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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第六十九話「後悔と願い」

「……ユウキ……くん……ウェニアさん……

 俺のことよりも……リナのことを……」


「っ!?」


「お父さん!?」


「リスト……」


 リストさんは自分がもう助からない、いや、自分が助かることで娘が危機に陥ることを理解して娘のことを優先して欲しいと言ってきた。

 それは父親としての選択だった。


「いやだ……いやだよ!!

 いやだよ、お父さん!!?」


 リナは幼いながらも父親の死を感じ取り、父親に縋り始めた。


「……っぅ!

 ごめんなさい!!」


「キュル……」


―ユウキ……―


「………………」


 リナの嘆願とリストさんの死に際を目にして耐えることが出来ず、僕は無意味なのに謝った。

 こんな謝罪が意味がないのは理解している。

 でも、僕がもう少し注意を払って集中力を散らさずにいればリストさんが死ぬことも、リナがこんな風に泣くこともなかった。

 完全に僕が安堵していたのが原因だった。

 何よりも『守る』と決めたのに守れなかった。

 それが悔しくて、許せなくて、悲しかった。


「……ありがとう………………ユウキ君……」


「え……?」


 なのにリストさんは僕にお礼を言ってきた。


「……俺は君たちに会えなかったらリナも救えなくて死んでいた……」


「!」


 リストさんは僕たちと初めて出会った時に魔物に殺されかけたことを出してきた。


「君たちは……俺に……ぜぇぜぇ

 娘を……守る機会も……くれた……

 それだけで……十分……だ」


「うっ……!」


 自分の寿命が数日延びた。

 たったそれだけで彼は十分だったと告げた。

 でも、それを聞くだけで僕は悔しくて仕方がなかった。

 たったそれだけのことしか僕は彼とリナの二人にしてあげられなかったのだ。


「……二つの頼みがある……

 聞いてくれるかな……?」


「……!

 はい……!」


 僕がもう彼を助けることが出来ない現実に愕然としていると彼は頼みがあると言ってきた。

 せめてそれだけでも僕は聞いてあげたいと願った。


「リナを……頼む……

 それと……あの……あの子にも……謝っておいてくれ……」


「!」


「………………」


 リストさんは今際の頼みとして大切な一人娘であるリナを僕たちに託すと共にリウンへの謝罪を代わりにして欲しいと言ってきた。


「俺は……リナの為とはいえ……

 あの子をルズに売ろうとした……

 リナの命を助けてくれた……あの子を……」


 リストさんはリナを人質に取られていたとはいえ、リウンの家まで連中を案内しようとしていたことを悔やんでいた。


「同じ……親として……

 あの子の親に……俺は……ぐっ!」


「お父さん!?」


「リストさん!?」


 一人の親として他人の子供を危険に晒そうとしていた。

 そのことを彼は心の底から悔やんでも悔やみきれずにいた。


 どうして……

 こんないい人が……!!


 リストさんは善良な父親だった。

 ただ娘を愛し、同時に他の子供にも優しくできる愛情深い人だった。

 なのに何でこんな目に遭わないといけないのか僕は納得が出来なかった。


「……わかった。

 リスト。リナのことは任せろ」


「!」


「本当か……?」


「……あぁ。

 必ず守る。だから、安心してくれ」


「……そう……か……」


 既にそれ以外のことを彼にはしてあげられないと察し、ウェニアはリストさんにリナのことを約束した。

 それを聞いて、リストさんは少し安心したかの様な表情を浮かべた。


「……ユウキ」


「……!

 うん……」


 ウェニアが促してきたことで僕はその意図を理解した。


「……約束します。

 リストさん、必ず……!」


 僕は彼に約束した。

 彼が命を懸けて守ったのだから、彼が守ったものを守る。

 それが彼を守れなかった僕が出来る唯一のことだ。

 そして、彼のもう一つの心残りであるリウンへの謝罪。

 それも必ず代わりに果たしたいと考えた。


「……ありがとう……

 リナ……」


「お父さん……」


 リナのことや自分のやろうとしてしまった事への心残りが少しは薄れ、リストさんはリナの方へと顔を向き直した。

 リナは幼いながらも既に父親が助からないことを無意識に悟っている様な表情を浮かべていた。


 クソっ……!


 目の前の親子を見て、これ以上彼らに何もしてあげれられないことやリナの様な幼い子供にこんな表情をさせてしまったことへの悔しさが再び胸に走った。


「……ごめんな、リナ……

 これ以上……一緒にいてあげられなくて……」


「嫌だよ……お父さん……嫌だ……」


 リストさんは父として、何時か訪れるはずだった別れがこんなにも早くに訪れたことで見守ることが出来なくなったことをリナに詫びた。

 リナは既に父の運命を悟りながらもそれでもそれを受け容れることが出来ずにいた。

 当然だ。リナはまだ十歳になったのかすら分からない子供だ。


「……リナ……生きてくれ……

 どんな……辛く……ても……」


 リストさんは娘に願いを残そうとしていた。

 それだけが残された時間の中で出来ることだった。

 もうその時間すらも僅かだった。

 その中で彼は娘にどれだけ辛いことがあっても生き続けて欲しいと願った、

 それは「魔族の子」と迫害されながら生きてきて、そして更には父親すらも奪われた彼女にとって残酷な言葉かもしれない。

 それでも、リストさんは彼女にその願いを伝えた。


「……ずっと……見守ってる……どうか……幸せに……」


「お父さん!?」


「リストさん!?」


 最期に父親としての願いを伝え終えることが出来たことに安堵すると一気に力が抜けたのかゆっくりと瞼を閉じた。


「お父さん?

 ねえ……?起きてよ……お父さん……」


 リナは目を閉じたリストさんが起きることを願い、身体を何度も揺さぶった。

 しかし、そんな娘の願いは父親に二度と届くことはなかった。


何だよ……これ……


 僕は呆然とするしかなかった。

 ついさっきまで話していた人間が目の前で死んだ。

 目の前にいるはずなのにいなくなった。

 それが本当に訳が分からなかった。


 ……僕のせいで……


 けれども、その死に自分が関わってしまったという事実だけが心にのしかかった。

 リストさんは僕を恨んでいなかった、

 それでも僕は自分の不注意さが招いたこの状況にどう向き合えばいいのか分からなかった。

 無力感と虚無感、罪悪感でどうにかなりそうだった。


「何を呆けている」


「……!」


 もう何をしていいのか、いや、何を考えればいいのかわからない状態でいるとウェニアが声を掛けてきた。

 ウェニアは厳しい表情と声音で僕に何かを訴えた。


「貴様にすべきことが、リストに託されたことがあるであろうが」


「あ……」


 その一言で僕は自分が今、勝手に打ちひしがれている状況でもその自由も暇もないことを自覚させられた。


「手間のかかる奴だ」


「……ありがとう。

 ウェニア」


「フン……」


 やるべき事を思い出させてくれた彼女に僕は礼を言った。

 もし彼女が教えてくれなかったら僕はリストさんとの約束を破っていたかもしれない。


「リナ……行こう」


 僕はリストさんに頼まれたこと。

 その内の一つであるリナを彼の分まで守っていくために彼女を連れていこうとした。


「やだ……!!

 お父さんも一緒に……!!

 お父さんを起こしてよ!!」


 リナは父と別れることを拒絶し、父親を起こして欲しいと訴えてきた。


「……ごめん」


 それを見て僕はただ謝ることしか出来なかった。

 それをすることでしか、彼女に向き合えないからだ。

 それで彼女に向き合う資格があるとは思えないが、それでも言うしかなかった。


「……リナ……お父さんを守れなくて……ごめん……」


 彼女から父親を奪ってしまった。

 直接の原因がルズにあると言ってもあの状況でリストさんを守る力があったのも僕だ。

 彼を守る責任と義務があったのも僕だ。

 それなのに守れなかった。

 結果的に僕はこの子から父親を奪ってしまった。


「……リストさんは……もう……」


 次の言葉が継げなかった。

 リストさんとの約束の為にも、そして、彼を守れなかったケジメとして僕が本当のことを伝えるべきだと理解していた。

 それでも、リナをそれが原因で傷付けていいのかと悩んでしまった。


「……お父さん……」


「……ごめん」


 僕が言おうとしていることを察してくれたのか、リナはゆっくりと父親から離れた。


「……ユウキ。

 埋葬程度はしてやれ、許可する」


「……え」


 リナがリストさんの亡骸から離れるのを確認するとウェニアは僕にそう言った。


「……このまま野晒しにして魔物どもに食い荒らされるのは貴様からすれば耐えられるものではなかろう。

 それぐらいのことならば魔力を使ってもよい」


 ウェニアはリストさんの亡骸がこのまま魔物によって食い荒らされることを言及し、それを防ぐために埋めることを許可した。

 いや、正確にはそれに魔力を使うことへの許可だ。


「……ありがとう」


 僕は僕だけではなく、リナの気持ち、そして、死者となったリストさんへの尊厳も考えてくれたことへの感謝を彼女に伝えた。


「……ウェニア。それと、リナ。

 ごめん。もう一つお願いがあるんだ」


「え……?」


「何?」


 僕は自分でも馬鹿で無神経だと自覚しながらも二人にある事を頼もうとした。

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