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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第五十四話「蛮行」

「今、開ける。

 だからそんなに強く叩くな」


 リストさんは今、乱暴に玄関を叩いている人物、いや、人物たちにそう言った。

 それは背後にいる娘の怯えを少しでも和らげようとしての行動だった。


「……何だ、ルズ。

 そんなに沢山引き連れて」


 沢山だって……?


 どうやら、今、この家を訪れている村人の数は複数、それもリストさんにとっては今まで以上に多いらしい。


「おい、リスト。

 ここに昨日、村を訪れた旅人が来ているよな?」


「……え」


「……それがどうしたんだ?」


 昨日の村人たちは僕たちがこの家にいることを訊ねてきた。

 どうやら目的はリナではなく、僕たちらしい。


「……それよりもどうしてそんな物騒な物を持っているんだ?」


「!?」


 リストさんのその指摘を聞いて僕は彼の肩越しから村人たちの様子を見てみると、彼らは鍬の様な農具や鎌、斧、終いには弓矢やボウガンと言った明らかに武器すら持っていた。


 まさか……ここまでなんて……


 僕は心の何処かで楽観的になっていた。

 流石に心が荒れていてもここまで彼らがするとは思いもしなかったのだ。


「うるせぇ!

 とっとと例の連中を出せ!」


 村の人たち、いや、最早暴徒と言うべき人々は僕らを前に出せとリストさんを脅した。


 何でだ……

 いくら余所者でもここまでされる謂われ何て僕らはしてないし、村から出ようとしてるんだぞ!?


 僕は彼らの目的が掴めなかった。

 彼らが僕らを気に入らないのならば、僕らが村を出ることで彼らが僕らを襲う理由はなくなるはずだ。

 ここまで彼らにされる理由が本当に理解出来ない。


「金貨一枚でこれか……」


「え……」


 ウェニアは忌々しさと虚しさを込めながら呟いた。


「……リザ。

 貴様は身を隠せ」


「キュ!?」


―エ!?―


 ウェニアは魔物であるリザの存在が彼らに露呈することに危機感を覚えて彼女に身を隠すように告げた。


「早くしろ。

 それと後で奴らに気付かれぬ様に付いて来い」


「キュ、キュル……」


―ワ、分カッタ……―


 ウェニアの方は言葉は通じていないがそれでもリザの戸惑う姿を見て重ねて言い聞かせて後で合流することを命じ、リザもそれに従った。

 二人の間には何時の間にかある程度の信頼関係が築かれている様子だった。


「……ユウキ。貴様はその娘の傍にいろ」


「え……」


 ウェニアはリザがリナのベッドの下に身を隠したのを確認すると僕にリナの傍にいることを指示してきた。


「……よいな?」


 はっきり言うと、僕は彼女の真意が分からなかった。


「……分かった」


 しかし、それでも彼女が遠回しに『リナを守れ』と言っているのを感じ取り、僕は彼女の指示を受け取ることにした。

 少なくても、彼女がリナという少女を軽んじていないのは理解出来ることだったからだ。


「そうか、任せるぞ」


「うん」


 僕が指示に従うことを確かめると彼女は僕に『任せる』と言い、そのままリストさんと村人たちの下へと向かった。

 それを聞いて、僕は彼女に任されたこの役割を果たすことを決めた。


「また、貴様らか。

 一対、何の用だ?」


「ウェニア!?

 何をしているんだ!?危ないから下がっていてくれ!!」


「そうもいくまい。

 どうやら、今回は我らの方が貴様に迷惑をかけた様子だ。

 すまぬな、リスト」


 リストさんはウェニアを下がらせようとしたが、ウェニアは今回のことが自分たちに原因があるとして下がらずリストさんに詫びた。

 ただ僕は彼らがここに押しかけてきた理由が僕らにあるのは理解出来たがその理由がまだ分からない。


「それで貴様ら……

 何故、我らを訊ねた?」


「う……!?」


「……!!」


 ウェニアはリストさんに対するもの、いや、今まで聞いたことのない声音で村の人たちに冷たい声で訊ねた。

 今のは怒りとか、嘲りといった感情を通り越した純粋な敵意が感じ取れた。

 まさか、怒りと嘲り等といったものがここまで軽いものに感じるなんて思いもしなかった。

 初めて聞くウェニアのその声音は顔を向けられている彼らだけでなく、僕すらも冷や汗を感じる。


 さ、流石……元魔王……


 ここ数日はウェニアの意外な一面や人間味に溢れる姿を見てきたから忘れていたが、この威圧感から間違なく彼女が魔王であることを理解させられた。


「い、いや……

 そのな?あんたら村で一夜を過ごしたよな?」


 例の村人の集団のリーダーらしいルズという男はウェニアに圧されながらも厚かましく言ってきた。

 確かにこの村には泊めてもらったが、あくまでもそれはケルドさん個人の善意だ。

 しかも目の前のこの人たちはそのケルドさんの家に押しかけてきて僕らを引き合いに出して彼に横暴を働いた。

 それをどの口で言うのだ。


「……それで?」


 ウェニアは微妙に不快そうだった。

 どうやら彼女も今の彼の発言に対してはかなり不快感を覚えたらしい。


「だから、もう何枚か金貨をくれ」


「………………」


「はあ!?」


「金貨……?」


 ルズの口から出てきたのは衝撃的で厚かまし過ぎる要求だった。


「……昨日、渡した分でこの村の一月分の食糧は賄えるはずだが?

 それでも足らんと言うのか?」


 ウェニアは感情を出さずに告げた。

 僕だったら間違いなく怒っているのに冷静さを保っているのはやはり王としてこういった場面に遭遇してきたのかもしれない。


「いや……それでも村の連中にはもう少し楽をさせてやりたいからな」


 嘘だ……!


 その他人を思いやる振りをした言い方に僕は吐き気を感じた。

 このルズという男はただ金への欲望に憑りつかれている。

 もし本当に他の人間に対して恩恵を分け与えたいのならば、どうしてリストさんやケルドさん、リナにここまで冷たい態度や横暴な態度が出来る。

 むしろ、昨日この村に僕たちを泊まらせた彼らを褒めるどころか現在進行形で脅迫染みた行動をしている。


 楽をしたいのは……自分だろう!!


 この村人たちは一度楽な方法で味を占めてもう一度それを味わいたいだけだ。


「すまないが、あれは我らにとっても貴重なものだ。

 そう簡単には譲れぬ」


「な、何だと!?」


 ウェニアは譲歩しないことを堂々と彼らに伝えた。

 すると、ルズたちは言葉を荒げ始めた。


「……もし、力尽くで奪うと言うのならば仕方ない。

 こちらにも考えがある。これでも我らはある程度戦う術には長けている。

 それでもよいか?」


「!?」


「……!!」


 ウェニアの半分脅しに近いその発言に僕は身構えた。

 恐らくこのまま争いになったとしてもウェニアは負けることはないだろう。

 仮に相手が「強化魔法」を使ったとしても、戦闘に関してはウェニアの方が上だ。

 同時に僕の手には「テロマの剣」がある。

 魔力を無視して相手を斬ることが可能なこの剣ならば恐らく「強化魔法」を施した相手の身体も斬ることが可能だろう。


 ……でも、それって……殺し合いだよね……


 だけど、それが意味することを理解して僕は躊躇を覚えた。

 これは人間同士の殺し合いだ。

 つまりは人殺しに手を染めるということだ。


 どうする……どうすればいいんだ……


 散々、魔物を殺したのに今になって自分がするかもしれない同じ殺しに恐怖を感じた。

 生命の価値は平等。

 生命は全て尊い。

 生命は大事にしろ。

 といった生命を全て大切にすべきだという価値観がある。

 だから、殺生に関してその重さ軽さを付けることは間違っているかもしれない。

 だけど


 人殺しなんて……怖い……


 実際、その状況に直面すると人殺しの恐ろしさが理解出来る。

 魔物を殺そうとした時の何百倍、いや、例えようがない程の恐怖が襲ってくる。

 そして、途端に腰に差してあるこの剣が重くて仕方がなかった。

 自分に理性と道徳観といったものがあることが恨めしく感じてしまう。


「……お兄ちゃん?」


「……!」


 僕がこれから起こるかもしれない事態に震えているとリナが不安そうに声を掛けてきた。


「……大丈夫?」


「え……」


 この子は僕のことを気に掛けてきた。

 これから自分がやろうとしていることへの恐怖で震えている僕の手を掴んだ。


「あ……」


 そして、僕は気付いた。

 この子のてはこんなにも小さく弱く、そして、肌が子供なのにぼそぼそしている。

 あれだけ周囲の悪意に晒されてきたのにこの子は僕よりも子供なのに気にかけているのだ。


 今、この子の傍にいるのは……僕だけだ……!


 『ウェニアに任せる』と言われて僕はここにいる。

 でも、それだけでなくこの優しい手に触れて、今、この子を最初に守れるのは自分だけだということに自覚した。


 ……ごめん。父さん、母さん、風香……

 これから僕は……


 僕は心の中で最愛の家族に謝った。

 これから僕のしようとしていることは人間が犯す罪の中で最も罪深い行いだ。

 きっとそれを知ったら家族は僕を罵ったり、軽蔑したり、恐れたりするよりも悲しむだろう。

 それでも僕はこの小さな優しい手を守りたかった。


「お、お嬢さん……

 ま、まあ落ち着いて……」


 ウェニアの抵抗する意思を汲み取りルズは慌て出した。

 どうやら徒党を組んで脅せばウェニアが言うことを聞くと本気で思っていたのだろう。

 しかし、そんな目論見は魔王として数多くの修羅場をくぐってきたウェニアには通用しなかった。

 それどころか自分たちの生命に危機が訪れていることに気付き慌て出した。


「お、おい……」


「お、おう……!」


 恐らく、ウェニアのことをただの美人だとしか思っていなかったらしくルズたちは動揺した。

 ルズはそんな自分の仲間に何か指示を出した。

 すると、何かを引きずる様な音が聞こえてきて村人たちのそれを見せる様にしてきた。


「!?」


「貴様……」


 彼らが見せてきたその取引材料を目にして僕だけでなくウェニア、いや、リストさんすらも反応した。

 彼らが見せてきたのは


「ケルドさん……!?」


 ボロボロになったケルドさんだったからだ。

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