第五十一話「不条理」
「リストの娘のリナは……
所謂、「魔族の子」なんじゃ……」
「「魔族の子」……」
ケルドさんは重苦しそうに最初に村人たちが言っていた事柄を述べてきた。
「……やはり、まだ残っていたか……」
「……?」
その言葉を耳にしてウェニアは忌々しそうに言い捨てた。
「……ねえ、ウェニア……
「魔族の子」って何?」
僕はケルドさんに聞こえない声で「魔族の子」という言葉の意味を訊ねた。
ただ村人たちの態度やケルドさんとウェニアの反応からするとろくなものじゃないだろう。
「……魔力が高い人間のことだ」
「え!?」
ウェニアの口から出てきた「魔族の子」の意味に僕は衝撃を受けた。
何故ならそれは僕にとっては全く他人事ではなく、殆どが僕が王国の人間に受けた数々の言葉に繋がる言葉だったからだ。
「……確かにキーラ……リストの妻はあの子を産んだ時に死んだ……
じゃがそれは本当にただ……産後が悪かっただけじゃ……」
ケルドさんは続けてリストさんの娘が生まれた時に彼の妻が亡くなったことを語った。
それはリストさんが説明した通りのことだった。
ただ産後の経過が悪かった。
それだけだったのだ。
僕たちの世界でも出産は大変なものだ。
母親の体力次第では子供を諦める家庭だってある。
それ程までに命懸けのことなのだ。
だから、決してリストさんの娘が原因なのではない。
「……その娘が生まれてからこの村は?」
ウェニアは敢えて、意地悪な質問をした。
「そんなことはない……
森の様子がおかしくなったのは三年前からじゃ……
リナが生まれたのは……十年前じゃぞ……」
「え……」
リウンと同じ年齢なんだ……
リウンとリストさんの娘のリナという子は同じ年齢らしい。
そして、同時にそのリナという子が森の異常に影響するには時系列的におかしいということも理解出来た。
「まさか……」
ここまで少し冷静になればだれがどう見てもリナという子がこの村に不幸をもたらせる訳がないことは明白だ。
けれども現実はそのリナという子は村で迫害まではいかなくても厄介者扱いされている。
その理由を少しばかり想像して僕は腹の底からぐつぐつとしたものが生じてくるのを感じてしまった。
「……ただの憂さ晴らし……八つ当たりか」
「その通りじゃ……」
「なっ!?」
ウェニアの指摘とケルドさんの申し訳なさそうな皇帝を見て僕の中の疑念は確信に変わり、それが事実なのも理解出来た。
「八つ当たりって……何で!?」
その問いに意味がないのを理解しながらも咄嗟に僕は叫んだ。
叫ばずにいられなかった。
そこに明白な理由なんてないだろうしあったとしてもたった十歳の子供に大の大人が八つ当たりなんかする理由なんて分かりたくもない。
自分とよく似た境遇だったからだけではない。
ただ単純に苛立ちを抑え切れなかったからだ。
「……自分たちの生活が苦しいのを誰かのせいにするのが……
一番楽だからであろう?」
「っ!?
くそっ……!!」
ウェニアの示した答えに僕は分かっていたのに悪態をつくことしか出来なかった。
当たり前だ。
八つ当たりの理由なんて大体はこんなものだ。
それが現実なんだ。
だから、世界が違ってもこういう理不尽があるんだ。
今回の出来事はそれが豊かどころか、困窮した村の中で人々の心が荒んでいる中で起きたことだ。
起きるのはある意味、当たり前のことかもしれない。
それでもやりきれなさを感じてしまった。
「……しかし、意外だな。
ケルド、貴様は「魔族の子」に対してそこまでの偏見を抱いていないのだな」
「え……」
「………………」
僕がやりきれなさの中にいるとウェニアはケルドさんにその在り方を意外そうに感じていた。
「……「魔族の子」は普通、迫害を受けやすいものだ。
それなのに貴様はそのリナという娘に対して嫌悪感を抱いていないのだな。
いや、貴様だけではない。
リストも先程の者たち以外の村人たちもそういった感情を抱いていないようらしい。
何故だ?」
「え!?そんなの……」
ウェニアの何も事情を知らない僕に「魔族の子」がどのように思われているのかを遠回しに教えている様な問いに僕は戸惑ってしまった。
確かに一歩間違えればケルドさんたちも他人の子供であるリナという少女のことをあの村人たちの様に扱っていた可能性はなくないだろう。
でもなぜそこに父親のリストさんまで加わる様な言い方なのだろうか。
親ならどんな状況でも子供には『生きていて欲しい』と願うのではないだろうか。
「……ユウキ。
「魔族の子」を持った親がその子供を捨てることなどざらにある事だぞ」
「え!?嘘だろ!?」
ウェニアの口から出てきた信じがたい、いや、信じたくない発言に僕は耳を疑った。
「嘘ではない」
「何で!?
だって自分の子供なんだよ!?」
その事実を認めたくなくて僕は否定した。
確かに僕らの世界でも子供の虐待死事件は在った。
しかし、だからといって自分の子供をそんなことで捨てる様な現実など在っては欲しくはなかった。
誰だってそこまで強い訳じゃない。
でも、自分の子供をそんな理由で捨てるのが『当たり前だ』と済ましてしまうのはおかしい。
「自分の身を他の者から迫害から守りたい為だ」
「え……」
「父親は集団の中で孤立することを恐れ妻に対して『自分の子供ではない者を産んだ』と罵り、母親もまた夫から捨てられることを恐れて『魔族に知らぬ間に孕まされた』と子を罵る。
だから、誰の子でもない子供……「魔族の子」として呼ぶのだ」
「!!?」
想像以上に「魔族の子」の由来は酷いものであった。
そもそも、我が子を迫害するのではなく、我が子の存在を我が子とすら扱わない。
それが「魔族の子」。
どうしてそんな理屈になるんだよ……!!
最早、自分が罪を犯していることへの罪悪感を背負うどころかそれを罪だと認めないその考え方に僕には初めて許せないと感じた。
「……だが、この村ではそれが比較的に見られない。
どういうことだ?」
ウェニアは「魔族の子」への偏見が少ないことへの疑問をぶつけた。
それを疑問に思うこと自体が遺憾に思えた。
「魔族の子」への認識はこの世界では当たり前であり、この村で起きていることはまだましな部類らしい。
本当にやるせない。
「……魔女様がおられたからじゃ」
「え……森の魔女がですか?」
ケルドさんの口から出てきたこの村で「魔族の子」への偏見がマシな理由。
それは「森の魔女」の存在だった。
「……魔女様は……恐らく、魔族じゃったのだろう」
「!?」
「だろうな。
普通の人間が百年以上も生きていながら健在であるはずがない」
「……魔女様の様な方を知っておれば自然と「魔族の子」を嫌う理由なぞなくなるものじゃ……」
て、ことは「魔族」て……
あ、そっか……「魔物」が進化したのが「魔族」だから……
あれ?
どうやら「森の魔女」は魔族らしい。
しかし、ここで一つ疑問が湧く。
じゃあ、リウンは……?
「森の魔女」が仮にリウンの母親ならリウンはどうなるのだろうか。
確か魔族は生まれつきの存在もいるらしい。
なら、リウンが魔女の子ならば必然的に魔族になるのではないだろうか。
……全然、邪悪じゃないだろう……!!
もし、僕の推測が正しければ余計に「魔族の子」を迫害するこの世界の「当たり前」はどう見ても事実無根だ。
それにリウンの母親かもしれない森の魔女は百年以上「魔族」でありながらも人を助ける優しさを抱いている。
魔族そのものを邪悪だと決めつけている考えが僕には歪に思える。
「だが……その魔女様がしばらく姿を見せなくなってしまってな……」
「…………………」
けれども、百年以上も守り続けたのにたった十年姿を現さなくなったことや村の困窮したことでそのことすら忘れてしまっている人々が出てきてしまった。
虚しかった。