表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第一章「王との契約」
8/150

第七話「魂の概念」

「いたた……ここは……?」


 魔王に叫ばれて何事かと思ったら突然、床が傾いて生まれた隙間に僕は転がり落ちたらしい。

 どうやら、迷宮の冒険者を分断するためのギミックらしい。

 それにまんまと僕は引っかかったらしい。

 僕はあの魔王と分断されてしまった。

 戦う力のない僕にとっては殆ど致命的だ。


 さ、最悪だ……


 強さの基準についてはこの世界で弱い魔物と戦っていないから分からないけど魔物と出会った瞬間に僕の命はないも同然だ。

 しかも、この迷宮にはあの大トカゲがまだいる。

 王国の連中はこの迷宮にいる魔物はクラスの勇者方からすれば大したことがないとか言っていたがあいつだけに明らかに焦っていた。

 実際、あの大トカゲはクラスの連中のスキルやら、魔法やらを諸共しなかった。

 何よりも実際に殺されかけた身で分かるけどあいつの攻撃は痛いなんてものじゃない。

 内臓そのものが潰されたんじゃないのかと言うほどだった。

 幸い、爪は当たらなかったけど当たっていたら内臓が辺り一面に飛び散っていただろう。


「うっ……」


 それを想像するだけで悪寒と吐き気がしてくる。

 とりあえず、あいつと遭遇するのは避けたいし祈りたい。


「とりあえず、ここは―――」


 僕が周囲の状況を確認しようとした時だった。


―おい―


「……え?」


 突然、僕の頭の中にさっきまで耳にしていた声が響いて来た。

 僕は一瞬、気のせいかと思ったが


―貴様、何処にいる?―


 気のせいではなかった。

 それは紛れもなく魔王の声だった。


「え!?なんでお前の声が聞こえて来るの!?」


 先程、離れ離れになったことを確かに確認したにも関わらず、聞こえて来る魔王の声に僕は驚いた。


―貴様、最初に出会った時のことをもう忘れたのか?―


「……あ」


 僕のそんな様子を知ってか魔王は呆れ魔王の一言を聞いて、どうして今魔王と会話が出来ているのか合点がいった。

 よく考えてみれば、魔王が最初に語り掛けて来た時も姿がなかったのになぜか会話が出来ていた。

 つまり、あの時と同じらしい。


―全く……どうやら、貴様は慎重らしいが思慮深くはないらしいな?―


「う、うるさい!」


 魔王の心底残念そうな声音と口調に思わずカッとなってしまった。

 なんだろうか、クラスの不良やら王国の連中たちに苛立った時と違ってこんなにもすぐに感情を曝け出すなんて。

 それだけこの魔王のことが気に食わないのか、それとも一度裏切られて死にかけたことで踏ん切りがついたのだろうか。


「あれ?じゃあ、さっきと同じと言うことはここに来れるような……」


 さっきと似た状況であることにふとそう考えた。

 魔王が最初に声をかけて来た時、魔王はいきなり僕の目の前に現れた。

 つまり、今もそれは可能なはずだ。

 僕はすぐにでもこの危険な状況から脱することができると思って期待した。


―はあ?実体があるものがそんなものが出来ると思っているのか?―


「……え?」


 しかし、それは何でもかんでも出来そうで自らに不可能などないと豪語しそうな魔王が直々に呆れた声で否定したことで脆くも崩れ去った。


「ちょっと待った……

 お前、魔王だよな?

 だったら、瞬間移動とかできるんじゃないの!?

 と言うか、さっき出来てたじゃん!?」


 焦りと驚きの余り僕は狼狽しながら訊ねた。

 さっきできた事なのに何故出来ないのか理解できずに僕は問い詰めてしまった。


―あのなぁ……

 転移用魔方陣もないのにどうやって身体ごと移動させると言うのだ?―


「……転移用魔方陣?」


 聞き慣れないけどなぜか名前から連装、いや、身を以って経験していることから僕はその言葉に反応してしまった。


―なんだ知らんのか?―


「い、いや……名前から大体察することができるけど……」


 恐らく移動用の魔方陣なのだろう。

 余りにも安直過ぎるネーミングなのと最初にこの世界に来た時に観た光景もあってかこれぐらいは僕でも解ってしまう。

 しかし、ここまで魔王に馬鹿にされるとは思いもしなかった。

 そんなに転移魔法と言うのは難しいのだろうか。


「なあ、そんなに瞬間移動て難しいの?」


 気になってしまい僕は訊ねた。


―何を当たり前……と言いたいところだが……すまんな。

 よく考えてみれば、貴様は異なる世界の者であったな。

 魔法を知らないのも仕方ないか……―


「……え」


 僕の疑問を受け止めて一瞬魔王は呆れそうになったが僕が魔法のことをあまり知らないことを察してくれたのかなんと驚くことに謝罪までしてくれた。

 僕は耳を疑った。


「あ、あれ……?」


 そして、なぜか僕は泣いていた。


―……どうした?―


 魔王は僕の様子が気になったのか声をかけて来た。


「あ、いや……なんでもない……」


 それは嘘だ。

 本当は今の気遣いが嬉しかった。

 少なくともこの魔王は一応、こちらを配慮してくれている。

 それだけでも十分、嬉しさを感じてしまった。

 他人の親切がここまで心に沁みるとは思いもしなかった。


―そうか。

 では、転移魔法の仕組みについて簡潔に説明するぞ―


「ああ、うん……」


 本来ならそんなことをしている暇はないと思うけれど、今は少しでも自分を落ち着けたいので気晴らしに魔王の説明を聞こうと思った。


―転移魔法と言うのは一度、身体を破壊する―


「……え?」


 その説明を開始されてから数秒も経たないうちに出て来た衝撃的と言うよりも物騒な言葉に僕は驚いてしまった。


「ちょ、ちょっと待った!?

 それ大丈夫なの!!?」


 身体を破壊する。それはつまりは身体をバラバラにするか、粉々にするような物のはずだ。

 普通、人間は、いや、どんな生き物でもプラなんとかと言う生き物でもない限りそんなことされたら生きていられないはずだ。

 と言うよりも想像するだけでも恐ろしい。


―話は最後まで聞け。たわけ―


 そんな僕の動揺に魔王は呆れたように制した。

 確かに話は途中だ。


―貴様も考えていることだろうが肉体がそんな状態になれば、普通は死ぬ。

 だが、それが「転移」と言うのならば話が違ってくる―


「……?と言うと?」


 やはり、普通は死ぬらしい。

 良かった。どうやらこの世界の人間や他の生物が僕たちの常識を超える生命力を持っている訳ではないらしい。

 そして、どうやら例外があるらしく魔王はそれを今から語る。


―肉体が滅んでも無事なものがある。

 それが何か知っているか?―


 魔王は唐突に訊いて来た。

 こいつ、どうせ僕が答えられないと高を括っているらしい。

 実際、わからないけど。

 まあ、この際典型的な言葉で茶化そうと思った。

 少しぐらい、魔王をからかうのも悪くないだろう。


「……魂とか?」


 漫画とかよくヒーローや主人公が言うかっこいい謳い文句。

 僕はそれをふざけた答えで出した。

 多分、それはハズレだろう。


「あはは……冗だ―――」


 僕はそのまま冗談だと明かそうとしたが


―ほう?知っていたのか?―


「―――え?」


 それは当たりだったらしい。

 まさか、冗談で、いや、茶化したつもりで言ったことが当たりとは思いもしなかった。

 なぜか当たっていた。

 まさか、冗談で言ったつもりなのに当たるとは思いもしなかった。

 そんな漫画じゃかっこいいが実際は精神論染みた言葉がそのままとは。


「……え?本当に魂なの?」


―……貴様、さては当てずっぽうで言ったのか?―


 そのままでいいのに僕はつい確認してしまい魔王に呆れられた。

 余計な一言だとは思うけど、つい口が動いてしまった。

 実際はもっと不純な真実だけど。


「ああ……うん……

 何というか、『魂は不滅だ!』とか言う言い回しとかは僕の世界にもあったから……つい……」


 僕はこれ以上、自体がややこしくなると思って誤魔化した。

 僕としては死にかけた身だからそう言う言葉はあまり使いたくない。

 死んだら終わり。

 少なくとも、僕としてはそう思う。

 ただ例外を実際に目にしたからそれだ絶対とも思えないが。


―ああ、成程……英雄譚で使われそうな言い回しか……

 兵士を鼓舞するために使いそうな常套句だな―


「い、いや……そんな大層なものじゃないとは思うけど……」


 確かに漫画やアニメ、ゲームとかは一種の芸術かもしれない。

 ただ、何と言うか魔王の言う文学的なものと僕たちの好むものを同等に扱っていいのか困ってしまう。

 小説とかはすらすら読めるけど、古典的な文学とは開いた瞬間に諦めてしまうほどに教養がない僕が果たしてサブカルチャーを文学として定義して良いのか悩んでしまう。


―ああ、成程、

 大衆向けの劇に出て来る台詞か。

 いいではないか……それで―


「……え」


―どのようなものでも心を揺さぶるものならば、そこに低俗や高尚の程度など関係ない―


「そ、そう言うものなのか?」


 魔王の意外な見解に僕は驚いた。

 偉そうな奴だから、僕たち庶民の趣味を鼻で笑おうと思っていたが魔王は肯定した。

 魔王の言葉を聞いて、僕は「感動」と言う言葉に「動」と言う漢字が入るのかなんとなく理由が解ってしまった気がする。

 そう言えば、この魔王は村出身て言っていたから割と庶民的なものに理解はあるのだろう。


―まあな。

 で、話を戻すぞ。

 実は魂も必ずしも不滅ではない―


「……そうなのか?」


 僕は心底驚いた。

 目の前の魔王が死んだのにも関わらず蘇ったのは魔王の説明が確かならば魂が不滅でそれを復活したのかと思っていた。

 まさか、魂が不安定なものとは思いもしなかった。


―そうだ。

 魂と言うものは本来は肉体がなければ維持が出来ぬものだ―


「え?じゃあ、どうしてお前は?」


 魔王の説明通りだとどうして魔王が復活したのか説明がつかなくなる。


―さあな。それは我にもわからん―


「え?マジなの?」


―ああ。だが、魂だけの感覚を経験できたのだ。

 まさか、魔導書で見たことがない魔王を身を以って行使できるとは思いもしなかった―


「……?それって一体……?」


 再び魔王は意味深な言葉を言う。

 こいつとの話が一々、止まるのはマズい気がする。

 僕の知識不足もあるとは思うけど、あちらの認識が違うことで相互理解が出来ていないのが主な理由だろう。


―我の読んだ魔導書の中には魂を使った魔法を記したものがあったのだ。

 そして、それらは全て瞬間移動や転移に直接関係するのだ―


「魂が?」


 意外な事実に僕は驚いた。

 魂が瞬間移動や転移に関わって来るとは思いもしなかった。


―そうだ。

 肉体が滅んでも魂が摩耗さえしていなければ、膨大な魔力があれが魂の記憶を基にして取り戻すことが出来る。

 回復魔法も同じ原理だ―


「つまり、お前が復活できたのも魂があったからなのか……」


 魔王の復活の仮定を遠回しに聞かされてこの世界における「魂」がどれだけ重要なのかもひしひしと理解させられた。


「あ、と言うことは……身体を壊すって……」


 「魂」の概念を聞かされてどうして転移に「魂」が関わって来るのか答えが直感的に浮かんできた。


―ほう?ようやく理解したか?

 察しが良いのは嫌いではないぞ?―


 やはり、そうらしい。

 ワープは一時的に肉体をないもの(・・・・・・・)にすることで後で「魂」を基にして肉体を再現するらしい。

 しかし、何と言うか命懸けな気もしなくはない。

 魔王が呆れた理由も理解できなくもない。


―「魂」の概念さえ解かれば後は簡単だ。

 転移魔法には二つやり方がある―


「二つもあるんだ」


―そうだ。

 一つは最初に魔方陣を用意することで「魂」を予め安定させ、そして、その「魂」を転移先に確実に届ける方法だ―


「……なんか、FAXみたいだな……」


―なんだそれは?―


「……後で合流したら教えるよ」


 魔王の説明を聞いて僕はつい、FAXを想像してしまった。

 FAXも別に紙を送っているのではなく、情報を送ってコピーするので似ている気がする。

 ただあくまでもFAXが送るのは情報であって実物ではないが。


―そうか……

 で、もう一つの方法だが、「魂」そのものに魔術式を組み込んで自由自在に転移する方法だ。

 こっちは伝承にしか記されていない方法だ。

 こっちは魔方陣が必要ない―


「聞くだけで難しいことが解ったよ……」


―ああ……実際、我ももう一度出来るか分からん。

 まさに「奇跡」としか言い様がない―


 魔王の説明で魔方陣なしの転移がどれだけ大変なのかは理解できた。

 あの『我に不可能などない!』と言いそうな魔王が無理と言っているのだ。

 相当なものだ。

 と、そんな時だった。


「あ」


 魔王の説明によって僕はあることに気付いた。

 いや、


「ああああああああああああああああああああああああああ!!?」


―な、なんだ!?―


 あることを思い付いて魔王が戸惑うほどの大声を出してしまった。


「そうか……そうだったんだ……!」


 今の僕は非常に喜びによって傍から見れば訝し目に思われるほどに興奮していた。

 なぜなら、今の一連の魔王とのやり取りで「希望」が湧いて来たのだから。


―ど、どうした?そんな大声を出して……?―


 魔王はかなり困惑していた。

 当然だろう。

 いきなり大声を出すなんて正常じゃない。

 図らずも今の状況はさっきと打って変わって僕が魔王を戸惑わせている。

 でも、僕は今とても声を出したかった。

 なぜならば


帰る方法が見つかった(・・・・・・・・・・)!」


―……何?―


 「望み」が叶うかもしれないと思ったからだ。

 僕はこの世界に来てから初めて自分の意思で動けるかもしれないと感じて、自由を得た気持ちになった。

 それはまさに風を感じる鳥や野原を走る獣、水中を泳ぐ魚の気分になったようだ。


「僕たちは転移魔法(・・・・)で呼ばれたんだ」


―……成程、そう言うことか―


 僕が導き出した過程を口に出すと魔王は合点がいったようで僕は続けざまにあの時の光景を語ろうとした。


「あの時、僕たちの足下に光が見えたんだ。

 もしかすると、それが―――」


―転移魔法用の魔方陣と言うことか……―


「ああ……!」


 あの朝、僕は確かに教室の床全体がが輝き出したのをこの目で見た。

 恐らく、あれによって僕たちは呼び出されたのだ。

 あの光が魔方陣だった可能性はあり得る。


「なあ?魔方陣を全く異なる場所に作り出す方法てないのか?」


 僕は仮説が正しいことを検証、いや、この場合は少しでも支えになるかどうかを訊ねた。

 恐らく、王国、いや、ディウ教には魔方陣だけを離れた場所に作り出すとかの特殊な魔法があるのではないだろうか。

 それを使って僕たちの教室に魔方陣を作って僕たちを転移させた。

 つまり、女神の奇跡でも何でもないただの魔法の可能性があるのだ。


―いや……生憎だが我もそのような技術は知らない―


「……そうなんだ……」


 返って来た魔王の答えに僕はガックリと肩を落とした。

 どうやら、僕の仮説は間違っていたらしい。

 「希望」を否定されたことで落ち込みそうになるが


―だが、それは我の時代(・・・・)になかっただけだ―


「……え?」


 魔王のその言葉で踏みとどまった。


―我は千年の間、眠っていた。

 もしかすると、その間に小賢しい人間共が魔法を発展させているのかもしれん。

 それに我は完全に世界を支配していた訳ではない。

 我の知らぬ魔法があってもおかしくはない―


「……そうか」


 魔王の根拠もないが、否定も出来ない主張に僕は自分でもなんと楽観的なのかと思うけど「希望」を繋いでしまった。

 しかし、魔王の言う通り、完全に僕の仮説が破綻したかどうかは分からない。

 少なくとも、帰還の(すべ)に当てが僅かばかりとは言え生まれたことは事実な気がする。

 なぜ自分でもそう思えるのかは不思議であったが。

 最初に契約した時もそうだったが、こいつには妙な安心感があるのだ。

 全く以って優しさとは無縁に感じるのにこいつと一緒にいると妙な安心感が生まれるのだ。

 所謂、カリスマと言う奴なのだろうか。

 もしかすると、こいつの臣下になった連中の多くは僕と同じようにこいつのこういう所に惹かれて傘下に加わっていったのだろうか。


―まあ、安心しろ。

 我が「ディウ教」を蹂躙した暁には答えは出るさ―


「……お手柔らかに」


 恨みしかない王国と「ディウ教」ではあるが、魔王の物騒な発言とそれを有言実行しそうな態度と人格に僕は少しだけだが控え目にして欲しいと思った。

 基本的に僕は乱暴な事や野蛮な事、痛いことが嫌いだ。


―で、貴様はどこにいるんだ?―


「あ、そうだった……」


 僕は魔王に言われて自分が置かれている状況を思い出した。

 今の僕は魔王とはぐれて魔物に襲われる可能性があることをうっかりと忘れていた。


―貴様が身の危険を察知する力があるのか分からなくなってきたぞ―


 魔王は呆れる様に言うが、そもそも魔王も話をそらした本人であるはずだ。

 だが、ここでそれに触れるとまた話がそれて余計に時間を取られそうなので黙っておこうと思った。


―とりあえず、周辺の様子を伝えろ。

 そっちに行くまでの何かしらの道標になるだろうしな―


「ああ……えっと……」


 僕は魔王に言われるままに周囲のことを伝えようとするために周囲に目を配った。

 意外なことにここは地下の割には明るかった。

 多分、篝火の影響だとは思うけれど、こんな所で火が延々と燃える続けるのは不思議だった。

 きっと魔法かなんかで燃えているんだろう。

 取り合えず篝火の灯りのおかげで視界が効くのは幸いだ。

 と僕が辺りを見回していると。


「ん?」


 チャリと足下から何か小銭が鳴るような音と靴が何か小石か何かを蹴ったような感覚がした。


 ……何だろう……嫌なものじゃなきゃいいんだけど……


 足下にの違和感と妙な音に僕は色々と不安に感じた。

 今の僕は魔王と離れていることで死の恐怖に包まれている。

 ゆえにどんな些細なことでも動揺してしまう。

 「疑心暗鬼を生ず」と言う言葉がまさにこの状況に相応しい。

 僕は恐る恐る足下を見た。

 

「……え?」


 僕が目にしたのはとても信じられないものだった。

 しかし、それは恐怖を感じさせるものではなかった。


「こ、これは……」


―おい、どうした?―


 魔王が僕の様子の異変に気付き訊ねて来た。

 僕は驚きながらもそんな魔王に


「き、金だ……」


―……何?―


 足下に存在するものをただ伝えた。


 僕の足下にあったのは少し埃が被っているが直径5センチ、厚さ1センチ程のギラリとした黄金色を宿した金属の円。

 金貨だった。


「だから、金だよ」


―何?金だと?―


「ああ、しかも一枚だけじゃない!僕の足下に金貨が10枚位ある!

 す、すごい……!!


 僕は興奮気味に語った。

 そう金貨は一枚だけじゃない。

 僕の足下には金貨の山があったらしく、僕はたまたまそれを蹴り崩してしまったらしい。

 命の危険があると言うのにも拘わらず、僕は初めて目にして触れた黄金と言う感触と重さに気を奪われてしまった。

 よくホラー映画やパニック映画で古代の宝物に心と目を奪われて命を失う悪役や端役の気持ちを僕は理解してしまった。

 きっと今の僕はとても浅ましいだろう。

 それでも僕はこの興奮を抑え切れない。


―ほう?それは幸先がいいが……

 だが、同時にマズい(・・・)な……―


 しかし、そんな喜びに水を差すような言葉を魔王は言い放った。

 前半は明らかに魔王もラッキーだと思っているらしいが、後半はかなり不穏だ。


「……え?」


 僕は何回、この魔王に対して腑抜けた反応をするんだろうか。

 自分のボキャブラリーのなさに悲しみを覚えて来た。


「マズいって……どういうことだよ?」


 僕は恐る恐る訊ねた。

 こいつは性格は悪いが頭はいい。

 こいつが深刻そうな声をすると言うことは必ずヤバいと言うことなのだろう。


―いやなぁ……実は貴様の付近に強い魔力を感じるのだが……

 もしかすると、その辺りに他に財宝がある可能性があるのだ―


「え?それは本当?」


 魔王のその言葉に僕の強欲と言う感情が揺れ動く。

 まさか、ここまで自分が俗物とは思いもしなかった。

 だが、実際に十数枚の金貨だけでも重さ(・・)があった。

 それは金の重さでもあったが、心に来る重さでもあった。

 それがまだ他にもあると言うのだ。

 期待してしまうのも無理はない。


―ああ……だがな、それはつまり……

 そこには魔物が来る可能性があるのだ。

 それもかなりの実力のな―


「……え?」


 魔王のその言葉は僕の喜びやら強欲やら期待やらを吹き飛ばすほどに僕の心の中の恐怖を掻き立てた。


―魔物と言うのは意外と賢くてな。

 人間が何を求めて迷宮に来るのかを理解していて人間が欲する物がある場所を自らの餌場か寝床にするのだ。

 そして、そこには魔力がある……十中八九魔物住処だぞ?

 そこは―


「え―――!?」


 魔王の説明を聞いて思わず恐怖のあまりに大声を出しそうになったが


―馬鹿!声を立てるな!!

 魔物に居場所が見つかったらどうするつもりだ!!―


「―――っ!」


 魔王の制止を聞いて喉から出そうになった声を慌てて飲み込んだ。


―幸い、魔力があると言うことは我も貴様の居場所を探す手間が省ける―


「……ああ、そうだな―――うん?」


 魔王の言葉に僕は納得しかけるが、僕はとある違和感を感じてしまった。

 こいつは今、魔力を目当てに僕を探すと言った。

 しかし、ちょっと待て。

 ここで一つ疑問が湧くのだが。

 確か、僕の魔力はかなり高かったはずだ。

 それなのになぜこいつは最初からそれを目印にして探さなかったのだろうか。

 もしかするとこいつはうっかりとそれを忘れていたのだろうか。

 そうだとすると、この先がかなり思いやられる。


「なあ?どうして、僕の魔力を探さなかったんだ?」


―……ああ、そのことだが……

 話してもいいが一つ約束しろ―


「……約束?」


 僕の求めに魔王はそう言った。


―我が何を言おうとも決して、動揺して大声を出さないと―


「……え?な、なんだよ……それ……」


 魔王はこと深刻そうに語る。

 魔王が言う時点で言いにくいのだが十分不安なのだが。


―実はな、最初我は貴様の居場所にある程度の目星は付けていたのだ―


「え?そうだったんだ……」


 それは意外な事であると同時に少し希望が湧いた。

 てっきり魔王は僕の居場所が皆目見当も付かないのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 しかし、それならばどうしても魔王はこんなに深刻そうなんだろう。


―だがな、ここで一つ問題があるのだ―


 希望は見えていたが、そうは問屋は卸さずと言うのか、いいことばかりじゃないのが現実であることを、いや、むしろ悪いことばかりなのを身を以って知る身としてはやはり悪いことはあったらしい。

 むしろ、不幸の中に少しでも幸運があるのがマシとも思えてきた。

 だが、それは


「グルゥゥゥウウゥゥゥウゥゥゥ……!!」


 後ろから聞こえて来るつい先ほどまで嫌と言うまでに耳にしたとある唸り声で現実はここまで酷いのかと叫びたくなりそうになった。

 いや、これは不幸なんてレベルじゃない「死」と言う名前の運命が来たと言うしか言い様がなかった。


「……ごめん、その問題(・・)が僕の後ろに来ているよ……」


―……そうか……―


 僕は少し現実を逃避したいのか冷静に魔王に冗談を言うように報告して魔王も僕の気持ちを察してか、今回は揶揄するようなことはしなかった。

 少しだけだが、僕の魔王への評価が上がった気がする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ