第六十五話「重さの違い」
「リスト、言っておくがある程度体力を回復させるだけだ。
その後はもう一度、リウンの家に行って休ませる必要がある」
「直ぐには出来ないのか?
俺の時はあんな重傷だったのに助けてくれたのに?」
ウェニアはリストさんに今からやることはリナの体力を回復させるだけという事を伝えた。
それに対して、リストさんは自分の時と同じ様に直ぐに治せないのかと訊ねた。
「貴様の時はあくまでも怪我だ。
リナは病だ。
毒に冒されるのを浄化するのと、冒される前に止めるのでは訳が違う」
「ぐ……」
やっぱり、そんなにうまくいく訳がないか……
周囲に注意を向けながら耳に入ってくる二人の会話からどうやら「回復魔法」もそこまで万能ではないことが窺えた。
「あの薬だと治ったのにか?」
体力を取り戻させ症状を軽くした「リウンの薬」が効いたのに「回復魔法」では効力が発揮されないことへのリストさんは疑問を投げかけた。
「あの薬は症状を和らげ、毒が増えるのを防ぎ、体力を回復させるためのものだ。
病の原因には毒の様なものがあって、それが原因で引き起こされるのだ。
その毒を魔法で消すのには病それぞれに合った専用の魔法か、「超越魔法」でもないと無理だ」
「……「超越魔法」?何だそれ?」
「……まあ、知らないか」
ウェニアは魔法でも病気にあったそれぞれの魔法がなければ完治は出来ず、後は患者の体力に頼るしかないと説明した。
やっぱり、魔法を使える人間が全員医者と同じ事が出来るわけではなく、魔法は万能ではないらしい。医療にはそれぞれに合ったやり方や専門的な知識がなければならないのは僕のいた世界と変わりがないらしい。
ただ「超越魔法」だけは常識外のことらしい。
リストさんの様な一般人は魔法のことはあんまり知らないのか……
ただリストさんが「超越魔法」のことを知らないのとウェニアの反応からこの世界の一般人からすれば、魔法は少しだけ非日常的なものらしい。
少なくても『回復魔法を使えば、あらゆる病気はたちまちに治る』と誤認される程度の認識らしい。
ルズの取り巻きたちが恐がって逃げていったのもそれが理由なのかもしれないが、それはそれで助かった。
「キュル」
「心配してくれているんだ……」
「……キュル」
「ありがとう」
二人のやり取りを聞きながら周囲への注意を払っているとリザが心配そうに声を出してきた。
僕が抱えている不安や緊張感を感じ取ってくれてのことらしい。
こう思うのはおかしいかもしれないけど
……気にかけて貰えて幸せかもね
ウェニアもリザもこの状況で僕のことを気にかけてくれている。
はっきり言えば、今でも魔物と戦うのは恐い。
いや、戦うこと自体が恐い。
殺すのも恐いし、殺されるのも恐い。
それに慣れてしまうかもしれない自分も恐い。
そして、今はここにいる全員の命が自分にかかっているのも恐い。
でも、そんな状況なのに二人が心配してくれていることに僕は多少なりの救いを感じている。
もし、何も思わないでへらへらされていたら自棄になっていたと思う。
少なくても、あの王国の人間たちみたいに『それが当たり前』と思われて戦わされるよりも僕は幸せだよ
あの王国で「魔族の子」扱いされたが、クラスの連中に対しても王国の連中は戦うことに対して何も気にかけもしなかった時点でウェニアやリザとは全く違うと思える。
そう考えるとクラスの連中よりも僕は恵まれていると感じた。
「キュル……!」
―ユウキ……!―
「……!」
そんな風に戦いへの恐怖と誰かに気にかけて貰っていることへの安堵感の二つの感情を抱いているとリザが声をあげた。
来た……!
リザが前以って警戒してくれたお陰で直ぐに僕は「強化魔法」を身体に施して臨戦態勢に入ることが出来た。
……意識するんだ
別に腕力とかは強化しなくても剣の切れ味で何とかなる……
最低限の防御、それと瞬発力だけに注ぐんだ
僕は腕力を強化するよりも、敵の攻撃への防御力と瞬発力を上げた。
少なくても、攻撃面と多少の防御面に関しては「テロマの剣」の魔力に対する効果や自動防御で何とか出来るからだ。
ここまで来る道中でウェニアに「強化魔法」の精度の上げ方という基本中の基本より少し上の段階を改めて教えてもらった。
流石に熱への耐性を上げる時間はなかったけれど、それでも意識することで限定的な身体能力と物理的な要因による作用の操作ぐらいは何とか出来た。
問題はどうやって後ろの三人とリザを守るか……
僕は何とか、自分の身を守る程度のことは出来る様になった。
しかし、今の僕はそれだけじゃなくこの場にいる全員を守るという役目もある。
背後には治療の為に動けないウェニア、非戦闘員のリストさん、更には病人のリナ、そして、下手をすると僕を守る為に自分の身を晒してしまう可能性もあるリザだ。
この四つの命をどうやって守り切るのかまだ漠然としたイメージしか湧いてこなかった。
ただがむしゃらに戦えばいいという訳じゃない。
それにいざ戦闘になれば冷静になれるかと言えば怪しいところだ。
「ユウキ」
「ウェニア……?」
そんな風に僕が迷っているとウェニアが声を掛けてきた。
「前に出て戦え」
「!?」
彼女は僕に前に出て戦う様に言ってきた。
その発言に僕は衝撃を受けた。
前に出て戦えばこの場はがら空きになり、四人を守ることが難しくなる。
なのに彼女は僕に前に出ろと言ってきた。
彼女の発言に僕はもう一度、耳を傾ける必要があった。
「……大丈夫だ」
僕の戸惑いに気付いたのか、彼女は僕を安心させるように言ってきた。
「我を信じろ、ユウキ」
「!」
彼女は僕に『信じろ』と告げた。
「………………」
「グルル……!!」
―喰ラウ……!!―
ウェニアの言葉を聞いている間に唸り声が聞こえてくる距離まで魔物が近付いて来ていた。
もう一刻の猶予もない。
「……リザ、下がってて」
「……キュル」
―……うん―
僕がリザに後ろに下がっている様に言うと彼女は素直に従ってくれた。
「……ありがとう。行ってくるよ」
僕はそう言って、魔物たちへと向かって行った。