第六十二話「目論見」
「う……」
「リナ!?」
「おら、立て!」
「やめろ!リナはまだ病気が治ってもいないんだ!
休ませてやってくれ!」
森に入ってから二時間が経ち、元々、病み上がりににすらなってないリナは度々倒れそうになっており、それを見てルズたちは無理矢理歩かせようとしている。
そんな繰り返しで確実にリナの命は削られているのが分かる。
「あぁん?
これでもう四回目だぞ?
とっとと立たせやがれ!」
「ふざけるな!
リナはまだ病気が治った訳じゃないんだ!
それにあそこに行くのは早くても三日もかかったんだ!!
そんなに歩かせたらリナは死ぬぞ!」
ルズは既にリナが倒れてから四回休んだことを持ちだして強要してきた。
あの森の奥に行くのは三日以上もかかる。
もしこのまま無理をさせていたら間違いなくリナは死ぬ。
「そんなこと言えるのか?
例の薬と魔物除けは俺が持っているんだぞ?
お前らを置いて村に帰ったっていいんだぜ?
まあ、どうせこんなガキが死んでもそのことを気にする連中なんていねぇけどな」
「ぐっ」
ルズはそう言って、奪ったリウンという少年がくれた薬を俺の前にちらつかせた。
ルズはユウキ君をウェニアさんが気絶させた後に俺から薬を奪い取り村の皆に長老を半殺しにさせたことで責められそうになった後に俺が白いアドを食べていたことを明かして、それを「森の魔女」様のものだと言い張り、そこから奪い取る宣言し自分たちへの非難を避け様とした。
それに俺が『あそこにいるのは子供だけだった』と主張してもルズたちと村の皆は信じなかった。
いや、それ以上に俺は最悪なことをしてしまった。
迂闊だった……
俺らだけでなく、あの子すら危ない目に遭わせるなんて……
俺が森の奥で子供が一人で住んでいたことを明かした途端にイアを含めた何人かを除いた村の皆の目は変わっていた。
ルズや村の皆は森の中にいる子供がいる異常さ、そして、「森の魔女」様がいないかもしれないという不信から完全に魔女様への信仰が消えていた。
当然、イア達の様に長老から魔女様の慈しみの心を教えられてきた奴らは違ったが、それ以外の村の皆からは魔女様の存在は消えていた。
しかも、最悪なことにリウンという子供に対して村の皆は敵意を持ち始めた。
それは『自分たちがこんなにも苦しい生活を送っているのにぬくぬくと暮らしている』という妬みが込められていた。
もし俺が森の中であの少年が一人いることを口に出さなければ少しは止めることが出来たかもしれない。
すまない……リウン君……ユウキ君……
自分の娘を守る為にその娘の生命を救おうとしてくれた少年を売る様な真似をしたことを一人の人間として、そして、父親としてここまで情けなく感じることはなかった。
□
「ちっ……
ユウキ。「強化魔法」を切れ」
「え?あ、うん。
わかった」
森の中に入ってから一時間程経つと、ウェニアに「強化魔法」を切る様に言われて僕はそれに従った。
ウェニアの様子を見ると焦ってはいないが、忌々しそうな顔だった。
「……少しばかり、遅かったか」
「!?」
まさか……!?
ウェニアのその一言を訊いて僕は無力感と後悔、そして喪失感を感じた。
それはまるで手遅れだった様に感じたからだ。
「……おい、ユウキ。
恐らくだが、貴様の考えている様なことは起きてはいないぞ」
「え?」
しかし、ウェニアの口から僕が抱いた最悪な結末を否定する言葉が出てきた。
「じゃ、じゃあ二人は!?」
「……あのなぁ。
我が「強化魔法」を切れと言ったのは今の状況ではこのまま追っても魔力と体力、時間の無駄だと考えたからであるぞ?」
「でも、魔物だっているんだよ?
このまま待っていても大丈夫なの?」
しかし、安心したのも束の間でどうやらウェニアはルズたちの居場所を掴めていないらしい。
それでは仮令、リストさんとリナが無事でもどうにもならないのでは八方塞がりだ。
むしろ、このままでは魔物の牙にかかり命を落とす可能性だってあり得る。
「いや、そのことに関しては問題ないだろう。
彼奴らは「魔物除け」を持ってるはずだ」
「「魔物除け」……?」
「キュル?」
ウェニアは僕の懸念に対して初めて耳にする「魔物除け」という道具があると言ってきた。
「あぁ、ディウ教の魔導具でな。
仕組みは分からぬがある程度の魔力量の魔物ならば近寄らせる力を持っている」
「え!?
そんなものがあったの!?」
それを聞いて僕は衝撃を受けた。
そんなものがあるなんて初耳だったし、もしそれが本当ならあの地下迷宮で何故王国の連中が使わなかったのが不思議だった。
「まあな。
「ディウ教」が信仰を集めているのははっきり言えばそれが理由でもある。
我ですら、仕組みを解明出来んかったからな」
ウェニアでも解明出来なかった。
世界中のあらゆる魔導書を調べたにも拘わらずということだろう。
そりゃあ、強い信仰を持つはずだね……
ウェニアですら仕組みが分からない魔導具。
この世界では魔物は本当に恐ろしい生き物であるのは理解させられた。
そんな魔物から守ってくれる力があるのだ。
「ディウ教」の信仰が強いのも納得が出来る。
「しかも厄介なことに「ディウ教」の者にしか扱えんからな。
そのせいで我も占領した国々で苦労したものだ」
「……だろうね」
ほぼ独占禁止法の対象どころではない生活必需品の供給の独占。
それが安全に関わってくるとなれば「ディウ教」の影響がかなり高いのは窺える。
そうなると「ディウ教」の敵と見なされれば、ウェニアもかなり苦労しただろう。
「魔王ウェルヴィニア」という名前の意味が持つ大きさが分かる。
「て、じゃあリストさんたちが魔物に襲われる可能性はないのか?」
僕は話が脱線する前に修正し始めた。
「余程の魔物がいなければな。
本気のリザ程のな」
「え?」
「キュル?」
―エ?―
しかし、何事にも例外はあるらしく、強い魔物には効力がないらしい。
「恐らくだが、本来のリザ程の強さならば「魔物除け」は通じない。
何せ、我が貴様の魔力ありでようやく戦える状態になったことで本能的に下がらせることが出来たののだからな」
「それは何というか……まぁ……」
「キュルゥ……」
―ウウウ……―
どうやらリザの本来の強さは並みの魔物と比べると明らかに上らしい。
それについては納得が出来る。
リザの本来の大きさは恐竜だと言われても信じてしまえるだろうし、加えてその巨体から信じられない俊敏性もある。
しかも、リザはクラスの連中の強力な魔法を全く意に介さない強靭さもある。
そんなことを思い返していると僕とリザはお互いに気まずくなっていた。リザに至ってはかなり落ち込んでいる。
よく考えなくても、僕は殺されかけた側、リザは殺しかけた側だ。
彼女が後ろめたく思ってしまうのも無理はない。
「リザ、僕は気にしていないから」
「キュル……」
―ウン……―
そのことで後ろめたさを感じている彼女に僕は気にしていないことを告げた。
少なくても、彼女はあの時よく分からない程の「憎しみ」の感情に呑み込まれていた。
勿論、それで僕が死んでいたりした僕はどう思っていたのか分からないだろうし、彼女に殺された人やその遺族からすれば許されないことだろう。
それでも僕は彼女に生きていて欲しいから気にしないつもりだ。
魔物のこと……よく調べないとね……
リザとこの森の魔物は全く異なる。
リザは『憎い』と感情以外に『痛い』という感情も知っていた。
しかし、この森の魔物はただ『食らう』と飢えしか訴えてこない。
両者の違いは一体何なのだろうか。
調べてみる必要がある。
「で、それじゃどうするの?」
ウェニアの説明でとりあえずリストさんとリナの二人が魔物に襲われて命を落とすという最悪なシナリオはないことは理解出来た。
このまま追っても時間と体力、魔力の無駄になるということも。
しかし、だからと言って連中が何処にいるのかすらもわからない。
一体、どうするつもりなのだろうか。
「何……夜になれば分かる。
それまではゆっくりと英気でも養っておけ」
「夜……?」
「キュル……?」
そんな僕の疑問に対して、ウェニアは何か企んでいる様な顔をして答えた。