第五十六話「覚悟への問い」
「……おい」
ここは何処だろうか。
今、僕を呼び掛ける声も遠くに聞こえる。
何よりも視界を取り戻そうとするが瞼が開かない。
「早く、起きろ」
「ぐふっ!?」
しかし、そんなまどろみの中にいることをその声の主は許してくれなかった。
左頬に受けた気付けの様な鋭い痛みに僕は否応なしに目を開けた。
「……っ痛!
あ、ウェニア」
「ようやく、起きたか」
痛む頬を抑えながら目をパッと開けるとそこにはウェニアがいた。
彼女の今の手の位置から、左頬を叩いたのは間違いなく彼女だろう。
ビンタを食らったのは小学生の時に母さんに少し置いたをしてしまった時ぐらいだ。
「いきなり、何をするんだ―――!!
じゃなくて、ウェニア!!
さっきのは何だよ!?と言うよりもここは何処!?
ケルドさんやリストさんやリナは!?
リザは何処!?」
左頬を叩かれた抗議も当然だが、色々と僕は彼女を問い詰めないと気が済まなかった。
恐らく、先ほどまで僕が気を失っていたのはウェニアが僕の腹を殴って気絶させたからだ。
まさか、漫画みたいな経験や出来事を体験するとは思わなかった。
いや、それ以上に村の外らしい場所にいること、ケルドさんに対する態度や、そして、この場にいないリザや、ケルドさん、リストさん、リナがどうなってしまったのか気掛かりだ。
「当然であろう?
リザは兎も角として、彼奴らは我の臣下でも民でもない。
ただそれだけだ」
「!?
でも……!!」
しかし、ウェニアは三人が自分の守るべき民でも臣下でもないことを理由に助ける義理はないと答えた。
確かに王としてはそれは正しくて合理的かもしれない。
それに僕たちは先を急ぐ必要がある。
それでもそんな合理性だけを考えた彼女の態度に僕は冷たさを感じて嫌だった。
「ユウキ……
人助けと言うのは己を犠牲にしてまでしなくてはならんことではないのだ」
「……何だって?」
ウェニアは僕に対してそう言って切った。
その『人助け』を自分を犠牲にしてまでしなくていいという主張がただの言い訳の様にしか感じられなかった。
少なくても、誰にも助けられないで死にかけたからこそそう感じる。
「では、訊くが……
貴様にはあの場であの連中を全員手にかける覚悟があったか?」
「っ……!?」
しかし、ウェニアのその指摘に僕は反論を躊躇ってしまった。
「あの状況でケルドを助け、あの親子を守るにはあの場で何人かを斬り捨てる必要があった。
貴様はそれをしてでもあの三人を助けようと思ったか?」
「それは……」
改めてウェニアにあの状況であの三人を守り助ける手段を突き付けられ、その覚悟を問われた。
あの一瞬、僕はリナを守る為にある程度の覚悟をしていたはずだった。
しかし、今、冷静になった瞬間にそれが出来たかと言うと戸惑いを覚えてしまった。
あれは万が一、そうなったらそうするしかないということへの覚悟だったからだ。
「あの時は―――」
あの時はある程度は覚悟を持っていたはずだった。
リナを守らなくてはいけないということしか考えるしか出来なかった。
けれども、改めて逃げ場所を与えられて現実を突き付けられるとそれが出来たという自信がない。
「……ユウキ。
あの時のお前は―――」
ウェニアに指摘されそうになった時だった。
「……分かってる。
それ以上は言わなくてもいいよ……」
「―――そうか」
僕は彼女が言うのを止めた。
あの時、僕は自分の意思で動いていると思った。
でも、実際に蓋を開けてみると心の何処かで僕はウェニアに逃げ道を与えられた途端に自分だけの責任で殺人を犯してでも他者を守るということが出来ない臆病者だった。
もし……本当に自分で助けたいと本気で思っていたのなら……
あのまま、自分で動いてたはずなのに……
その証拠に僕はウェニアがあの場から去ろうとした途端に自分の意思でリナを守ることが出来なかった。
本当に助けようと思うのなら文句を言う前に自分で動くべきだった。
「………………」
「……何処へ行くつもりだ?」
僕は彼女に背を向けてここから離れようとした。
「……村の……いや、リストさんたちの様子を見てくる……
もしこのまま何かあの人たちに何かあったら、いや、それを知らなくても前に進めなくなるから」
呼び止める彼女に僕は村に戻ることを告げた。
僕たちが去ったのだから、これ以上リストさんたちにルズたちが危害を加える理由はなくなったはずだ。
だけど、あいつらは冷静じゃないし、今までリナにしてきたこともあって楽観は出来ない。
それにリザもここにいない。彼女を探しに行く必要もある。
何よりもあの僕のことを引き止めようとしていた小さな手を忘れることが出来ない。
だから、確認ぐらいはしておきたかった。
「おい、待て」
そんな僕のことをウェニアは引き留めようとした。
「……ごめん。少し時間を―――」
彼女からすればこれ以上、時間をかけたくないだろう。
僕を止める理由はそれだけで十分だろう。
それでも、僕は後悔したくないから戻ろうとした。
「そうではない。
少しだけ、待て」
「―――え?」
「そろそろ彼奴が来る」
「彼奴……?」
しかし、彼女は僕の行動そのものを止めるつもりはないらしい。
彼女の言う『彼奴』が指す人物が分からず僕は立ち止まってしまった。
その時だった。
「……来たか」
彼女は待ち人が来たことを嬉々として言葉に出した。
「キュル!」
―ユウキ!!―
「リザ……!?」
彼女の待ち人の正体。
それはリザだった。
リザは僕のことを見付けると直ぐに胸に跳び込んできた。
「キュル!?」
―大丈夫!?―
「ありがとう……
リザも大丈夫?」
「キュル!キュル……」
―ウン!良カッタ……―
「そうか……
気付かれなくて良かった……」
僕たちは互いに無事を確かめ合った。
彼女は僕がウェニアに殴られて気を失っていたことに気付いていたらしく心配してくれていたらしい。
僕も彼女が無事でよかった。
幸いにもルズたちには彼女の存在はバレなかったらしい。
「……リザ、話を聞かせてくれ」
お互いに安堵しているとウェニアが話に入ってきた。
どうやら、彼女に何か訊きたいことがあるらしい。
「キュ……!」
―フン……!―
「む……」
「え?リザ?」
しかし、ウェニアが声を掛けた途端にリザは機嫌が悪そうにそっぽを向いた。
「キュル!キュルル……!!」
―ユウキニ!謝ッテ!!―
「え?」
リザはウェニアに対して僕に謝る様に言ってきた。
「……ユウキ、念の為に訊くが……
リザは何と言っている?」
「え?あ、うん……
僕に『謝って』だって」
「……そうか」
どうやら、リザはウェニアが僕にした仕打ちに対して怒っているらしく詫びて欲しいらしい。
「……わかった。
ユウキ……すまなかったな」
ウェニアはリザの言う通りに謝ってきた。
しかし、それはあくまでも自分の為のものではない気がした。
もしかすると……謝りたかったのかな?
何となくだけど、ウェニアは『必要だから謝る』のではなく、『謝りたいのに謝れないから理由が欲しい』という人間な気がした。
恐らく、今のはあくまでも自分の欲しいものをリザから得る為という口実であるが、本当はそれを理由に謝りたかったのかもしれない。
「ねえ、ウェニア……」
「何だ?」
一つ気になって僕は彼女に訊ねようとした。
「君って……その……疲れないの?」
僕は色々なものを背負っていながら本心を隠しているかもしれない性格を心配してしまった。
「……別に疲れん。
もう慣れた」
「慣れたって……」
彼女はそれに対して『慣れた』と返した。
確かに彼女は王だ。
ある程度は我慢しなくてはならないこともあるだろう。
それでも彼女は色々と抱え過ぎている。
「……それよりもだ。
ユウキ。早くリザに村のことを訊け」
「え……?」
このままウェニアの性格の話を続けようとした矢先に彼女は僕に村の様子を訊ねる様に促した。