第五十三話「救った命」
「すみません。リストさん。
友樹です」
ケルドさんと別れの挨拶を済ませてから村の人たちの少しばかりの奇異の視線に晒されながらもリストさんの家まで着いた。僕は病気の娘さんがいることや昨日の件からなるべく穏やかな声とノックをしながらリストさんに呼び掛けた。
「ユウキ君とウェニアさんか。
よく来てくれたね。入ってくれ」
すると、リストさんが少し様子を伺う様にドアを少しだけ開けた。その隙間から僕らを確認すると僕たちだと分かると安心してドアを開けて僕らを家の中へと招いた。
それを見て、僕は昨日のことがこの人たちにとっては日常茶飯事のことだということを察して複雑な気持ちになった。
「はい、お言葉に甘えて―――
―――……ウェニア?」
「……何でもない。
邪魔をするぞ、リスト」
「……?
えっとお邪魔します」
「ああ」
リストさんの厚意に甘えて家に入ろうとするとウェニアの様子がおかしかったが、彼女と一緒に直ぐにリストさんの家に入った。
「あの……娘さんは大丈夫ですか?」
僕は少しばかりのやり切れなさと今のウェニアの様子に少しばかりの疑問を抱きながらもリストさんの娘さんの容態を確認した。
確かにこの村で起きていることに対しては憤りを覚えるが、それよりも先ずは彼女の方が心配だ。
「ああ!
あの薬を飲んでからがすっかりと熱も頭痛も咳も止んでいる!
昨夜は大分よくなっていたよ」
「本当ですか!!」
リストさんの喜びようを見て僕の心にも希望が灯った。
「ああ……あの子の薬が効いたんだ……」
「リウンが聞いたら喜びます」
リストさんの発言を聞いて僕は今の言葉をリウンに伝えたかった。
あの子は恐らく自分の母親であるこの村の伝承の「森の魔女」の言いつけを確りと守り、人の為に役に立とうとしている。
あの子は母親が大好きだから、母親の言いつけを守り、母親の薬が褒められたことを知れば大喜びするはずだ。
「欲を言えば、小麦のアドも食べさせてあげたかったな……」
「リストさん……」
「……いや、娘の命を助けてもらったんだ。
これ以上は厚かましいな」
リストさんは少し残念そうにしていたが、それでも謙虚に自分の発言を改めた。
それは貴重な小麦を父親である自分ではなく、娘に食べさせてあげたいという親心だ。
それでもそれ以上を抑えられる彼は本当にいい人だと思う。
「……お父さん?」
「!」
「ああ、リナ。起こしてしまったか。
大丈夫か?」
「うん……」
どうやら、娘さんが僕たちという父親以外の存在に気付いて起きてしまったらしくか細い声で呼びかけてきた。
「お父さん……この人たちは?」
家の中に他人である僕たちがいることに気付くと娘さんは父親に訊ねてきた。
その様子に少し怯えが感じ取れることに僕は拳をぎゅっと握り締めた。
「ああ、大丈夫だ。ケルドお爺さんたちと同じだ。
リナ、この人たちは怖い人たちじゃないよ。
お父さんを助けてくれたのはこの人たちだ」
「……本当?」
娘の警戒心と不安を取り除こうとするリストさんの言い方にこの子がこの村でどんな目に遭ってきたのかが察せられた。
「ああ、本当だよ。
お礼を言ってあげて」
「……うん」
娘さんはリストさんに促されると彼に支えられながらゆっくりと僕らの方へと近づいてきた。
「……お父さんを助けてくれてありがとう」
少しふらつきながら僕たちの前まで来ると彼女は俯きながらも自分の父親を助けてもらった事に対して感謝してきた。
そのリウン以上の人見知りと弱々しさに加えて、身体の痩せ方や肌の荒れ位、髪の毛の質から見てとれるこの少女の健康状態からこの子への仕打ちを嫌でも痛感させられた。
「……どういたしまして」
僕は彼女に目線を合わせるために屈みながらリストさんを助けられて本当に良かったと感じた。
この親子の生命も助けられたことも当然だが、もしリストさんが死んでいたらこの子が辿った最期を想像してしまったのだ。
「キュル……?」
―ユウキ……?―
僕はこの少女、リナが辿っていたであろう未来、孤独を想像して支援と肩に乗せていたリザを撫でていた。
寂しい中で死んで逝くのは嫌だよね……
寂しい中、死んで逝く。
リナにはケルドさんが傍に付き添っていたかもしれないがそれでも大切な家族がいない中で死んで逝くのは苦しいはずだ。
そんな状況の中でこの子が死なないで心の底から僕は良かったと感じた。
悪意や敵意の中で愛する人が傍にいないで子供が死んで逝くなんてことはあってはならないはずだ。
子供の死に方として余りにも嫌すぎる。
本当に良かった……
きっとこの子はこれからも過酷な人生や悪意に晒されていくだろう。
それでも自分を愛してくれている父親が自分を置いて逝かないで済んだことは救いかもしれない。
「リスト。いきなりで悪いが、我らは今から村を出る」
「!
そうか……もう少しゆっくりして欲しかったが……
でも、君たちにも都合があるだろうしね」
「ああ……」
ウェニアはリストさんにこれから村を出ることを伝えた。
リストさんはそれを聞くと自分たち親子の命の恩人となる僕たちに少しでも恩返ししたいと思っている様子だった。
しかし、僕らが村を出ようとしているのはこの人たちの為でもある。
余所者である僕らが何時までもこの村にいれば、昨日の村の人たちがいい顔をしないだろうし、リストさんやケルドさんも巻き添えを食らい、理不尽な目に遭うかもしれない。
「そうか……ユウキ君」
「はい」
僕らが村を出ることを理解したリストさんは僕の方へと顔を向けると
「ありがとう……」
「……はい。リストさんも娘さんとお元気で―――」
そのまま彼と別れの挨拶を終えようとした時だった。
「「「!!?」」」
「グルル……」
「ちっ……」
突然、この家の玄関のドアを乱暴に叩く音が響いた。
僕とリストさん、リザは警戒し、リナは不安を見せ、ウェニアは不快さを見せた。
「……行ってくる。
みんなは大人しく待っていてくれ」
「わかった」
「はい……」
「お父さん……」
「リナ。大丈夫だから……」
「うん……」
僕らにそう言い、娘さんを安心させる様に声をかけてからリストさんは玄関へと歩いて行った