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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第四十九話「美味しさの意味」

「ささやかなものじゃがどうぞ召し上がってくれ」


「ありがとうございます」


 娘の看病を続けているリストさんに一言言ってから、ケルドさんの厚意で彼の自宅に泊まらせてもらうことになった。

 今は彼の作った晩飯に頂かせてもらっている。

 しかも、僕やウェニアだけでなくリザにも分けてくれている。


「……押しかけてこういうのはどうかと思うが、貴重な食事をすまぬな」


 ウェニアはケルドさんが村全体が危うい中でも食事を提供してくれることに感謝した。

 魔王染みた言動が多いウェニアだけれども、相手の厚意にお礼を言える時点でやはり彼女は裸の王様ではないだろう。


「よいのじゃ。

 そもそも儂はこの家で一人で暮らして居るから、蓄えは他の者よりもある方じゃ」


「そうなんですか……」


「うむ。

 だから、こんな時代だからこそなるべくなら少しでも他の者に分け与えたいのじゃ。

 それに久方ぶりの客のお陰で少しは心が弾みそうじゃ」


「ありがとうございます……」


 ケルドさんは本当に嬉しそうに呟いた。

 どうやらこの人は他人の笑顔が心の底から好きな人なのだろう。


 ……辛いな


 それを見て僕は自分が踏みつけていく善良なる人の存在を確認させられた。

 こんな風に他人に尽くせる人までもを僕は自分の目的の為に踏みつけていくことになる。

 それが悲しかった。


「ほれ、何を辛気臭い顔をしておる?

 食べなされ」


「あ、はい。

 いただきます」


「……いただきます」


「キュル!」


「?」


 ケルドさんに促されるまま、僕は彼に心配をかけまいとして何時もの様に『いただきます』といい、ウェニアも前に言ったように気に言ったらしく『いただきます』と言い、同時にリザもそれに近い声をあげた。

 ケルドさんはその様子に首を傾げた。

 やはり、不思議な光景に見えるのだろう。


 あれ……?


 とりあえず、ケルドさんの厚意を無下にしない為に僕はアドを手に取ってみると少し違和感を感じた。


「どうしたのじゃ?」


「あ、いえ……」


 手に取ったアドに少し違和感を抱いているとケルドさんに声を掛けられたので失礼がない様に誤魔化した。


 何だろ、このパ――、アド?

 妙に黒いな?


 僕が気になったのはアドの色だった。

 妙に黒かった。


 まあ、食べられないものを出したりはしないだろうし、このまま食べないのは失礼だよね……


 けれども、折角の厚意を無下にすることなど出来ずそのまま僕はその黒いアドを口に持って行った。


 ん?


 その時、予想もつかない味が口の中に広がった。


 あれ……このパン……酸っぱい?


 そうこのパン、いや、アドは酸っぱい。

 今までパンと言えば何処かほのかな甘さを味わっていた僕にとってはこのアドの甘さよりも酸味が味が理解出来なかった。


「……黒アドか。

 懐かしい味だな?」


「え?」


 ウェニアは見たままの状態であるこのアドの種類名らしき名前を呟いた。


「ほう?

 お嬢さんは白いのをよく食べるのか?

 すまぬのう……こういったものしかないのじゃ」


「いや、すまぬ。

 そういった意味ではない。

 むしろ、小麦を出されたりすれば逆に心苦しい。

 此方の方が助かる」


「あ……」


 二人のやり取りで僕はこのアドの意味を知ってしまった。


 そうか……この世界じゃ小麦は……


 リウンの家で小麦粉のアドを食べた時、ウェニアはこの世界では小麦粉は貴重だと言っていた。

 つまりはこの黒いアドこそがこの世界の人間にとっては当たり前のものなのだ。


 ……ダメだな。

 こういうことを忘れてるなんて……


 普段、僕が当たり前の様に思って食べていた小麦のパンは少なくてもこの人たちにとっては当たり前のものではない。

 それを教えられたのに僕は分からないでいた。


 知っているつもりだった……か……

 本当にダメだな……


 今更ながら自分がいかに恵まれた世界で育ったのを理解させられた。

 少なくても小麦という普段当たり前の食べれたものを普通に食べれたのはいいことだった。


「お嬢さんは変わっておるの。

 そこのお若い方はそういうことか」


「!?」


 ケルドさんの何かを察したかの様な発言に僕は焦りを覚えた。

 初めて黒いパンを食べたことへの衝撃はこの人は感じ取ったらしい。


「……苦労されておられるのじゃな?」


「え……」


 しかし、次に出てきたのは僕の警戒とは異なるものだった。


「この様なものしか出せぬことを許しておくれ」


 ケルドさんは僕にこの黒いアドしか出せないことを申し訳なさそうに告げた。

 僕やウェニアだけでなくこの人はリザにも食事を与えてくれた。

 明らかに僕の方にこそ非があるのにこの人は哀れんでくれた。

 何処までも善意のままに。


「……いえ、大丈夫です。

 むしろ……美味しいです」


「!

 お前さん……泣いておるのか?」


 彼のその善意に触れて僕はこの慣れない味が美味しく感じた。

 そして、自然と涙が出てきた。

 リウンの家で食べた小麦のアドも魔物を殺した件でよく食べれなかったがあの子の善意と城の中での不遇も美味しかった。

 この黒いアドも同じくらい美味しくて仕方がなかった。


「……苦労しておったのじゃな。

 ほれお食べなさい。今日はよく休んでおくれ」


「……ありがとうございます」


 余裕のある生活を送っているわけでもないのにこの人はここまで親身になってくれた。

 これほどまでの厚意と親切があるだろうか。

 そんな時だった。


「ん?」


「?」


 どんどんとケルドさんの家の外から扉を乱暴に叩く音が聞こえてきた。

 そのノックはとてもこれから他人の家に入ることを考えていると思えない程不作法で酷いものだった。


「……すまん。

 しばらく、不快な思いをさせるかもしれん」


「?」


 ケルドさんはそのノックに対して何か思い当たる節があるのか隠し切れない嫌悪感を醸し出していた。


 何だろ?


 どうやら、今、玄関を叩いている人間は急用でもないらしくケルドさんにとっては招かれざる客らしい。

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