第六話「覇者の誇りと眩さ」
「ふむ、しかし中々凝っている迷宮であるな」
魔王と迷宮の出口目指して求めて歩くこと体感時間と歩いた距離から考えられる時間十五分、魔王は迷宮の造りに感心している。
恐らく、実際には十五分も時間は経っていないとは思うけれど僕としてはいつまた魔物に襲われるか分からないし、迷宮から脱出するまで僕の命が持つか分からないからとても時間が長く感じる。
僕と比べてこいつの余裕ぶりは実力から来る自信の表れなのだろうか。
いや、こいつがただ怖いもの知らずなのかもしれないが。
僕、大丈夫かな……?
向こう見ずな人間たちのせいで死にかけた僕としてはかなり不安になってきた。
先程の魔王のシスコンぶりを聞かされた直後や覇道云々でこいつが部下を切り捨てることに躊躇いがないのも理解できてしまった。
ただ少なくともプライドの高さから部下を見捨てるようなことはしないとは思うが。
こいつは自分本位だ。
部下を助けてもそれは善意ではなくこいつ自身のこだわりのようなものだろう。
「しかし、これは幸いだな……これだけの迷宮ならば貴様を見捨てた連中も手こずるだろうな?
ククク……」
魔王は僕の憎しみと失望を煽りながら僕にクラスの連中が迷宮を攻略するまでの必要な時間が長いことを教えた。
この女は僕の心の中の憎しみを焚き付けて、復讐の道へと誘おうとする。
理由は二つ考えられる。
一つは僕が自らの下から離れないようにするためだ。
今の所、僕と彼女の目的が一致しているのはこの迷宮を抜けることとクラスの連中の度肝を抜かすことぐらいだ。
少なくとも僕は命が懸かっているからほぼ間違いなく離れるつもりはないが、後者はほとんど憂さ晴らしに過ぎない。
つまり、僕が心変わりして魔王と袂を分かつ可能性があるということだ。
だから、僕を煽っているんだろう。
魔王の手腕は合理的な考えだと僕ですら思えてくる。
そして、もう一つはただ単純にこいつが面白いと思ってるからやっているということだ。
こいつにとっては僕が憎しみのままに復讐の道に走ることが楽しくて仕方ないのだろう。
要するに僕はこいつにとってはピエロみたいなものだ。
ドラマや漫画とかで「復讐」をテーマにした作品を見ていて割と面白いと思っていたがいざ自分がやるとなるとそれは別だ。
多少見返してやりたいとも思うし、僕だけが不幸になるのも嫌だし、あいつらがぬくぬくと生きていることを考えると怒りも憎しみも妬みも劣等感も湧いてくるしそれを無理に抑えたら気が狂うだろう。
だだ、それを見て楽しまれるのは非常に不愉快だ。
……自由が欲しい……!!
心の底で僕はそう望んでいる。
今の僕には自由がない。
王国側には迫害され、魔物に追われ、魔王には弄ばれる。
僕は結局の所、常に何者かの掌の上で踊っているだけだ。
「……ククク、やはり面白いな?貴様は……」
そんな風に僕が自由を渇望していると魔王はまた愉快そうに笑った。
不覚にもその笑顔は可愛らしくも思うが、こいつの見せる性格上油断できないし心を奪われる訳にはいかない。
「……先ほどから我に心の動きを見せまいとしているが……
我の考えが読めたか?」
……ちっ!
僕の心を見透かしたかのような魔王に僕は内心、舌打ちした。
全てお見通しらしい。
この魔王は本当に趣味が悪い。
見た目が美人な幼馴染に裏切られたことで美人に警戒心を抱いている僕でも気を取られるような美人なのに本当に中身は最悪だ。
職業に貴賎なしの発言とか、王様よりも王様らしい一面もあることから、ある程度の善悪や道徳、倫理的な価値観を弁えている分、本当に性質が悪い。
きっとこいつは正しいことをするが、中身はまさに外道なのだろう。
「まあ、怒るな。
だが、その顔も可愛いらしいがな」
「……はあ?」
僕が魔王に対して心の中で愚痴っていると唐突に魔王はそんな言葉を贈って来た。
「……は?可愛いだって?」
魔王の言葉に僕は混乱してしまった。
何を言っているんだこの女は。
「な、何を言っているんだよ……?可愛い……?僕が……?」
余りの言葉に僕は動揺を隠せなかった。
この十七年間。親や親戚、一部の大人からしかお世辞でしかそんなことを言われて来なかったことか僕はそう言う言葉に耐性がない。
鈴子と一緒にいると『場違いだ』とか、『情けない』とか、『男らしくない』とか周囲に言われまくったことから僕は見た目でも中身でも褒められ慣れていない。
鈴子と一緒にいると常に僕は劣等感が付き纏っていた。
何時からか僕は自分を上に置くことを止めたし期待なんてものはとっくの昔に捨てた。
だから、この魔王の言っている言葉の意味が理解できない。
「ははは、照れるな。
鑑賞用の評についてだが撤回しよう。
貴様は彫刻や絵ならば及第点程度だが、詩ならば中々好ましいな?」
「……は?どういう意味だよ……」
魔王はまたしても意味不明なことを言ってきた。
何だその例え方は。いや、それは例え方なのか。
僕は生憎、芸術家じゃないから魔王独特の感性が理解できない。
「簡単なことだ。
詩と言うものは人の心を映す力がある。
彫刻や絵は完成された美であるが、詩は流れゆく美だ。
貴様がどのように歩んでいくか楽しみだ」
「楽しみって……お前……」
その言葉に僕はさらに腹が立った。
こっちは必至なのにこの魔王はどこまでも上から目線、いや、ゲーム目線何だろうか。
「我が誉めているのだ。
光栄に思え」
魔王は僕の感情を無視して自分の物差しで僕を量って来る。
そのことに僕は
「……やめろよ……そんな上辺だけの誉め言葉なんて……」
お世辞と言い捨てた。
「おいおい?我がそのような下らないことを言うとでも思ったか?」
「……っ」
しつこい魔王の言葉にギリっと僕の奥歯が鳴ったような気がした。
「……うるさい……」
「……ん?」
「うるさいって言ってるんだよ!!!」
「………………」
魔王の言葉が癪に障り僕はカッとなってしまった。
妹の風香や幼馴染の鈴子が近くにいたことで容姿が彼女らと比べると見劣りする僕は彼女たちと比べられてきて劣等感を抱いていた。
これが八つ当たりなのは解っている。
それでも僕はいつも辛かった。
風香や鈴子が僕を下に見ていないのは分かっていた。
けれども、どうしても僕は彼女たちが嫌いだった。
風香が大好きで鈴子が大好きだったのも事実だ。
だから、鈴子が僕を見捨てたことが本当に辛かった。
風香のことは大切だ。
たった一人の妹だ。
可愛くないはずがない。
でも僕は何度も彼女たちの「ついで」で褒められてきたことが虚しかった。
みんなが彼女たちを褒めた後に取って付けたかのような憐みが僕を惨めにしてきた。
「……貴様、貴族の出か?」
僕の八つ当たりを受けて魔王は怒ることはなくジッと僕を見つめながら訊いて来た。
「……いや、違うけど……」
苛立ちが未だに振り切れていないまま僕は魔王の問いに答えた。
「……成程な」
「……?」
その言葉を受けて魔王は不愉快にも笑みを深めた。
この女が何を考えているのか僕にはわからない。
ただ僕を嘲笑っているだけなのかもしれない。
それが余計に僕を苛立たせる。
だが次の言葉で僕たちは苛立ちがどこかへ吹っ飛ぶことになった。
「貴様、さては誰かと比較されてきたな?」
「……なっ!?」
魔王は僕の苛立ちを見透かしながらそれを愉快そうに言い当てた。
僕は怒ることを忘れてただ唖然とするしかなかった。
なぜこいつはそんなことまで理解できるのかわからない。
「あっはははははははははは!!
どうやら図星のようだな?」
「……ぐっ!」
僕の反応を目にして魔王は高笑いする。
なぜこいつが僕の心を読めたのかは理解できない。
ただ理解できるのはこいつが悪趣味で不愉快な奴ということだ。
再び僕の苛立ちに火が点った。
「クックククク……
しかし、まあ……どこの世界でもこういうことはあるらしいな?」
続いて魔王は納得しだした。
なんでこんな人の辛いことをこいつは愉しめるのか僕にはわからなかった。
「うるさい!!
お前に僕の何がわかるんだよ?!」
先程から続く魔王の不愉快な語りに僕は我慢できなかった。
僕の悩みや苦しみ、悲しみをこんな奴に理解されてたまるか。
圧倒的な実力差で勇者に勝っていたのに身内贔屓で敗けたこいつなんかに。
力がある奴に力のない奴の気持ちが理解されてたまるか。
「ああ、何も知らんさ……
ただ解るのは貴様が我を侮辱しているということだけだ」
「……侮辱だって?」
しかし、なぜか魔王は逆に僕のことを睨みつけて来た。
僕は理由も分からないのに恐怖を感じた。
「貴様は凡百の有象無象と同じ眼で貴様を観たと我と軽んじたな?
この愚か者が」
「な、何が違うんだよ?!」
魔王は決して激情を露わにしないで静かに威圧してきた。
訳が分からず僕はただ吠えるしかなかった。
魔王は僕を品定めした。
それはつまり僕を風香や鈴子と比較してきた人間たちと変わらないはずだ。
「下らんな。
なぜ宝石と石が混ざっている中で目立つ宝石にしか見向きしない節穴の連中と我を一緒にするな。
それが解らないよう奴を愚か者と言って何が悪い?」
「……え?いや、何を―――」
「だから、言っているだろう。
貴様には価値があると言っているのだ。
我は」
「……え」
魔王は僕に対して価値があるという様に。
それは決して幻聴ではなく確かな一言であった。
魔王が何を言っているのか僕には理解できなかった。
「そんなの……お前にわかるはずがない……会ったばっかりのお前なんかに―――」
魔王はまだ風化や鈴子を見ていないからそう言えるのだと自分に言い聞かせるように僕は否定しようとした。
「我にとっては宝は全て大切だ。
それぞれ違う輝きを放ち異なる美しさを見せる。
ただそれだけだ。
貴様もその中の一つに過ぎないと言っているのだ?」
「……それって……ただの博愛主義なだけだろ……」
僕は無理矢理そう反論する。
口先だけでは何とでも言える。
あの佐川だって口では『クラスのみんなで乗り切ろう』と宣いながら結局は自分のことで精一杯だったし腫れ物に触ろうとしなかった。
鈴子だって『みんな大切だよ?』と言いながら結局の所、僕を見捨てた。
愛とか、大切とか、友情なんて綺麗事しか過ぎないんだ。
そして、その中には優先順位があって僕は最もそれが低かったから見捨てられ囮にされた。
だから僕は魔王も他の連中と同じだと思って拒絶した。
「おい、馬鹿にするのも大概にしろ」
そんな僕にしびれを切らしたのか魔王は怒り出した。
……ほら、こいつだって……
きっと魔王は図星を突かれて怒り出したに決まっている。
結局、平等愛なんてものは幻想だ。
全てを大切にしている人間は全てを蔑ろにしているに過ぎないと僕はこの世界に来てようやく理解した。
僕は魔王のことをせいぜい心の中で馬鹿にしようと彼女の言い分を聞こうと向き合った。
「なぜ我が愛でる価値のないものまで愛でる必要あるのだ」
だが、向かってきたのは怒りではなかった。
来たのはまたもや全てに対する嘲りだった。
「下らん有象無象がどうなろうか知ったことか。
我が支配を受け容れるならば未だしもなぜそのようなものまでもを我が気に掛けなくてはならんのだ」
「………………」
その傲慢さに僕は言葉を失った。
ここまで唯我独尊と言える言葉が体を現している人間に僕は出会ったことがない。
「お、お前……一応、王様なんだよな?」
先程僕に対してこの魔王様は働いている人間の大切さを説いていたはずだ。
それなのにたった今、こいつはそれらの人々でさえ「有象無象」として扱うようなことを言った気がするのは気のせいだろうか。
言っていることハチャメチャ過ぎないか!?
「お、おい……お前、国民のことを何だと思っているんだよ……?」
僕は恐る恐る訊ねた。
今まで僕はこいつにはある程度の王としての風格があると思ったからこそ付いて行こうと思った。
周囲の人間に見殺しにされ、見捨てられ、蔑まされてきたうえに王国側には迫害されてきた。
だけどいくら何でも無関係の不特定多数の人間を苦しめるようなことは僕にはできない。
それができる程僕は悪党じゃないし、悪人じゃない。
そんなことしたら両親にも風香にも顔向けができない。
だけど、この魔王は傍若無人だ。
何をするのかわからないから本気で怖い。
「はあ?そんなの決まっていだろ?
守るべきものだろうが戯け」
「……え?」
しかし、還って来たのはまたもや予想外な言葉だった。
先程まで暴君ぶっていたのに突然、こいつは民を守るべき存在だと断言した。
それは民を宝として見ているのだろうか。
「え?いや、だって、お前……さっき、有象無象て……」
先程の主張との矛盾に僕は思わず戸惑ってしまって確認してしまった。
「ああ。有象無象だ」
帰って来たのはやはり、有象無象という言葉であった。
こいつが一体、どこを向いているのかが僕にはいまいち理解出来ない。
「王」だからこそ、民は守るべきと言いながらも愛していないと断言しているのだ。
これは矛盾だろう。
「だったら、なんで……」
自分にとって愛すべきものでもないのに守るのかが理解できない。
なぜだろうか。
「我が王だからだ」
「……あ」
魔王はそう答えた。
彼女は真っ直ぐな目をしていた。
「たとえ、何が目的で我が下に集おうとも我が覇道の妨げにならない限りは我が守るだけだ。
そうでなければ、我の誇りが穢れるのみだ」
「………………」
魔王は余りにも高潔とも思えるが高慢にも聞こえるように宣い言い捨てた。
魔王は民を己の誇りのために守ると言うのだ。
民を愛するのでも、大切にするのでもなくたったそれだけのことらしい。
……なんで、僕は……こいつと父さんを重ねたんだ……
そんな目の前の魔王を僕は重ねてはいけないと思いながらも父さんと似ている気がした。
こんな傍若無人の魔王が市民を守るために日々、公務に励む人と同じはずじゃないのにも拘わらず僕は重ねてしまった。
だけど、僕は
「……お前……―――」
目の前の魔王が眩しくて言葉が続かなかった。
そして、自分が惨めに思えて来た。
彼女を貶める言葉を出そうにも何も出てこなかった。
そんなことしか出来ない自分のことが嫌になってさらに惨めさが増していく。
頭の中でこいつもどうせ口だけだと思っているのにそれが口に出せない。
そんな時だった。
「……!おい!」
「―――え?」
魔王が突然、大きな声を出した。
その様子は明らかに今までと違っていた。
そこには焦りが見えた。
僕は突然のことに戸惑い彼女の行動の理由がわからなかった。
「―――なぁ!?」
突如、僕の足下から地面が消えたように感じて魔王の姿は一瞬何かに遮られて見えなくなり僕はそのまま訳も分からず天井が遠のいて行き、床を滑っていくような感覚に陥った。
主人公が色々と拗らせてますね。