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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第七十二話「無明」

「とりあえず、様子を見てみたけどあの様子だったら起きてから薬を呑めば大丈夫だよ」


「よかった……」


 リウンの家に着くと僕らはリウンの家の一部屋を借りてリナをベッドに横たえ、リウンが様子を診てくれたところ、起きてから薬を呑めば大丈夫だと言われて安堵した。


「もしかすると、あの子って」


「………………」


 リウンは何となくだが彼女のことについてある程度の察しがついたらしい。


「うん……リストさんの娘だよ」


「やっぱり……」


 僕は彼の疑問に答えた。

 どうやら、一週間前に作った薬の効用と今のリナの状態から彼女がリストさんの娘であることに気付いたらしい。


「薬……効かなかった?」


 リウンは不安と申し訳なさを顔に浮かべていた。

 どうやら、自分が薬の製法や種類を間違えてしまったのかと思ってしまっているらしい。


「……いや、違うよ。

 リウンの薬はちゃんと効いていたよ。

 ただ、ちょっと事情が……」


「本当……?」


「うん」


 僕は何も悪くないリウンが罪悪感を抱いて欲しくなくてリウンは間違っていなかったことをちゃんと伝えようとした。

 実際、リウンの薬は死にかけていたリナの命を助けた。

 ただその後にルズたちのせいで折角、治りかけていた身体に無理をさせられてしまったのが原因だ。

 リストさんも薬の効果を喜んでいた。

 だから、リウンが気に病むことなんてあってはいけない。


「……あの人は?」


「!」


 しかし、リウンはここにリストさんがいないことに疑問を抱いてしまった。


「……村で待ってるよ」


 それに対して僕は嘘を吐くしかなかった。


「村……?

 お母さんが言っていた?」


「……!

 そうだと思うよ」


 嘘は通じたらしく、どうやら、リウンはかつて母親から存在を聞かされただけの村のことが気になったらしい。

 本当に母親の話と本の中の知識、そして、この家の周りだけが彼にとっての世界らしい。


「……そうだ。

 リウン、村でリウンのお母さんらしい人の話を聞いたよ?」


「!

 本当!?」


「うん。本当だよ?」


 ふと僕はケルドさんが話していたリウンの母親らしき人物である「森の魔女」のことを話題に出した。

 母親のことを慕っているリウンにとっては母親が尊敬されていたことを伝えれば、嬉しいことだと思ったのだ。

 実際、リウンは目を輝かせていた。

 それだけで彼には十分らしい。


「リウンのお母さんは「森の魔女」って呼ばれていて村の人たちに尊敬されていたすごい人だったんだって」


「へぇ~……そうなんだ……」


 僕はせめてものお礼としてリウンに母親が村の人によく思われていたことを告げた。


 ……何も変わらないじゃないか


 「森の魔女」がリウンの母親ならばリウンはただの子供ではなく、本当の意味で「魔族の子供」なのかもしれない。

 しかし、目の前で母親を懐かしみ、そして、母親が素晴らしい人物であったことを聞かされて嬉しがる少年を見て、僕にはこの少年がリナみたいな目に遭うことに疑問を抱いた。

 

 いや、違う……

 

 そもそも、リナもただ魔力が高いだけで「魔族の子」と呼ばれて迫害され、その果てには父親すらも奪われたこと自体がおかしいのだ。

 リウンもリナも何も変わらない愛情を知っているただの子供だ。

 そのことを改めて、僕は感じさせられた。


『……嫌だ。

外は怖いもん……』


『外には怖い人たちがいるんだもん!!!』


 そうかもね……


 僕はふと外の世界のことを話した時にリウンが見せた怯えを思い出し、彼の言葉を否定できなかった。

 彼の言う通り、外の世界にはルズの様な野蛮な人間もいる。

 魔族ですらないのに「魔族の子」と呼ばれるリナや、魔族の血を引くリウンにとっては外の世界は恐ろしいのは事実だ。

 否定なんて出来るはずがない。


 この家の周りが確かにおかしいのはわかる……

 それでもここにいる方がリウンにとっては安全だし幸せだよ……


 そんな外の世界よりもこの家にいる方がリウンにとっては幸せなのは紛れもない事実だ。


「……リウン」


「……どうしたの?」


 そのことを嫌でも理解させられたことで僕はある事を彼に頼もうとしたが


「……ごめん。やっぱり、何でもない」


「?」


 それを言うのを止めた。


『リナを……頼む……』


 リストさんに頼まれたのに……

 それをリウンに任せるなんて……それこそ無責任だ


 一瞬、僕はリナをこの家に置いて行った方がいいのではないかと考えた。

 その方がリナにとっていいことだと思ったからだ。

 僕の存在があの子を傷付けてしまうかもしれないと考えたのだ。

 しかし、これ以上リウンに負担をかけさせることへの厚かましさやリストさんに頼まれたことを他人任せにすることへの無責任さを感じて僕はそれを思いとどまった。


 それにリナの意思も聞いていないのに……

 それを決めつけるのも一方的だよ……


 加えて僕はリナ自身にこのことを話していない。

 それなのに僕の考えだけを一方的に押し付けることが出来なかった。


『それと……あの……あの子にも……謝っておいてくれ……』


 すみません……リストさん……

 もう一つの頼まれたことも果たせそうにないです……


 同時に僕はリストさんに頼まれたもう一つのことも守れそうになかった。

 リストさんはリウンに謝って欲しいと言っていた。

 しかし、それが出来なかった。


 リウンに謝るってことは……

 リストさんがリウンのことを売ろうとしたことも話さないといけなくなる……


 もし、僕がリストさんの約束を守るということはどうしてリストさんが謝らなければならないといけないのかを話さなくてはならなくなる。

 つまりはリストさんが娘の命と引き換えにリウンを危険に晒そうとしていたことも話さなければならない。


リウンのことを傷付けることになる……


 もし僕が彼に事実を話せばリウンは外の世界への怖さを思い出すことになる。

 加えて、助けた人間に裏切られたとなれば想像以上に苦しむことになる。


 約束を破るしかないのか……


 僕が本当のことを言わなければリウンは傷付くこともないだろうし、リストさんはただの娘想いな父親でいられる。

 それが仮令、リストさんの意思を捻じ曲げ彼のことを侮辱することになるとしても。


 どうすれば……


 それでも、このままリストさんとの約束を破ることが本当に正しいのかがわからなかった。

 本当のことを言えば、リウンを傷付けることになる。

 どちらが正しいのか僕にはわからなかった。

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