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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第六十三話「暴力」

「しっかし、ルズさん。

 本当に小麦だらけの畑が森の奥にあるのかよ?」


「あるに決まってんだろ。

 なけりゃあ、俺たちは終わりだ。

 折角、手に入れた金貨も手放すことにもなっちまう」


「て、森の中に持ってきたんですか?」


「村に置いておいたら誰かに盗られるだろ?

 畜生……あの女、美人な癖にとんでもない奴だった」


「男の方はオロオロしていましたね」


「あんなひょろひょろの奴には勿体ないぜ」


「生意気だ」


 夜になり流石に歩き疲れたのかルズたちは火を焚き野宿を始めた。

 その中でルズたちは長老から強奪した黒麦を使ったアドを食べながら、本当に森の奥に小麦畑があるのかと半信半疑の様子であった。

 ルズは取り巻きに対してあると信じている様子だった。

 終いにはどうやら、ウェニアさんに渡されたらしい金貨を強欲にも持ってきているらしいことを語った。

 既にルズたちは冷静さを失っている。

 元々、ルズたちは半ば村の厄介者に近かったが、ルズの家は代々「魔物除け」を「ディウ教」から預けらている家系として長老たちと並ぶ村の有力者であったことからぞんざいに扱えなかった。


「クソっ!

 忌々しい「森の魔女」め!

 これもアイツの迷信のせいだ!!」


 ルズは「森の魔女」への憎しみ、いや、見当違いの逆恨みをぶつけた。

 「魔物除け」を持つ家は本来ならばその信仰に見合った地域における地位を得られるが、この森の周辺では違った。

 「森の魔女」様という存在の影響でこの辺りの魔物への脅威は低くなっていたらしく、その為にルズの家の持つ「魔物除け」の価値は低くなった。

 その為、百年以上は他の地域と同じく栄えていたはずのルズの家は没落とまではいかないが、「魔物除け」を持つ家としてはあまり栄えていなかった。

 しかし、ここ十年の間は魔物が凶暴化したことで再びルズの家の「魔物除け」は重要になっており、しかも、この森の性質上「魔物除け」なしで森に入ることすら危険になっており影響力が増した。

 そこに「森の魔女」様への不信感も加わってしまったのだ。

 だから、表に出していないだけで「魔族の子」として生まれてきてしまったリナへの風当たりもきつくなってしまったのだ。


「……村に金貨を最初から配るつもりはなかったのか?」


「ん?」


 意味のない質問だと思っているが、俺はルズに訊ねた。


「当たり前だろ?

 これは俺の金だ。そもそも俺の家が「魔物除け」を持っているからあの村は守られているんだ。

 これぐらいは当然だろ」


「お前……!」


 分かっていたが、ルズの答えは俺が思っていた以上に最悪だった。

 そもそも村人たちに普段から「ディウ教」への信仰料を徴収していたが、こいつはその何割かを自分のものにしていた。

 そのくせ、自分が苦しい中でも他の村人を助けてくれていた長老をこいつは半殺しにした。


「まあ、お前も村にいたいんなら精々道案内はしろよ?

 俺にとってはあの馬鹿な女が産んだ「魔族の子」の娘のことなんてどうでもいいがな」


「!?

 お前!?」


 ルズは死んだ俺の妻であるキーラすらも侮辱した。

 ルズがリナや俺に対して他の村人以上に迫害しているのはこいつがキーラに振られたからだ。

 ルズは昔からキーラに言い寄っていた。

 けど、キーラは昔から粗暴なルズが嫌いだった。

 キーラはルズが多少、村の中で立場のある家の人間であることを理由に周囲を粗略に扱っていたことで嫌っていた。

 そして、そのことで自尊心を傷つけられたルズはキーラを自分を選ばなかった馬鹿な女だと決めつけ、キーラの夫である俺や娘であるリナすらも憎んでいる。

 ただ「魔族の子」という烙印を押されたのではなく、気に食わない相手がたまたま「魔族の子」であったという口実を得てそうしてきたのだ。


「あん?

 何を偉そうにしてんだよ!!」


「ぐっ!?」


「お父さん……!?」


 俺が歯向かったのを見て、ルズはにやけながら俺の腹を殴った。

 どうやらキーラに振られたことを思い出しての腹いせらしい。


「おい、そこの奴もやれ!てめぇら!」


「へいへい」


「悪いな、リスト」


「ルズさんに言われたんじゃな?」


「まあ、これも自分たちの運が悪かったと思ってくれや」


「なっ!?」


「お父さん……!」


 ルズは一発じゃ済ませないどころか、更には取り巻きたちにリナにまで手を出す様に言ってきた。

 それに対して、連中は何時もの様に、いや、何時も以上にタガが外れて楽しそうにしていた。

 リナはそれを見て俺の傍に近寄っていた。


「てめぇら、親子は一生俺に逆らえねぇんだよ!!

 ぎゃはははははははは!!」


 すまない……キーラ……


 娘のことすら守れない俺はルズのその下品な笑い声を訊きながら絶望しそうになった。


「ふざけるなっ!!!」


「がっ!!?」


「!?」


 □


「る、ルズさん!?」


「て、てめぇは!?」


 夜になり「強化魔法」でようやく追いついた途端に僕が真っ先に目にしたのは野蛮な光景だった。

 ルズの下品な笑い声と暴力に続く他の連中。

 そして、うずくまるリストさんとそれを心配し怯えるリナ。

 そんな二人に連中は更なる蛮行を加えようとしていた。

 それに対して、ルズは『それを受け容れろ』と言っていた。

 それを見た瞬間、初めて僕は自分から暴力を奮った。


 こんなにも……心が痛まないなんてね……


 同時にもこんなにも暴力で心が痛まないのも初めてだった。

 リザや他の魔物たちに対して、してきたものと全然違って思える。


「……ユ……ウキ君?」


「お兄ちゃん……!」


 よかった……間に合ってはいた……


 リストさんは暴行を受け、リナは病気なのに歩かされて体力を消耗させれていることか無事とは言えなかった。

 それでも取り返しのつかないことになる前ではあった。

 間に合った。

 本当にそれでよかった。


「な、何でてめぇが!?

 それにどうしててめぇみたいなひょろい奴が!?」


 連中は僕がこの場にいる理由と体格的にルズに劣っている僕がルズを殴り飛ばしたことへの動揺を抱いていた。


「貴様ら本気で分からんのか?」


「あんたは!?」


「ウェニアさんまで……?」


「…………………」


 そんなルズの取り巻きの発言にウェニアは呆れる様に呟いた。

 今度はウェニアの登場に動揺し、リナは彼女への怯えを見せてリストさんにしがみついた。

 やはり、一度見捨てられたことでリナは彼女を警戒している。


「確かに「魔物除け」を使えば魔物に対しては効果がある。

 だがな……それが人間相手ならばどうなる?」


「はあ?

 何を訳の分からないことを言ってやがる!?」


「人間に効かねえのは当たり前だろ!?」


 ルズの取り巻き達はウェニアが「魔物除け」が人間に効かないのは当たり前だという主張の意図が読めずに苛立った。


 回りくどいな……


 既に答えを知っている僕からしても少し回りくどいと思った。

 ただ何となくだけど、あれはウェニアの性格の悪さの表れだとも感じている。


「そうであろう?

 だがな、こんな夜の森で焚き火などをしていれば……

 魔物は近付けずとも人間ならば気付くであろう?」


『!?』


 ウェニアは彼らを馬鹿にした顔と声で彼らが焚いていた火を指さして言った。

 僕らが彼らを発見できた理由。

 それは彼らが焚いている火にあった。


 ……まさか、夜の焚き火の煙がこんな森の中でも見えるなんて


「魔物ばかりを軽々して煙を警戒しない。

 これが戦ならば致命的だな」


 ウェニアが夜を待った理由。

 それは視覚的にも彼らが何処にいるのかを発見しやすい様に彼らが野宿し火を焚くのを待っていたからだ。

 火を焚けば煙と明かりが出る。

 それだけでかなり見つかりやすくなる。

 加えて


「キュル!」


 こっちにはリザの嗅覚もあるしね……


 僕らにはリザという案内人がいる。

 物が燃える臭いはかなり特徴的だ。

 人間でも分かるのだからリザならば余計に分かるだろう。


 目的が同じだったのも不幸中の幸いだね……


 何よりも目的地が一致していたことやその道のりを知っているリストさんがルズたちを案内していたのも大きい。

 方向が同じならば、後は目印となるものが出れば見付けやすい。

 ウェニアが夜を待ったのも僕らが彼らを追い越すのを防ぐのもあった。


「人間が追いかけてこない……

 そう思ったのが貴様らの失敗だ」


「ぐっ!?」


 ウェニアの言う通り、連中の最大の失敗は魔物ばかりを警戒し、人間が自分を追いかけて来るとは思いしなかったことだ。


「だ、だけど……!

 それでも早すぎるだろ!?」


「そ、そうだ!?

 てめぇらよりも俺たちは先に森に入ったんだぞ!?」


 それでも敗北を認めたくない彼らは森に入った時間差を持ちだした。

 確かに彼らの言う通り、彼らの方が森に入ったことである程度のリードを得ていただろう。

 それを縮めるのは中々難しいだろう。

 

「簡単なことだ。

 「強化魔法」を使ったに過ぎん」


「……え?」


「「強化」……「魔法」?」


 そう普通ならば。

 ウェニアの発電に今まで興奮して逆切れ状態だった彼らの表情が青ざめていた。

 どうやら、今の一言はそれだけで彼らにとっては最後のトドメに近いものであったらしい。


「お、おい……まさか、てめぇら!!?」 


 僕たちが「強化魔法」を使って自分たちを追跡し、そして、ルズの気を失わせた。

 その事実に彼らは恐れおののいている。


「まあ、魔法は多少は使えるぞ?」


 ウェニアは底意地の悪い声で勝ち誇った。

 どうやら、今ので勝ちが決まったらしい。

 魔法を使えると言うのはこの世界においてはかなり大きいことらしい。


「その証拠に」


「ひっ!?」


 ウェニアは人差し指を立てるとそこから小さな火を一つ作り彼らに誇示した。

 ウェニアが魔法で火を出したのを見て完全に取り巻き達の顔色が恐怖の青色に染まり、既に戦意がなくなったことが見て取れる。


「ひいいいいいぃぃいいい!!?」


「ま、待て!?

 置いて行くな!?」


「うわぁああああああ!!?」


 まさに蜘蛛の子を散らすかの如く、僕があの地下迷宮で聞いたクラスと王国の連中とタメを張れるほどの情けない悲鳴をあげながら夜の森の闇へと気を失ったルズを連れて逃げて行った。


「よくやった、ユウキ。

 貴様の最初の一撃のお陰で無駄な戦いをせずにすんだ」


「……どうも」


 ウェニアは僕が「強化魔法」を使ってルズを気絶させたことで結果的にルズたちとの戦闘を回避したことを褒めたが、僕個人としては複雑だ。

 どんな相手でも心が痛まなくてもやはり、暴力を奮ったことで褒められることを褒められるのは気持ちのいいものじゃない。

 だから、反応に困る。


「ユウキ君……ウェニアさん」


 ルズたちが去ったことでようやくリストさんも危機感を、いや、正確には僕らには多少の警戒感を抱きながら声をかけてきた。


「……これは話をせぬとならぬな」


「……うん」


 とりあえず、今はリストさんに色々と事情を説明しておかなければならないだろう。

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