第五十八話「拒絶と忌避」
「成る程な……
完全に奴の仲間は森に入っていったらしいな」
「……そうだね」
村の入り口の近くまで戻って来た僕らは先ずはケルドさんの無事とルズたちの仲間の人数の把握をリザに頼み、戻ってきたリザから情報を仕入れて今は連中がいないらしいことが分かった。
「……一体、何が目的で」
ルズたちは自分の仲間とリストさんとリナをさらって森の中へと入っていったが、やはり、その動機が未だに掴めない。
ウェニアは僕に『人間は皆、頭がいい訳ではない』と言った。
となると、今のルズたちが冷静さを失っているのは理解出来る。
だからこそ、早くリストさんとリナのことを助けなくてはならないだろう。
「……恐らくだが……
いや、まだ分からんな」
「え?何か思い当たる節でもあるの?」
「……いや、まだ確信がある訳ではない。
それに今ここでそれを話せば冷静さを失うことになるぞ?」
「……いや、勿体ぶられる方が気になるし……
むしろ、これ以上腹が立つことなんてないと思うよ?」
「……とりあえず、先ずはケルドの無事の確保と救助が先決だ。
それに彼奴を助ければそれに気を許した村人たちから自ずと情報を得られるだろう」
「……わかったよ。
君を信じるよ。さっきのこともあるし」
「……それでよい」
彼女の秘密主義には戸惑うことはあるけれど、それでも今回みたいに彼女の考えを聞かずに一方的に責める様なことはしたくない。
ただ、それでも一刻も早くケルドさんたちの無事を確かめたい気持ちもあるのは否定できないが。
「よし、村の中に……ケルドの家に向かうぞ」
「うん」
既にルズの仲間がいなくなっていることで安全を確かめてから僕たちは再び村の中に入った。
「どうやら、連中は本当に森の中へと入って行ったらしいな」
「うん」
村の中に入るとあの異様な敵意に溢れた視線は感じられなかった。
どうやら、リザの報告通りにルズたちはいないらしい。
となると、本当にあいつらは……
ケルドさんを助ける障害が存在しないことは喜ばしいことだけど、それは裏を返せば本当に連中はリストさんと病み上がりにもなっていないリナを連れて森に入っていったということだ。
早く助けないと……!
助けることが出来た二つの生命が失われようとしている。
それだけは絶対に阻止したい。
僕らが急いでケルドさんの家へと向かおうとしている時だった。
「!?
あんたたちは……!?」
「!!」
突然、大きな声で呼び止められた。
「あ、あなたは……」
僕たちを呼び止めた人物。
それは昨日、僕たちがリストさんと共に村に入った際に最初に出会った彼と親しい人物だった。
今、彼は昨日の感謝している表情と反して、僕らに怒りを向けていた。
「……よくのこのこと顔を出せたな」
「え……」
その村人は僕たちに対して忌々しそうにそう言ってきた。
「長老やリストたちを見捨てた癖によく戻って来れたな!?」
「っ!?」
彼のその言葉に僕は胸が苦しくなった。
彼らの非難は分かる。
目的は兎も角として僕たちは三人を見捨てて一度村を出た。
それなのにのこのこと顔を出すなど彼らからすれば怒りたくなるのも無理はないだろう。
何よりも『見捨てた』という言葉が僕にとっては苦しかった。
「それは……」
僕はそれに反論したかった。
しかし、これ以上は何も言えなかった。
だめだ……
僕だけが……逃げるなんて……
確かに僕は見捨てるつもりなんかなかった。
しかし、ここで自分だけが違うと言ったするのは卑怯な行動だ。
それにウェニアも元々見捨てるつもりなんかなかった。
ウェニアが耐えている状況で何も言える道理がなかった。
「どうしたんだ……?
あ!?」
「アンタたちは!?」
「今更、何の用だ!?」
「人でなし!!」
「出ていけ!!」
「うっ……」
僕たちが村の入り口付近で非難されているとその声を聞きつけたのか続々と他の人々が集まり、僕たちを見るなり、嫌悪感を露わにして『人でなし』と罵倒した。
「す、すみません。
だけど―――」
その弾劾に僕は思わず謝罪したが、それでもここで引くわけにはいかないと考えて頭を下げようとした時だった。
「……くだらんな」
「―――え」
ウェニアが心底うんざりとした声音で彼らに『くだらない』と言った。
彼女の方を見てみると彼女はルズたちに対して向けていたあの冷たい目をしていた。
「な、何だよ……」
ルズたち動揺に村人たちはウェニアの妙な迫力に圧されていた。
「確かに我は「人でなし」であろう。
それは認めよう。
だが、貴様らはどうなのだ?」
「え」
ウェニアは村人たちにそう問いかけた。
「我がケルドたち三人を見捨てたのは事実だ。
だが、貴様らは何かしたか?」
「!」
「な、何だと……」
ウェニアは彼らに自分が三人を見捨てたことを認めたうえで彼らにその時、何をしたのかを訊ねた。
「まさか、リストとリナが連れていかれるのを黙って見ていた訳ではあるまいな?」
「う!?」
「そんなことは……!?」
ウェニアに指摘されて村人たちがたじろいだ。
彼女は彼らがリストさん父子を連れ去った際に何もしなかった事実を突き付けた。
「そもそも貴様らはリナのことを何処か「魔族の子」として煙たがっていたのではないのか?
だからルズたちの横暴を許容していたのではないのか?」
「そ、そんな訳ないだろ!?」
「そうだ!!俺たちは―――!!」
「何もしてこなかったであろう?」
「うっ……」
続けて彼女は村の人たちにリナを助けなかったことに対して、彼らがルズたちと同じ様にリナを煙たがっていたと主張した。
それに対して、村人たちは反論しようとしたが、ウェニアは『何もしてこなかった』と言い黙らせた。
「別に貴様らを責めるつもりはない。
だがな……この場にただ一人、あの親子やケルドを助けようとしていた者がいるのにその者まで侮辱することは許さん」
「……!?」
ウェニアは村の人たちの行いを責めるつもりはないらしい。
しかし、僕のことまでもを責めることは許さないらしい。
「此奴は我に気絶させられるまでリナの手を離そうとしなかった。
あの場で何人かの生命を奪うということに恐怖しながらもそれでもリナを守ろうとした。
その様な此奴の葛藤も知らずに此奴を責めるな」
「………………」
「……いいよ、ウェニア……もう……」
ウェニアの言葉で幾らか救われた気分になったけれども僕はそれ以上は言って欲しくなかった。
ウェニアだって、見捨てるつもりはなかった……
それにこの人たちだって……好きで見捨てた訳じゃないんだ……
そもそもウェニアは三人を見捨てていた訳じゃない。
その証拠にこの村に戻って助けようとした。
それなのに自分のことを悪く言うのは止めて欲しかった。
それに村の人たちだって好きでリナやリストさんを助けようとしなかった訳じゃない。
誰だって何かに立ち向かうのは勇気がいる。
それも暴力を躊躇いもなく振るってくる相手なんか猶更だ。
それを誰かに強制させるなんて……間違ってる……
自分だって出来ないことを相手にさせようとしたり、それが出来ないからと言って責めるのは間違っている。
だから、彼らを責める気なんてなれなかった。
「……まあよい。
ところでケルドは何処だ?」
「え……?」
今ので気が済んだのかウェニアはようやく本題に入った。
「ケルドは重傷を負っていた。
あの状態で回復するのは難しいぞ?」
「そ、それは……当たり前だろ……」
ウェニアはケルドさんが受けた暴行を突き付けて彼らに直ぐにケルドさんが何処にいるのかを訊ねた。
確かにあれだけの怪我をしているのなら素人目でも早く応急処置をしなければ命に関わるだろう。
「安心しろ。
我らはケルドとリスト達を助けに戻って来ただけだ」
『!?』
ウェニアの口から出てきた事実に村人たちは動揺し出した。
「助けるって……」
「一体、どうやって……」
「それに今更……」
村人たちはウェニアの三人を助けるという言葉を彼らは信じられずにいなかった。
どうやら、ウェニアが三人を助けるということは理解している様子であったが、どうやって助けるのか想像できないらしい。
「……我は「回復魔法」を使える」
『!!?』
「……?」
ウェニアのその一言に村の人々は今まで以上の衝撃を受けた。
「じゃ、じゃあ……アンタは……」
「……?」
村の人たちはウェニアに対して恐怖を感じている様に訊ねだした。
「……そんなことはどうでも。
それで貴様らはケルドを助けて欲しいのか?」
『!?』
ウェニアは村人たちにそう投げかけた。
その一言に村人たちは戸惑いの色を見せた。
「さあ、どうする?
我らを拒絶してケルドを見殺しにするか?
それとも我らの手を取り、ケルドを救うか?
貴様らの手にケルドの生命が掛かっているぞ?」
「うっ!?」
続けてウェニアは彼らにケルドさんを見殺しにするか、助けるかの二択を迫った。
その彼女の問いに村人たちはお互いの顔を見合わせた。
「……本当に助けてくれるのか?」
「当たり前であろう?
そうでなくてはそんなことは言わぬしここに戻ってくる訳がなかろう?」
疑いの目を向ける村人の声にウェニアはそう答えた。
それは絶対に助けることが出来るという強い確信があった。
「……分かった。頼む」
「!」
「イア!?」
ウェニアの相手に選択を迫るやり方にイアと呼ばれる例の村人は受け入れた。
「どっちみち俺らには長老を助けることが出来ない……
なら、こいつらに任せるしかないだろ……」
イアは他の村人たちに自分たちにケルドさんを助けられる術がないことからウェニアに任せることを告げた。
「……決まりだな。
では、案内を頼む。早くケルドの所へと連れていけ」
「あ、あぁ……」
そんなイアや村人たちの姿を見てウェニアは何事もなかった様に何時もの尊大な態度で道案内を頼んだ。
何とか村の中に入ることが出来たが、村の中にはルズたちに見られていた時のような敵意よりも忌避感が込められている気がした。




