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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第五十二話「言葉に出す」

「本当に……今日出ていくのか?」


「ああ。

 これ以上、貴様に負担をかけるわけにはいかぬし、我らがいるだけで昨日の様なことが起きかねん。

 それに我らは先を急ぐ身でな」


「そうか……」


 昨日の騒動から一夜明けて僕らはケルドさんの家の前で彼にお別れの挨拶をしていた。

 ウェニアはこれ以上、ケルドさんの家に滞在することで彼の蓄えている食糧を費やしてしまうことや昨日の様なその食糧の提供を理由に他の村人からの難癖や押し掛けが起きることを危惧していることを伝えた。

 ケルドさんはそれを聞いて、顔を暗くした。


「あの……ケルドさん」


 そんなケルドさんの様子を見て僕は居ても立っても居られず


「ありがとうございました」


「む……」


 せめて感謝の言葉だけを伝えたかった。

 それだけが僕が彼にしてあげることだと考えたからだった。


「……そうか。

 それだけで十分じゃ」


 ケルドさんはそんな僕の心だけの心ににっこりとした表情を浮かべてくれた。

 それは本当に心の底から喜んでいる様子だった。

 それを見て、僅かながら僕も多少救われた気がした。


「……それとじゃ、もしよければリストの家にも立ち寄ってくれんかの?」


「リストさんの?」


 ケルドさんは僕らとの別れの挨拶を済ませると、僕らにリストさんの家に寄ることを求めた。


「うむ。

 きっと、彼奴もお前たちにお礼を言いたいじゃろう。

 だから、立ち寄ってくれぬのか?」


「はい。それじゃあ――

 ―――ウェニア?」


「………………」


 ケルドさんに言われるままに僕はリストさんにも挨拶をしていこうと思った時、ウェニアは少し悩んでいた。


「どうしたの?」


 彼女が何を考えているのか分からず、僕は訊いた。

 すると


「いいや……何でもないさ。

 すまんな、ケルド。それではさらばだ」


 何事もない様に振舞いながらケルドさんに言葉では直接言ってはいないが、それでも感謝を込めて別れの言葉を告げた。


「うむ。お嬢さんも達者でのう。

 それとお兄さん」


 ウェニアに別れの挨拶を済ませるとケルドさんは僕に声を掛けてきた。


「どうか、お嬢さんを支えてやって欲しい」


「え……」


「おい、何を……」


 彼は僕にウェニアのことを『支えて欲しい』と言ってきた。


「……そのお嬢さんはやっていける方とは思うが背負い過ぎるところがある。

 だから、お主が支えてやって欲しい」


「……だけど……」


 ケルドさんはそう言うが僕はそれを易々と口に出して誓えなかった。

 確かにウェニアやリザの為に強くなろうと決意しているし、誓ってはいる。

 だけど、今は逆に僕の方が守られている。

 そんな僕が肯いているいいのか分からなかったのだ。


「……何を躊躇っておるのだ。

 ここは虚勢であってもはっきり言うんじゃ」


「え……」


 そんな僕の煮え切らない態度にケルドさんは少し語気を強くして訴えてきた。


「よいか?

 確かに見た所、お主は華奢でとてもではないが頼りになりそうではない」


「ぐっ!?」


 ケルドさんの事実の指摘に僕は心が痛かった。

 いや、当たり前だ。

 そもそも僕はこの世界に来る前からそんなに身体的に強くなかった。

 しかも、機械に頼っていない「身体こそ資本」を地でいくこの世界の人たちと比べればなおさらだ。

 そんな人たちからすれば僕は頼りない見た目だろう。


「……じゃがのう。

 だからこそ言葉に出して言うのじゃ」


「……言葉に……ですか?」


 ケルドさんはそんなことは承知の上と言い切りながらも、だからこそ『口に出せ』と言ってきた。


「お主、どんな生き方をしていたのか分からぬが自身がなさすぎぬか?

 いや、むしろ、『自分にはそんなことを言う資格もない』と思い込んでいるのではないのか?」


「!?」


 ケルドさんに図星を指されて僕は言葉を失った。

 どうして、この人はたった一日だけでこんなにも僕の心を理解してくれたのだろうか。


「……昨日のリナのことで怒ってくれて、儂に『ありがとう』と言ってくれた……

 それだけでお主がどんな人間なのか理解出来る。

 お主は心の底から誰かの為に動ける子じゃ……

 じゃが、それに対して億劫になっておる」


「………………」


 生まれた初めて両親以外にそんなことを言われて僕は困ってしまった。


「周りの言葉など気にするでない。

 お主がしたいことをすればよい。

 それだけでよいのじゃ」


「僕がしたいこと……」


 『周りのことなど気にするな』。

 ウェニアも言ってきたことだったがそれを乗り切れる自信が僕にはなかった。

 けれども、彼の『したいことをすればよい』という言葉に何故か心が動かされた。


「今は頼りなくともよい。

 その心を忘れなければ何れそれは大きな意味を持つことになる。

 だから、自分を下に見るでない」


「……!?」


 ケルドさんのその言葉には僕は『やらなくてはならない』と思うではなく、『やりたい』と思う気持ちを忘れていたことに気付かされた。


 僕は元の世界に帰りたい……!


 僕の望みは元の世界に帰ることだ。

 今まではそれはしなくてはならないことだと思っていた。

 でも、違う。僕自身がただ帰りたいだけだ。

 もう一度、父さんや母さん、風香と会いたい。

 大人になったら親孝行もしたい。

 結局は義務だと思ってきたことは僕自身の願いだったのだ。

 そして


 それと……ウェニアもリザも守りたい……!


 その最終目標の最中でもこの世界で僕を助けてくれた二人を守りたいという願いもある。

 ウェニアに出会わなかったら僕は間違いなく死んでいた。

 リザを死なせていたら僕は間違いなく後悔していた。

 僕は知らず知らずのうちに命も心も救われていた。

 だから、そんな二人を守りたいと願っていた。


「……わかりました。

 支えてみせます」


「!」


「そうか、よかった」


 誓いを守れるか守れないかなんて関係ない。

 でも、少なくても誓いを守ろうとする意思だけは本物にしたい。

 だから、改めてケルドさんに言われた通りに僕は言葉に出して言った。


「……ユウキ。リザ。

 行くぞ」


「うん。

 ケルドさん。本当にありがとうございます」


「うむ。お主たちの旅の無事を祈っておる。

 元気でな」


「はい。

 ケルドさんもどうかお元気で」


 別れを済ませて僕らは村を出発する前にリストさんの家へと向かうことにした。

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