第五十七話「真の狙い」
「どういうこと……?」
彼女の意外な指示に僕は驚いた。
「何の為に此奴を後から追いかけて来る様に言ったと思っているのだ?」
「いや、それは……見付かったら、大変だからじゃ?」
今のリザはただ少し大きい程度のトカゲの姿だ。
だけど、あの状況でルズたちに見付かっていたら、魔物だと分かっていなくても魔物だと決めつけていた可能性があってリザの身も危なかった。
だから、彼女は隠れる様に言ったのではないのか。
「……それだけではないぞ」
「何だって?」
しかし、彼女の目的はそれだけではないらしい。
「此奴には後から村の情報を持ってきてもらうためにそう言ったのだ」
「!?」
ウェニアの口から出てきたリザを隠れさせた本当の目的を聞かされ僕は驚いた。
「此奴は確かにあの時、我らと一緒にいれば奴らにとっては魔物だが、そうでなければ見た目はただの少し大きなトカゲだ。
だから、怪しまれずに村を出ることが出来る上に、村の様子を我らに持ってくることが出来るのだ。
加えて、貴様は其奴と正確に意思疎通が出来る。
これ以上に情報を得られる手段はなかろう?」
「……!」
こんな使い方もあるのか……
ウェニアはリザがただ大きめのトカゲに見えないことや僕が魔物の言葉が分かることをを使って、情報を得ることを考えていたのだ。
魔物の言葉が分かることを僕は今まで苦しんでいた。
しかし、そのことが今は役に立つことに希望を抱いた。
「……よいか、ユウキ。
貴様の『人を助けたい』と思うこと自体は悪くない。
情報を確りと得てから動け」
「……ウェニア、まさか……君は……」
ウェニアのその一言に僕は彼女への疑念が晴れていった。
「……ケルドには一宿一飯の恩がある。
それに連中には不相応にも金貨一枚を渡しておいたのにそれを反故にした借りがある。
それら全て返すぞ」
「……ウェニア!!」
そして、希望は彼女の言葉を聞いてさらに熱いものとなった。
ウェニアは最初から三人を見捨てる気などなかったのだ。
「よし、ユウキ。
リザから村の様子を聞け。
其奴の言葉がわかるのは貴様だけだ」
「うん!
リザ、僕からもお願い」
「キュル……キュルル……」
―マア……イイヨ……―
ウェニアの真意を理解して僕は村の様子を訊ねた。
リザは少し不満そうであったけれども、教えてくれそうだ。
「キュルル、キュルル」
―村ノ人ハ、アノ人達ニ怒ッテイタヨ―
「そうか……」
それを聞いて僕は安心した。
どうやら、ルズたちの行いを村の人たちが非難しているということは少なくてもこれ以上、ケルドさんが酷い目に遭うことはないということだろう。
「キュル……」
―デモ……―
「?どうしたの?」
しかし、リザは少し不安そうにしていた。
「キュル、キュルルルルルル?」
―アノ人タチ、森ノ中ニ入ッテイタヨ?―
「え!?どういうこと!?」
何とルズたちはあの森の中へと入っていったらしい。
しかも、リザの声音からそれは村から追い出されたとかそういった感じではないらしい。
「キュル、キュルルルルルルルルル」
―理由ハ分カラナイケド、アノ二人ヲ連レテ森ニ入ッテイッタヨ?―
「!?」
リザの言うあの二人が誰を指しているのかを理解し僕は絶句した。
「どうした?」
ウェニアはリザの言葉がわからないが、それでも彼女の声音と僕の反応を見て異変を感じ取ったらしい。
「……あの連中がリストさんとリナを連れて森の中に入っていったって……」
「何?」
僕は三人という言葉ではないことから、彼らが連れ去った二人がリストさん親子であることを察した。
ルズたちは何故かリストさんとリナの二人を連れて森の中に入って行ったらしい。
一体、何のつもりで……
いや、今はそれよりも……
ルズたちの目的は分からない。
けれども、二人を連れてこの世界にとっては魔物が跋扈していて危険地帯である森、それも普通の森とは異なり浅いところにも魔物が現れるあの森に入っていたというのは異常だ。
それにリナは……!
加えて、リナは病み上がりとも言えない治りかけだ。
そんな衰弱した子供を連れてそんな危険な場所に向かうなんて連中は正気じゃない。
「……ユウキ、リザに村の状態をもっと詳しく訊け」
「!
分かった。リザ、リストさんたちを連れて行った人たちはどんな様子だった?」
「キュ?キュ~……キュキュル?」
―エ?エット~……慌テテタヨ?―
「『慌ててた』だって?
どうしてだ?」
リザに聞かされたルズたちの様子が不可解だった。
興奮気味や不機嫌なら兎も角として、どうして『慌てる』のだろうか。
『慌てる』ということはそれは焦っているということだ。
一体、彼らがどうして『慌てる』のだろうか。
「……大方、我らから金貨を取れなかったことで村人たちの不満を抑えられなかったのだろうな」
「?どういうこと?」
「ケルドはどうやら村の中ではある程度の者らしい。
そんな相手を傷付けてもそこから戦利品を分配すれば多少の不満は抑えられるものなのだ。
だが、今回はそれが度を越していた上に何よりも肝心な戦利品も奪えなかった。
不満が生まれない訳がなかろう?恐らく、かなり立場を悪くしたであろうな」
「何だよ……それ……」
ウェニアの言っている言葉の意味が分かりたくなかった。
人に暴力を振るったり、人から強引に物を奪ったりすることをどうして容認できる。
それで利益を得られるからと言ってそれを認めることは間違っている。
「……ユウキ。
貴様は平和な世界で、いや、国で生きていたな?
だが、世界は貴様が思う様に優しくできてなどいないのだ」
「だって、普通は……!!」
「その『普通』がこの世界では『普通』ではないのだ。
それを理解せぬと命を落とすことになるぞ」
「うっ……!?」
ウェニアのその発言に僕はこれ以上何も言えなかった。
リウンの家での出来事で僕の考えている「普通」が全ての人にとっての「普通」ではないことは教えられた。
それでも僕はリウンの場合は特殊過ぎる環境によるものだと心の何処かで甘く感じていた。
「それとこれも覚えておけ。
人間は貴様が思う様に頭もよくないし理知的ではない」
「?」
「……貴様はまだ相手の言葉に耳を傾けるからよい。
今は分からんと思うが、貴様の様に聞き分けの良い奴は中々おらんのだ」
「それって……」
ウェニアの言っている言葉の実感はない。
だけど、彼女が何を指しているのかは分かってしまった。
「無論、彼奴らの様な奴らよ」
「……!」
やはり、彼女が言っているのはルズたちだった。
「よいか?
大体の人間が追い詰められて冷静でいられることなどほぼないと思え。
最悪、『まさかここまで』と思うことをする人間など多くいる。
それを覚えておけ」
「……そんな……じゃあ、ルズたちの目的は?」
ウェニアの言う通りだとするとルズの目的が余計分からなくなるし、加えてさらに不穏さが増した。
一体、連中の狙い、いや、動機は何だろうか。
最早、連中に目的なんて高尚なものはないのだろう。
「……さあな。
追い詰められた愚か者が更なる蛮行に走ることは珍しいことではない」
「更なる蛮行……」
その言葉に僕は余計に危機感を募らせた。
元々、嫌な連中だったが今はそれ以上だ。
「行くぞ、ユウキ。
村へと向かう間にリザからの村の様子を余すことなく訊いておけ」
「うん……!
リザ、お願い」
「……キュル」
―……ウン―
リザの話、ウェニアの経験談、そしてルズたちの言動を把握して僕は一刻も早くリストさんたちを助けないといけないと考え彼女に同意した。
あ、そうだ……その前に……
「ウェニア」
「……?何だ?」
彼女に僕は言わなければならないことがあることに気付いて、僕は彼女を呼び止めた。
「ごめん」
「何?」
それは彼女への謝罪だった。
「君のことを誤解して色々と一方的に責めてごめん」
「……別によい。
と言うよりも貴様、どれ程のお人好しだ。
我は貴様を殴ったのだぞ?」
「それは嫌だったかな……
それでも、信じられなくてもごめん」
彼女は僕のことを『お人好し』だと言った。
それでも彼女の都合や考えを考えなくても一方的に責めたのは酷いことだと思う。
これぐらいは謝っておきたかった。
「……分からん奴だ。
ほら、行くぞ」
「うん」
彼女はそれで済ました。
でも、何処か殴ったことに後ろめたさを抱いてくれているのと心配してくれているだけで僕はそれだけで十分だった。