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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第四十五話「優しさと言う怖さ」

「ハア……ハア……」


 今回、襲い掛かってきた魔物の群を全滅することが出来て僕は呼吸を落ち着かせようとした。

 魔物を全て倒した証拠にあの声も聞こえてこない。


「………………」


 だけど、同時に本来ならばあるべき光景であるはずの魔物の死骸も血が一滴も存在しない。

 戦いの緊張が解かれた結果、それが余計に悪夢の様に感じられた。

 もし、この場に魔物の死骸があれば、自分が殺してしまったことを僕は言い訳するという逃げ道を作らないで済む。

 なのにまるで僕がそんなことをしていないかの様に全ての痕跡がなければ、本当に殺したのかすら分からない白昼夢を見ている様でそれが逆に怖い。


 幻なんかじゃない……

 これは現実なんだ……


 未だに僕の手には魔物を切り捨てた感触が残っている。

 なのに目の前にそれを証明するものがない。

 目の前の状況と自分の認識の違いに僕は狂いそうになった。


「キュル……!」


―ユウキ……!―


「あ……」


 しばらく現状と現実、記憶との乖離の中で彷徨って現実感を掴めないでいると僕を呼び戻そうとするかの様にリザが声をかけてきた。


「リザ……」


 ようやく感覚を多少現実に戻すことが出来た僕はリザが怪我をしていないのかを確かめた。


 良かった……


 どうやらリザたちの方へと向かわなかった。

 ちゃんと守ることが出来たらしい。


「ユウキ」


「ウェニア……」


 僕が一応、全員に魔物を近付けぜに済んだことで安心しているとウェニアが僕に近付いてきた。


「勝手に動くな」


「え……」


 ウェニアは低い声で僕を突き放した。


「貴様の命は我のものだ。

 勝手に命を散らすことなど許さん」


「え、あ、ごめん……」


 まさかこんな風に否定されるとは思わず、僕は反抗するよりも謝るしかなかった。


「よいか?

 貴様一人で何もかも背負った気になるな。

 くれぐれもそれを忘れるなよ」


「……ごめん」


 僕としてはこれから奪っていくかもしれないリストさんの様な人たちの命を、関係ないところでは出来る限り助けたかっただけだ。

 でも、それはただの言い訳だ。

 だから、ウェニアに『身勝手』と言われても返せる言葉なんてなかった。


「えっと……ユウキ君?」


 ウェニアに何も言い返せずにいると今度はリストさんが近付いてきた。


「………………」


 僕はウェニアに叱られたことへのショックでしばらく、他人とどう接すればいいのかわからないままでいたので、リストさんが何を言おうとしているのかわからなかった。


「……守ってくれて、ありがとう」


 リストさんは僕が戦った事に礼を言ってきた。

 そのことに対して僕は複雑だった。

 勿論、拒絶や恐怖で対応されたら僕だって嫌だ。

 僕はこの人やウェニア、リザたちを守る為に戦った。

 しかし、それでも僕は個人的な動機で魔物たちを殺したし、何れこの人たちの様な人間を間接的に殺すことになる。

 それを恥知らずに無視したりすることが出来ないからせめて守ろうと思っただけだ。

 そんな僕がこの人にお礼を言われてもそれを素直に受け止めることが出来ないし、余計に胸が痛んで仕方がない。


「……でも、無理はしないでくれ」


「え……」


 だけど、リストさんはそれだけで終わらなかった。


「……最初、俺は君が魔物を倒してくれることに何も考えないで喜んでしまった……」


「………………」


 それを聞いて僕は少しだけ寒気がした。

 確かにこの人たちからすれば魔物はただの危険な生物で殺すしかないのは理解している。

 それでも僕が魔物を殺したのことを喜ばれるのは言い様のない不気味さを感じた。


「でも、そこの彼女に君がそのことで苦しんでいるのを教えられてそんな自分が恥ずかしくなった」


「え……ウェニアが?」


「おい!?貴様!?」


 だけど、直後にリストさんは僕が魔物を殺すことに苦しんでいることをウェニアに教えられて、僕の悩みを知ってただ単純に喜んだことを恥じてくれた。

 ウェニアはリストさんが自分が彼に伝えたことを教えたことに反発した。


「君もああいう言い方はないんじゃないかな?

 素直にユウキ君が心配だったことを伝えた方がいいよ?」


「えっ!?」


「なっ!?貴様、何を!?」


 リストさんがウェニアのことを窘める様な言い方をするとウェニアは狼狽し始めた。


 ウェニアが……僕を心配……?


 一瞬、リストさんの発言の意味が分からなかった。

 まさか、ウェニアが僕を心配するなんて思わなかったからだ。

 確かにウェニアは他人の痛みが分かる人間だ。

 でも、だからといって、いや、だからこそ僕を心配するなんてことが信じられないのだ。

 ウェニアは『痛みを感じるが、それを知りながらも進む』とも言っていた。

 そんな彼女が一応、臣下というか下僕同然の僕を心配するなんてことがあり得ないと勝手に僕は思っていた。


「……えっと、ウェニア?」


「何だ!?」


 リストさんの発言に対してウェニアは機嫌を悪くしていた。


「あの……その……ありがとう……

 心配してくれて……」


「っ!?」


 僕は彼女がもし本当に心配してくれていると言うのならばお礼を言いたかった。

 その気持ちだけでどれだけ報われたことか。


「だから……あれはだな……!!

 その……貴様のの命は我のものであって……

 勝手にいなくなるの……気に食わんのだ!!」


 ウェニアは否定しようとしていたが否定出来ていなかった。

 つまりは


 本当に心配してくれていたんだ……


 彼女はリストさんの言う様に僕を心配してくれていたのだ。


「……ありがとう」


「なっ!?っう……!!」


 彼女なりに心配してくれていたことを知って僕は心が軽くなった気がした。


「……それとユウキ君……

 俺は君に謝りたい……」


「リストさん……?」


 僕がウェニアのお陰で少しだけ余裕を取り戻すとリストさんは何か謝りたいことがあるらしい。


「君の様な……少年が戦っているのを見て喜んでいてすまなかった……!!」


「え……」


 リストさんはまたしても僕が戦っていたことに喜んでいたことを謝ってきた。


「……君は……何か理由があって旅をしているんだろ?」


「それは……旅はそういうものですから……」


 リストさんは僕が旅をしていることに何かしらの理由があると思っているらしいが、それは旅をする人間なら当たり前だろう。

 僕の旅の目的は元の世界に戻ることであるが、何も理由もないのに旅をする人間がいるだろうか。


「それでも……

 魔物を殺すことにそうまで苦しむ人間が魔物を苦しみながら殺すなんてのは何か深い理由があるんだろ?」


 僕が魔物を自発的に殺していることにリストさんは何か理由があってのことだろうと訊ねてきた。


「それは……」


 僕は彼の優しさに縋れなかった。

 僕は確かに本当なら無暗に生命を奪うようなことはしたくない。

 でも、魔物を殺したのはあくまでも僕の意思だ。

 ただリストさんたちの様な普通の人たちを殺していくことになることへの後ろめたさから、出来る限りの人間を助けようとして命を選択をしてしまっているだけだ。

 それでも僕は自分のいた世界に戻る方法を見つける為にこの人たちを殺すことになることは避けられない。

 だから、この人たちに同情されることなんて許されないのだ。


「……君は本当に優しいな……」


「……っ!」


 それでもこの人は僕のことを『優しい』と言った。

 僕はただ自分の罪悪感から動いているだけだ。


 この人が見ているのは……

 魔物を殺している僕だけだから……


 何よりもこの人は僕がやろうとしていることを知らない。

 だから、この人の優しさが怖いのだ。

 結局のところ、僕は臆病者だ。

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