第四十六話「業」
夜になって僕らは見張りを交代しながら野宿をしている。
今は僕の番なので眠ってはいないが、恐らく交代したとしても眠れないだろう。
……結局、何が正しいんだ……
あれから魔物が出る度に僕はウェニアの指示通りに動いて魔物と戦った。
そして、殺していった。
僕が自分で動こうとする度にウェニアが強く止めてきた。
命を奪うこと自体が怖いのに、僕はこれから戦争という行いで戦う相手以外の生命も奪おうとしている。
それも元の世界に帰るという自分の目的の為に。
それを諦めるという決断も出来ないのに僕は殺し続ける。
同じだな……僕もあいつらも……
自分の目的の為だけに魔物や他の生命を奪っていく僕も結局はクラスの連中と変わらない。
いや、それ以上に最悪かもしれない。
結局、家族の為、元の世界に帰る為とは言え、その理由を根拠に連中と違うと思いたいと心の何処かで思っている。
そんな気がしてしょうがない。
でも……実際、あんな風にはなりたくないんだよな……
だからといって、魔物や自分の前を遮る相手を嬉々として殺していく様にはなりたくなかった。
同時に生命を奪っていくことを言い訳もしたくなかった。
「全く、貴様はそんな顔で見張りが務まると思っておるのか?」
「!
……ウェニア……」
僕が見張りの中、色々と悩んでいるとウェニアが起きていたのか声を掛けてきた。
「見張りは全員の命がかかっていることだぞ?
それなのにその大役である貴様が集中出来ずにいるとはな……
もう少し、そう言うところを踏まえよ」
「……う……ごめん……」
ウェニアの言う通りだ。
ここはリウンの家がある場所とは異なり、魔物が蔓延る場所だ。
僕の不注意は僕だけじゃなく、全員の命を危険に晒すことになる。
「……それ程までに自分が清らかのままでいることが嫌か?」
「!?」
ウェニアは僕に唐突に問いかけてきた。
「どうして!?」
僕は一言たりとも、リストさんを含めたこれから僕が殺していく人たちの話をしていないのにどうしてウェニアがそのことを理解したのか僕は分からなかった。
「……やはりか。
成る程な、これから自分が奪っていく生命を目の当たりにして心が痛んだのか?
そして、自分の心を苦しめる……いや、殺す気か?」
戦う訳でもなく、僕と敵対している訳でもなくただ普通に生きている人たち。
そんな人たちを殺していくことが辛かった。
だから、少しでもその人たちを助けたかった。
同時にそんな人たちを殺していくのに善人面もしたくなく、そのままでいることが嫌だった。
「……そうだよ……そうするしかないじゃないか……」
どうやっても自分の願いの為に彼らを犠牲にしてしまう。
そして、僕だけがこの世界に責任を果たさないで罪から逃げることになる。
そんな無責任なことが僕には許せないのだ。
だから、助けられる命を苦しんでても助けることしか考えられないのだ。
「何故、貴様が全て悪いことになる?」
「え……」
ウェニアは否定した。
「……よいか、ユウキ?
貴様は自らの意思でこの世界に来たのか?」
「……それは違うよ……
僕は……」
元々、僕はこの世界に無理矢理連れて来られた挙句、ウェニアに会わなかったら野垂れ死にしていた。
そんな運命が待ち受けているのにどうして望んでこの世界に来るだろうか。
「ならば、貴様は生きるために動く獣と同じではないか?」
「獣と同じ?」
「そうだ。貴様はそもそもこの世界に好き好んで来た訳ではあるまい?
そこで勝手に打ち棄てられたのであれば、それは獣が野に放たれ生きるために抗っているも同然ではないか?
生きるために殺める貴様がそこまで苦しむ必要があるか?」
ウェニアはこの世界に勝手に連れて来られたのだから、そこで生きるために行動をして生命を奪っていくことの何が悪いのかと訊ねた。
「それは……」
僕自身、この世界に勝手に呼んで役立たず扱いをして勝手に捨てた人間たちには文句が言いたい。
しかし、そうではないリストさんたちまでもを巻き込むことがどうして踏ん切りが付かないのだ。
「ならば、普通に進め」
「え……」
再び立ち止まりそうになった僕に彼女はそう言った。
「貴様も他の人間と同じ様に進め。
ただそれだけでいい」
「……でも……僕は……」
ウェニアは僕に『止まるな』と言った。
しかし、それが出来ないのだ。
苦しめてしまう人間がいるのにどうして僕だけが前に出ていいのか理解出来ないのだ。
「……『気に病むな』と言うのではない」
「え……」
だけど、ウェニアは僕に『気にするな』とは言わなかった。
「必要以上に自分の身を犠牲にするな。
そして、自由に悩み、迷い、苦しめ。
それだけが貴様に出来ることだ」
「!?」
彼女は僕に他人と同じ様に行動し、もしそのことで後悔するのは自由にしろと言ってきた。
「償いなどこの世にはない。
世界はそもそもそんな風に己に都合のよいものではない。
その世界で精々悔やみ続けるのが貴様に与えられた道ではないのか?」
「悔やみ続けることが道だって……?」
「そうだ。
貴様にはそれしかなかろう?
悔やみ、迷い、苦しめ。
許しを求めるな、考えを止めるな、死に向かうことで逃げるな。
それでよいのだ」
「………………」
ウェニアは残酷にも事実を告げた。
許されることもない。目を背けるな。そして、そこから楽になろうとするな。
彼女は僕にそう訴えた。
「貴様には生きる理由があるであろう?
ならば、進め」
「……僕は……」
僕は自分の進んでいく道を想像して直ぐに首を縦に振れなかった。
「それとだ。
もし自己嫌悪に駆られるのであれば、それを忘れさえしなければよいのだ」
「え……」
「貴様は楽な方向に行けぬのであろう?
ならば、悪意を憎む心を忘れるな。
それだけを思え。それを忘れるな。
それが貴様の業であるのだからな」
「業……」
ウェニアは僕に自分の行いを恥じることを忘れるなと言った。
「だからこそ、貴様は必要以上に殺さなくてよい。
我が許さん」
「………………」
我はユウキにこれ以上、自らの手をこれ以上穢すことを禁じた。
全く、因果なものだ……
殺しを厭う者が殺した贖いとして殺し続けることしか出来ぬとは……
我はユウキの「殺し」への嫌悪感から自らが苦しみながら殺すことでしか自らを罰し続ける。
その在り方が痛々しいながらも美しいとは感じながらも我はそれを禁じた。
まるで……殺戮の聖者であるな……
「殺し」を一度でも味わえば、大抵の人間は自らを正当化するか、現実から逃避するか、思考停止をするか、悦楽を楽しむがユウキはそのどれにも当てはまらない。
自らのしたことを全て受け容れ苦しみながらも逃げ出そうとしない。
なのに善良さを捨てようともしない。
本人は気付いていないが、十分にそれは常人の域を超えている。
だからこそ、進むべきだがな……
だからこそ、我は彼奴こそ進むべき存在だと感じている。
彼奴はどれだけ理由があろうとも自由が与えられようが相手の命を奪うことを恐れる。
その点だけで誰よりも強いだろうに……
恐らく、彼奴のあの精神は完全に穢れることはない。
同時にその性質故に止まることはあっても堕ちることはないと我は感じてもいる。
希有な男よ……




