第五十九話「苛立ち」
「頼むぞ……長老は―――」
「分かっている。
彼奴はこの村の者たちに慕われている。
恐らく、これだけ苦しい村の状況の中でも他の者に食糧を与え続けていたのであろう?
あれ程、善良な者はおるまい」
「そ、そうか……」
ケルドさんの家の前に辿り着くとイアは念を押す様にケルドさんを助けて欲しいと言っているが、既にケルドさんを助けることを決定事項にしている彼女にとってはそれは意味のないことであった。
「じゃ、じゃあ。頼むぞ……」
「………………」
イアを始めとした村人たちはウェニアに対して腫物を触るかの様な態度をしている。
……ウェニアの発言だけが原因じゃないよな……
ウェニアの村人たちへの追及が原因の一つだとは思えるが、それだけではない気がしてきた。
何だろう……?
「長老、入るぞ」
そんなぎこちない雰囲気が漂う中、イアがケルドさんの家の扉を開いた。
「うぅ……」
「……っ!」
ケルドさんのものらしき呻き声が聞こえ僕は後ろめたさと共にどう彼と顔を合わせればいいのか分からなかった。
「長老、確り……!!」
「あぁ……イアか……どうした……?」
力の入っていないケルドさんの声に益々、僕は胸に痛みが走った。
昨日まであんなに元気だったのに殆ど生気を感じることが出来なかったのだ。
「……実は……その……」
イアはケルドさんに対して僕たちが助けに来たことを伝えるべきか悩んでいた。
それはケルドさんにとっては僕らは助けなかった人間として認識されていることを考えてのことだった。
「ケルド、傷の具合はどうだ?」
「なっ!?」
「ウェニア!?」
しかし、その状況の中ウェニアはお構いなしにケルドさんに声を掛けた。
その様子に僕だけではなく村の人たちも困惑した。
「おぉ……お嬢さんか……
それにお兄さん……無事でよかった……
すまん、かったのう……」
「っ!」
ウェニアの声を聞いてケルドさんはいの一番に自らが死にかけているのに彼女と僕の身を案じてくれた。
加えて、一連のルズたちの行動に対して謝罪すらしてきた。
「他人のことを心配している場合か。
今、治す。安心しろ」
「そうか……」
ウェニアの言葉にケルドさんは力のない声で答えた。
それは自分への安心よりも相手を心配させまいとする為のものに感じられた。
「あの……ケルドさん……
ごめんなさい」
「………………」
僕はケルドさんに謝った。
謝って済むものではないことは分かっている。
でも、彼の様子を見て謝りたくなったのだ。
「……お兄さん。
いいのじゃ。本当に……優しい子じゃな……」
「っ……!」
ケルドさんはそんな僕の謝罪を拒絶も恨み節もぶつけてこなかった。
「おい、ケルド。
何を死ぬことが決まった様にしている。
我が助けると言っているのだ。
貴様が拒否しても生かす。これは決定事項だ」
「ははは……
それは……頼もしいことじゃ……」
「笑うな。
ユウキ。このままで気が散って敵わん。
其奴を連れて外で待ってろ」
「え?あ、うん……
あの……」
「あ、あぁ分かった……
長老を頼むぞ」
「誰に言っている」
ケルドさんの少し弱気な姿にウェニアは癇に障ったらしく、僕にイアを連れて外に出ることを言ってきた。
僕がそのことを伝えるとイアも渋々ながら従ってくれた。
「な、なあ……
本当にあのお嬢ちゃんは魔法を使えるのか?」
「え?あ、はい。
確かにウェニアは魔法を使えますけどそれが?」
イアはケルドさんの家の外に出るとウェニアが魔法を本当に使えるのかを訊ねてきた。
「……そ、そうか」
「……?」
僕の返答に対してイアは困惑した。
「な、なあ…………
その……あのお嬢ちゃんは「森の魔女」様なのか?」
「え?」
僕が村の人たちの反応を不思議に思っていると彼はそんなことを訊ねてきた。
「ウェニアが「森の魔女」……だって?
どうしてそんなことを訊くんですか?」
イアは、いや、イアを含めた村人たちは何か勘違いしている様子であったが、僕はそれを冷静に否定した。
どうしてこの人たちはウェニアのことを「森の魔女」だと思ったのだろうか。
「え?いや、だって……
魔法を使ってんだぞ?」
「たったそれだけですか?」
彼らはウェニアが魔法を使ってケルドさんを助けるから、「森の魔女」だと思っているらしい。
「たった、それだけって……」
「……あ」
イアの反応を見て彼、いや、彼らがどうしてウェニアのこと「森の魔女」と思いたかったのか、そして、彼らの忌避感を抱いているのか理解出来た。
「……ウェニアが……魔族だからですか?」
「う……そうなのか……」
彼らの敵意から忌避感への変化とその瞬間から彼らがどうしてそんなことを訊ねたのか理解出来た。
『……魔女様は……恐らく、魔族じゃったのだろう』
「……っ!」
ウェニアは魔法を使える。
そのことから彼女を魔族だと考えたのだ。
そして、彼女を「森の魔女」と考えたのは彼女への恐れを仮令魔族であっても「森の魔女」ならばという偽りの安心に浸りたいからだったのだ。
ただそう思って安心したい為だけに。
「……言っておきますけど、ウェニアは人間を憎んだり恨んだりしてませんよ」
「え……」
そんな彼らの姿が気に入らなくて僕はそう言った。
この世界の何がわかった訳じゃない。
だけど、少なくてもウェニアのことを知りもしないのにそんな風に見て欲しくなかった。
彼女は魔王だから確かに非情な選択をする時がある素振りも見せる。
けれども、彼女はそれだけじゃない。
「何よりも彼女は優しさを知ってます」
彼女は優しさを理解出来る。
確かにそれを知りながらも沢山の人たちの平穏を踏みつけて前に進むとも彼女は言った。
でも、だからと言って彼女が優しさを知らない訳じゃない。
そんなことも知らないのにただ「魔族」だからといって彼女を否定するのはやめて欲しかった。
「あ、あんたは……怖くないのか?」
イアは僕に恐る恐る訊ねてきた。
「……最初は何を考えているのか分かりませんでしたし、それと偉そうだったり、にやにやしたり、気紛れで僕も不安でしたし不満でしたよ」
正直に僕は答えた。
最初にウェニアに会った時は彼女が魔王で契約を持ちかけられ不安になり、加えて、僕の見た目に対しても『まあまあ』と初対面の相手に対して失礼な言葉を放ったり、悪趣味な一面を見せたりと嫌な奴だったと感じた。
後、威圧感があって怖いのも事実だった。
「でも、『魔族だから』じゃないんですよ」
「何だって……?」
でも、それはウェニアが『魔族だから』という理由じゃない。
ただウェニアだからこそ思えることだ。
「それに何だかんだで彼女に助けられたり、支えられてもいますし、嫌いじゃないんですよ」
何よりも僕は何度もウェニアに助けられてきた。
それが契約だからなのか、臣下だからなのか、彼女の打算的なものなのかは分からない。
けれど、何度も助けてくれて支えてくれた彼女を嫌いになれるはずがなかった。
「後、もう一度言いますけど彼女は優しさを知っていますし、理解もしています。
それを端から否定する様な言葉だけは許しません」
「悪い……すまなかった……」
最後にウェニアのことを魔族だからと言って彼女が優しさを理解出来る心を持っていること否定することだけは許さないと言った。
それだけは譲れなかった。
僕の主張にイアは謝りだした。
恐らくは「森の魔女」の存在もあってそこまで魔族に対する感情はルズたちよりも酷いものじゃないらしい。
「でも……それだとマズいな……」
「?」
僕の話を聞いた後にイアは何か不安そうな表情を浮かべた。
「何がマズいんですか?」
彼らはケルドさんが暴行を受け、リストさん親子が拉致られる以上に何を『マズイ』と思っているのだろうか。
「いや、だって……ルズたちが……」
「……!
何があったんですか!?」
ルズたちの名前が出た途端に僕は嫌な予感がした。
あの連中は既にリストさんと病み上がりにすらなっていないリナを連れてあの危険な森に入って行った。
それ以上に悪いことはないと思うが。
「ルズたちは「森の魔女」様から小麦を奪ってくるって言ったんだよ」
「え……」
しかし、想像以上に人はここまで馬鹿になれるのかと実感させられるだけだった。