第十六話 迫りくる崩壊への音(上)
真っ白な空間から抜け『夢の世界』に辿り着くと、いつものベッドではなく病院の堅いベットの上で目を覚ました。フカフカのベッドに慣れすぎて、堅いベッドのでは全身が痛み、毛布のぬくもりが感じられない肌触りだった。ベッドの横にはクラーラが薬を万全に準備しながら優しく見守ってくれていた。クラーラの服装もいつもと異なり、以前までは青色を基調としたメイド服だったが、今日はゴシック調のスカートが短いメイド服だった、ディール共和国はこんなメイド服が好きなのかと心の中で呟いた。
「エルディアさん、おはようございます。ご気分は大丈夫ですか?全身が傷だらけで痛々しい様子でしたが、ご気分はどうでしょうか?何か薬をお飲みになられますか?」
クラーラが顔を寄せながら心配そうに尋ねてきた。俺は軽く腕を回したり足を上げ下げしたりしたが、あまり痛みを感じなかった。
「大丈夫だ、クラーラさん。ありがとう」
「いえいえ、私がお礼を言うべきです。ゼルガンドに終止符を打っていただきまして、ありがとうございますこれでゼルガンドによって失われた魂達も報われるでしょう。そして今後は奴隷がいない、平和な素晴らしい世界になるはずです。本当にエルディアさんに出会えてよかったです。ありがとうございます」
「そこまで大げさな、俺は俺のためにやっただけだ」
もうアリアやリルの悲しそうな表情を見たくない、その気持ちでラデオアに食らいついた。その結果、俺は奴を仕留めることができた。俺は俺のために、ラデオアを倒しただけだ。
「ところでアリア達はどこにいる?」
「アリアさん達はデグロードさんとのお別れ会に参加しますよ。デグロードさんは名誉貴族という称号を蹴って、城の警備の仕事に就くそうですよ」
「そうなのか、俺も早くいかないと!」
デグロードの進退については何一つ聞いていなかった。城のために力を尽くしたデグロードは再び城のために戦うと決意したのか、早くデグロードに応援と感謝の言葉を言わないと考え体を起こしてみるが、全身に電撃が走るほどの痛みが回った。
「大丈夫ですか!エルディアさん!無理しなくていいですよ!」
「いや、デグロードに会わないと」
「いいえ、デグロードさんは『エルディアに会わずに去りたい』とおっしゃておりましたので、今日は体を休めてください。またデグロードさんに会えるかもしれませんから、元気になったエルディアさんの姿を今度見せてあげてください」
「そうだな、まずは回復することを優先しないとな。でもデグロードは恥ずかしいのかな」
再び相性が悪い病院のベッドに横になり、クラーラに体を擦ってもらいながら何時間も夢の世界で休息していた。クラーラの手の感触が俺の体を芯から温めてくれた。
「エルディアさん、ゆっくりでいいので、いつも通りのエルディアさんに回復してくださいね」
そして明日も夢の世界でクラーラと他愛もない話をし続けた。アリアやリルの思い出話、ディール共和国が自然が豊かで住みやすい街であること、色々と教えてくれた。身体共にクラーラに助けられ、着実にゆっくりと体が癒えてきた。このような平和な生活を続けたい。
しかし早急に体を回復しないといけない事態に陥ってしまった、ディール共和国の国民がゼルガンドの残党に連れ去られたという事件が発生してしまったのだ。俺はクラーラを通して、この事件をよく知る人物に会いたいと申し付けたが、その人物がデグロードだった。
デグロードは俺が寝ている病室まで足を運んできてくれた。デグロードも服装が異なり、緑色を基調とした制服に身を包んでいた。デグロードは俺の背中を擦ってくれているクラーラの隣に座り、重々しく話し始めた。
「このような事件でエルディアさんと出会うなんて、非常に心が痛いです。国の式典で楽しく出会いたかったのですが、残念です。前置きはこれくらいにして、今回の事件についてご報告します。1週間前から100人がゼルガンドの残党に連れ去られ、残党のアジトにとらえられているようです。翌週に数千人規模の兵士を総動員してアジトに突撃するそうです」
「なぜゼルガンドの残党にそこまで兵士を突入する?相手はラデオアが不在のゼルガンドだぜ?」
「実はラデオアはゼルガンドのリーダーではありませんでした。『魂の管理者』であることを理由としてゼルガンドのリーダーに気に入られて雇われていただけです。元ゼルガンドの将軍、現在は破壊組織ガルナドクのリーダーのガルナドクです」
「だがラデオアは『魂の管理者』、ガルナドクはラデオアみたいに能力者ではないだろう?」
「いいえ、ガルナドクは名門魔法大学の首席卒業のエリート魔術師です。さらに闇社会にも大きな人脈があり、違法武器の調達や奴隷の売買にも手を出しています。ゼルガンドはラデオアの所有物ではありません、不正ギルドを立ち上げたのもガルナドクの仕業です。彼は最終目標として『ゼルガンド』を国として立ち上げるために、魔法で人間を作り出したり『魂の管理者』だったラデオアを仲間にしました。彼が最も危険です」
ゼルガンドを国して人々を苦しつもりなのか!俺が止めないとという思いでデグロードに叫んだ。
「俺が行く!俺が戦う!」
「ダメです、エルディアさん!あなたの今の体では立ち向かえません!不可能です!あなたはラデオアを倒し、その栄光を称えられて貴族になったのですよ!もっと貴族らしく生活してください!」
「デグロードだって国を守るために貴族を蹴っただろ?それと同じだ」
デグロードは反論せず、諦めた様子で頷いた。
「分かりました、しかしエルディアさん1人では戦場に行かせません。あなたに2人のパートナーを与えます、2人とも国から推薦された凄腕の魔術師と剣士で、今回のガルナドク解体作戦に参加する協力者です」
「アリア達も連れて行って大丈夫か?」
「それはあなたの判断に任せます。しかし今回は敵の規模が違うので、アリアさん達を無理に参加させないでください。そして今からご紹介する、能力が高い2人と共に行動してください」
デグロードが病室から出ると、2人を手招きして病室に呼び寄せた。
1人目は白色のキャミソールと赤色のジャケット、金色に輝く星型のネックレス、赤色と黒色のチェックのミニスカート、茶色のロングブーツに身を包んでいた。煌びやかな銀色のロングヘアー、身長155センチメートルの小柄な体形で、胸はクラーラと同じサイズ感だった。赤色に輝く瞳で笑みを浮かべて礼をした。
「初めまして、魔道兵長のセレストです。魔法を誰よりも勉強した自信があるので、その知識を生かしてガルナドク解体作戦に参加します。以後、よろしくお願いします」
努力家のように見える彼女は丁寧に挨拶をして握手を交わした。
2人目は青色のディール共和国の制服に身を包んでいた。短いミニスカートはディール共和国の規則なのだろうか。クラーラが「ディール共和国では兵士のランクが制服の色で決まっていて、位が高い順から青、緑、赤になっています。彼女はデグロードさんよりも優秀な兵士だと思いますよ」と耳元で補足してくれた。金髪のツインテールで青色のリボンで結んでいた。身長は160センチメートル、胸はアリアより大きいがクラーラより小さかった。黄色の瞳を輝かせながら自慢げに自己紹介した。
「私は第2大隊副隊長のフローレンスよ。数々の作戦を私の指揮で成功に導いた、16歳の副隊長よ!」
「コラコラ、自慢はいいから」とセレストがフローレンスの頭を叩いた。
「ごめんなさい、フローレンスは人生で1度も失敗がない自信家だから、このような性格なのです。作戦や戦闘技術は完璧なのですが、兵士にはこの性格が愛されていなくて、私しか友達がいないので、できれば仲良くなってくれると嬉しいです。もし迷惑を掛けたら私に申し付けてください、裏で叱りますから。ちなみに私は19歳でフローレンスより年上です」
と耳元でフローレンスの補足をしてくれた。フローレンスは「まだまだ話したいのに!」とセレストに睨みつけたが、「作戦会議後にしなさい」とセレストに叱られ、「よろしくね、エルディアさん!」と締めくくった。
セレストは病室から出るデグロードに一礼し、俺とクラーラに手書きのノートを開いた。