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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第五十話「渦巻く感情」

「分かった。分かった。

 今、開けるから静かにせい」


 ケルドさんはうんざりとした様子で今、ドアをノックしている人物にそう告げた。

 どうやらこの急な来客は彼にとっては相当頭を抱える人物らしい。


「……ユウキ。

 念のためにリザを下がらせろ」


「え?あ、うん。

 リザ、少し隠れてて」


「キュル」


―分カッタ―


 ウェニアも何か不穏なものを感じ取ったらしく、僕は彼女に言われるままにリザを後ろに隠れる様に伝えた。


「全く……何の様じゃ」


 ドアを少し開けるとケルドさんは開口一番に一連の行動をしていた人間に対して不満げに語り掛けた。


「おい、長老!

 何をしてやがるんだ!!」


 そんなケルドさんに先ほどまでドアをノックしていた人物はいきなりかなり乱暴な言葉使いで文句を言ってきた。


「ただ旅人にささやかではあるがもてなしをしておるだけじゃ。

 それがどうしたと言うのじゃ?」


 言葉すらも乱暴に相手に対してもケルドさんは淡々とそう事実を告げるだけだった。

 どうやらかなりうんざりしていることが窺える。


「あぁ!?村が苦しいのに余所者に食べ物を分けるなんて何を考えてやがる!?」


「そうだ!そうだ!」


「う……」


 ケルドさんの返答に対して玄関の前にいる村人たちはそう言ってきた。

 どうやら、彼らはケルドさんが僕たちに食べ物を振舞っていることに文句を言いに来たらしい。

 それを聞いて改めて僕はケルドさんに無理をさせていたことに気付き心が痛くなってきた。

 やはり、人の善意は時として重く感じてしまう。


「俺たちにも寄越せ!!」


「え……」


 しかし、その言葉に僕は耳を疑い何時の間にか重さが何処かへと消えていった。


「……お主らには十日前に分けたばかりではないか?

 わしの家には既にそんな余裕はない。

 あるとしても偶に訪れる客人や働けない者の分しか残っておらん」


 断固として応じないと言わんばかりにケルドさんは反論した。

 けれども、次に出てきた言葉で僕は何となくだけどこの村人たちに何を感じているのかを理解してしまった。


「そもそもお主らは何じゃ?

 前にわしにアドを分けられながら他の老人どもや働けない者を手伝おうとせずその者らを省みることもなく手伝おうともせず、終いにはリナが死にかけているのに看病もせんかったではないか!?

 何を考えてそう言っておるのじゃ!!」


「!?」


 余りにも衝撃的な事実に僕は目の前の村人たちに不快感を感じてしまった。

 そして、同時にケルドさんの苛立ちも理解出来た。

 この村の人たちは他人に食糧を分けてもらいながらそのことに感謝することもせず当たり前だと考えて再びケルドさんの下に来たらしい。

 しかも他の困っている村人たちを助けもせず、リストさんの娘さんの看病すら手伝おうともしなかったらしい。

 余りにも厚かまし過ぎる。


「うっせぇ!!

 こっちだって家族がいるんだ!」


「一人暮らしなんだから分けやがれ!!」


「大体、あんな餓鬼をどうして面倒見なきゃいけねぇんだ!!」


「なっ!?」


 その信じられない発言に僕は耳を疑った。

 家族を養わなければならない。

 それは理解出来る。

 でも、だからといってそれを理由にして、相手の意思をぞんざいに扱ったりするのは間違っている。

 けれども僕が信じられなかったのはそれ以上にリストさんの娘を『あんな餓鬼』と言い捨てたことだ。

 仮にこの人たちが家族を養うためにこんな行動をするのならば少なくてもリストさんの娘を尊重しなくてはならないはずだ。

 それなのにこの人たちは自分たちの都合ばかりを考えて、リストさんの娘さんを軽んじた。

 

 いくら何でも……!!


 この人たちに余裕がないのは分かっている。

 しかし、感謝の心もなくケルドさんに食料を分けてもらうどころか寄越せと言い、リストさんの娘さんの様に困っている人たちを助けずあまつさえ助けようともしない姿に僕は心底腹が立った。


「……ユウキ。

 落ち着け」


「……!?ウェニア……」


 僕が耐えきれず声を上げようとなった瞬間、ウェニアが止めに入ってきた。


「……奴らは今、冷静さを失っている。

 そもそもこういう時はこうなるものだ。

 それにここで余所者である我らがここで口を挟めばそれこそケルドの立場が悪くなる」


「う……でも……!」


 ウェニアのいう言葉は理に適っている。

 確かに冷静じゃない人間に何を言っても余計に敵意を持たせるだけで根本的な解決に至らない。

 ここで僕らがケルドさんを擁護してもケルドさんが余計に立場を悪くするだけだ。


 ……でも、一度は食べ物を分けてくれた人をどうして……


 ケルドさんは話を聞いた所、一度彼らにアドを分けている。

 それなのにそんなケルドさん相手にここまで酷い態度を示す彼らが信じられなかった。


「ユウキ。

 よいか?リストやケルドの様な者もおれば奴らの様な輩もいる。

 それが人間だ。それを忘れるな」


「………………」


 納得していない僕にウェニアがそう投げかけた。

 確かに人間は苦境に立たされれば荒む。

 それは他ならない僕自身がそうだった。

 あの時の僕は苦しくて周囲を呪った。

 そんなときでも心を強く保てる人間の方が稀なのかもしれない。


「でも……何か……違うよ……」


 僕自身が強い人間じゃないから何とも言えないけれども何か彼らに引っかかるものがある。


「……そうだな」


 僕のその反論に対してウェニアは否定しなかった。

 どうやら彼女もまた彼らに対して何処か違和感を感じているらしい。


「何故じゃ…

 何故そこまでリナを目の仇にするのじゃ……」


「ん?」


 まだ言い争いが続いている中でケルドさんは苦しそうに彼らに疑問をぶつけた。

 その言葉を聞いて何となくだけどリストさんの娘さんは今回だけではなく日常的に彼らに疎まれている陽にも感じられた。


 あ、そういえば……


 ふと僕はこの村に初めて足を踏み入れた時のことを思い出した。


『余計なことを……』


 もしかすると、あの時の言葉はそういう意味だったのか……


 あの時の目は余所者に対する訝しさが込められていただけではなさそうな目の正体や敵意は僕らがリストさんを、そして、彼の娘を助けたことに繋がっていた訳ではなさそうだった。

 つまり、彼らにとってはリストさんの娘の存在は許せるものではないものらしい。


「あんな「魔族の子」なんていねぇ方がいいだろ!?」


「え……」


 魔族の……子……?


 彼らの口から出てきたリストさんの娘を揶揄する様な「魔族の子」という言葉が出てきた。

 その言葉の意味はわからない。でも、その彼らの口調や態度から何となくだけどそれを察せられた。


「あんな疫病神なんていらねぇんだよ!!」


「村と森がおかしくなったのはあの餓鬼が生まれてからだ!!」


「!?」


 村人たちは最初の一人の発言を皮切りに今まで溜めていた悪意をぶちまける様にリストさんの娘さんを否定する様な言葉を吐き続けた。


『何じゃこやつは!?

 魔力だけありおって!!』


『魔物の類に違いない!!』


『そうだ!そうだ!』


『この化け物が!』


『勇者の中に魔族がいるなんてな』


『うわ……よくあんなもの食べられるわね……』


「っ……」


「ユウキ……」


 あの城での出来事を僕は望んでもないのに思い出してしまった。

 あの時、王国の人間は目の前の彼らがリストさんの娘にしているように僕の存在を否定した。

 それが嫌でも重なってしまった。


「何を言うておる!

 仮令、魔族の子が生まれてもリナが生まれる百年以上前は平和じゃったろう!?

 それに今、村が苦しいのは魔王軍の存在があるじゃろう!?」


 ケルドさんは最早、理性ではなく偏見と感情でしか考えることしかなくなっている村人たちに必死に理知的に訴えた。

 しかし


「うるせぇ!さっさと食べ物を寄越せ!!」


「ぐっ……!!」


「!?ケルドさん!!」


 どれだけ時系列や因果関係を説いても彼らの焦りと鬱憤、不満、そして、欲望には無意味でありケルドさんを突き飛ばした。


 こいつらぁ……!!


 これだけ僕らに親切にしてくれていたケルドさんやただ娘の為に命懸けで行動したリストさんの父親としての在り方を侮辱する言動の数々に僕はもう我慢の限界だった。


「ユウキ……下がれ」


 それでもウェニアは僕を止めようとした。


「だけど……!!」


 僕は初めてウェニアに真っ向から反抗した。

 こんな酷い光景見せられて黙っていられるほど僕は大人じゃない。


「……ならば、今貴様が柄に手をかけている剣で奴らを斬り捨てるつもりか?」


「え……」


 ウェニアのその指摘に僕は自分の右手を見た。


「あ」


 すると、そこには柄に手で握り今に鞘から剣心を抜こうとしている僕の右腕が在った。


「……我が行く。

 貴様は待っておれ」


「ウェニア……?」


 僕が自分のしようとしていたことを自覚し戦いているとウェニアが彼らの方へと近寄っていた。


「少しよいか?」


「あぁ?何だてめぇは?」


「お嬢さん!?何をしておる!?」


 突然、話に割って入ったウェニアに村人は訝しめな態度を取り、ケルドさんは彼女の身を案じた。


「今宵はすまぬ。

 我らは明日にもこの村を去る。

 だから、今宵はこの村に泊まらせてくれぬか?」


 ウェニアは卑屈にならず、だからと言って尊大な態度にもならず、ただ堂々と『今夜だけ村に泊まらせて欲しい』と用件を告げた。

 それに対して、目の前の村人たちもケルドさんも少し呆気に取られていた。


「……その代わりと言ってはどうかと思うが―――」


 村人たちが僅かであるが自分の話に耳を傾けているのを確認するとウェニアは何かをローブの中から取り出す様な仕草をした。

 そして


「―――これを村全体で使って欲しい」


「!?」


「なっ!?」


「これは……」


「金貨だと!?」


 そのまま彼らに対してあの地下迷宮で拾った金貨を一枚差し出した。

 どうやら、今の仕草で空間魔法を使ってさり気なく取り出したらしい。

 その金の輝きを見て村人やケルドさんも目を大きく見開いた。

 当たり前だ。

 金なんて、僕の世界でも希少なもので目にする機会なんてないのだ。

 衝撃を受けるのも無理はない。


「……ダメか?」


 その村人たちの反応を見て確信を得たのか、ウェニアは自信満々に返答を求めた。


「い、いや……」


「そ、そうだな……」


「問題ないぜ……」


「あはは……

 悪かったな……」


 「金」という先ほどまでの衝撃よりも大きな衝撃を受けたことで冷静になったのか彼らはまさに現金な態度で金貨を受け取るとそそくさとケルドさんの家から立ち去っていった。


「……大丈夫か、ケルド?」


 所謂、袖の下を受け取った彼らが去ったのを確認するとケルドさんに問いかけた。


「う、うむ。大丈夫じゃ……」


 恐らくは彼にとっても非日常的な「金」という光景を目にして理解が少し追い付いていないらしい。


「……すまぬ。お嬢さん。

 村の者が……」


 しかし、我に返るとケルドさんは直ぐに村の人々の非礼を詫びてきた。


「別に良い。

 そもそも迷惑をかけているのはこちらも同じ事だ。

 だがな、ケルド。貴様も貴様だ。

 あの手の連中には仮令理に適っていてもあの発言は逆効果であるぞ?」


 ウェニアの言う通りかもしれない。

 あの村人たちは村の現状を差し引いても自分の都合ばかりしか考えていなかった。

 自分たちの要望が満たされない、もしくはそれ以上でければ満たされてくれないだろう。


 あの金貨……全部、あの人たちの懐に入るだろうな……


 悲しいが『村の為に』と一応の建前を付けたウェニアの発言通りにはいかないだろう。


「……分かっておる。

 すまん……だが、どうしても……リナが……リストが不憫でのう……」


 ウェニアの指摘に対してケルドさんは自らの非を認めながらもそれでもリストさん親子の現状を考えていたことを漏らした。


「……どういうことだ?」


 ウェニアは気になったのか訊ねた。


「長くなるだろうし聞いていてもつまらんぞ?」


 ケルドさんは遠慮気味だった。

 どうやら、やはり「いい話」ではないらしい。


「……それでもよい。

 それは我が決める。

 ユウキ、貴様もよいか?」


「え……あ、うん……」


 ウェニアにいきなり話を振られて困ったが僕は肯いた。

 僕自身もこの村の現状とリストさん親子のことが気になってしまったのだ。

 仮令、それが何の解決に繋がらなくても。


「……そうか、では話すぞ?」

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