいですが、お言葉だけで充分です。私一人で行きます」
「でもセレスト、おそらく相手はガルナドクだろう?本当に大丈夫なのか?」
「バカ上官と一緒に戦うくらいなら私一人で戦ったほうが有意義です」
俺は病室で語り合った2人の会話を聞いて、セレストの弱点を思いついた。
「ならば、バカ上官の代わりに俺が戦うなら大丈夫か?」
「ええ、頼りになります!お願いします!」
セレストは目を輝かして俺に一礼した。セレストの弱点は『フローレンス』だ!今後もセレストを追い詰めるときに『フローレンス』という単語を言うこと、と悪知恵を考えしまった。
「クラーラさん、俺の服と武器はどこにある?」
「今から持ってきます!少々お待ちください!」
俺が戦うと予想していなかったクラーラも慌て始め、クローゼットを開けて探し始めた。数分後、クラーラは茶色のドラゴンの皮でできた服、金色に輝く剣と槍を手渡した。クラーラは俺に渡すときに、
「無理はしないでくださいね、もし危険なら逃げてくださいね。アリアさんやリルさんのためにも生き延びてくださいね!」
と心配そうに涙目で無事を祈った。
セレストと共に城門から出ると、辺り一面は地獄絵図だった。火の海、血の海、悲鳴の海、あの兵士の焦り具合が分かった気がする。セレストはジャケットの内ポケットから赤色の手袋を取り出し、
「アーネストリス帝国のように崩壊する前に私達で食い止めましょう!」
と意気込み、素早く手袋をはめた。その瞬間、数多くの黒色の鎧に覆われた兵士が剣を突き付けながら襲ってきた。俺は剣を構えるとセレストは冷静に呪文を唱えた。
「強き者に力を捧げよ、レイジ・オブ・ヴァイタリティ」
呪文を唱え終わると、俺の目の前に赤色の霧が浮かび上がり、俺を包み込んだ。
「これでエルディアさんは極限まで力を発揮できるはずです。私が支援しますので、自由に戦ってください!」
セレストは続けて呪文を唱え始めた。今度は左手を敵に向けて伸ばした。セレストは殺気に満ちた真剣な表情をしていた。
「天空の使者よ、地上を制圧せよ、ヘブン・アロー」
次は雲から大量の矢が降り始め、兵士の鎧を深く貫いた。鉄製の鎧も簡単にボロボロにさせるほど高威力だった。セレストは誰よりも魔法を勉強をしたと語っていたが、その言葉に嘘はなかった。アリアはこのような魔法はできない、本物のエリートな魔道兵長だと肌で感じた。俺はその期待に応えたい。
セレストによって戦力を奪った兵士に向かって大きく剣を振り、頑丈な鎧を剣で叩きつけて壊しながら、兵士を突き刺した。さらに槍を兵士の顔面に投げて気絶させ、その兵士を持ち上げて盾代わりにしながら敵の群衆に向かいながら、敵の剣を振り落としながら体を切り裂いた。しかし、余りにも数が多すぎる。セレストも魔法で支援してくれているが、一向に戦いが終わらない。セレストが痺れを切らしながら、
「フローレンスは何をやっている!」と大声で叫びながら独り言を呟いていた。すると俺の後方から火の玉が敵に向かって飛来し、敵を炎の渦に囲んだ。やっとフローレンスが来たか!と期待して後ろを振り返るとフローレンスの姿はなかった。ただし、アリア、リル、メルマール、エミの頼もしい4人が光り輝いて映った!