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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第四十四話「甘さ故の脆さ」

「グルァ!」


―喰ラウ!―


「……っ!」


 「テロマの剣」は僕に襲い掛かってくる魔物たちの牙や爪が迫っても魔物ごと動きを止め、弱い僕の力でもまるで粘土を斬る様に次々と切り裂いていく。

 それを見て僕は自分の知っていてことを理解しながらも次から次へと相手を殺していく。

 それに対して、次々と自分の心に何かが溜まっていく感覚を感じた。


 せめて……リストさんを娘さんの下へと送り届けるまでは我慢しないと……


 自分がしていることに対することへの嫌悪感や忌避感、罪悪感は感じている。

 でも、それを病気の娘さんの下へと連れていくことへ義務感で二をして誤魔化した。


「グルッ……!!」


―喰ラウ……!!―


「……くっ!!」


 それにどれだけ僕が迷ったり、悔やんだり、悲しんだりしても相手は待ってくれない。


 僕一人の命でどうにか出来る話じゃないんだよ


 僕が死ねば家族が悲しむ。

 そして、後ろの三人にこの魔物たちが牙を剥ける。

 だから、それを躊躇っている猶予何て僕にはない。




 ユウキ……お前……


 目の前でユウキが魔物を次々と殺していく。

 「テロマの剣」は相手の魔力を断ち切る力があり魔物にとっては猛毒に等しい。加えて、使い手の魔力を一時的に高めてある程度の攻撃を防ぐ力もある。

 だから、魔物を殺すことに関してはあれ以上に優れた魔道具はない。

 だが


 無理をし過ぎだ……!!


 ユウキは明らかに無理をしている。

 あれ程命を奪うことへの抵抗感や忌避感を見せていたのに今は率先して自らの意思で相手の命を奪っている。


 あれは吹っ切れたのでも、諦めたのでもない……

 自分を殺すことで自分を罰しているだけだ……!!


 ユウキは自分を苦しめることで自分を罰している。

 それぐらいのことしか相手にしてやれることができないと考えて自分の身体を動かしてい自分を殺している。

 それしか出来ないと決めてしまっている。


「すごい……魔物があんな簡単に……」


「!」


 隣でリストがユウキの戦いぶりに高揚感を漏らしていた。

 それはまるで英雄を見る様なものだった。

 自分たちを害する存在を排除し、不安や恐怖を打ち破る姿に希望を見出していた。

 それを見て私は


「やめろ……」


「え……」


 苛立ちを抑え切れなかった。


「彼奴は苦しんでいるのだ……」


「苦しんでいる……?」


 我の態度とユウキの心情に対してリストは訝しんだ。

 当たり前だろう。

 此奴にとっては魔物とは有無を言わさずに此方の命を奪いに来る存在だ。

 それにこの男は魔物によって死にかけた。

 魔物の脅威にさらされた人間からすれば、その脅威を滅ぼす人間を望むのは必定であり、それを否定されれば面白くないのも無理はない。

 けれども


「……彼奴は魔物が相手であろうと生命を奪うことに対して苦しむ様な奴なのだ」


「魔物なのにか?」


「ああ……」


 無神経に彼奴が命を奪うことを喜ぶような人間によって彼奴がさらに苦しむのだけは見たくなかった。

 きっと、此奴が感謝するのならばある程度は報われるだろう。

 しかし、ユウキの戦いぶりを称賛する様なことをすれば、ユウキの心には大きな澱みが生まれるだろう。


「自らも魔物に殺されかけたのに、彼奴は相手を憎み切れないのだ……」


「なっ!?」


 リストは信じられないものを見た様子だった。

 魔物の恐ろしさを味わいながらもそれでも魔物を殺すこと躊躇う。

 本来ならばあり得ないことだろう。

 恐怖や不安は一瞬にして相手への罪の意識を消し去り、憎しみを募らせる。


『ウェルヴィニア様の許可が下りた!

 連中を滅ぼせ!殺せ!奪い尽くせ!』


『悪逆非道のウェルヴィニアめ!

 女神の罰が下るぞ!!』


『この悪魔!魔女!魔王!!』


 かつてある国を滅ぼした時、我はその国の全てを滅ぼした。

 その際に我は我の警告を無視し続けた敵の怨嗟も、我の許しを得て悪逆の限りを尽くした臣下たちの欲望も全て肯定した。

 敵は自らの正義を、臣下たちは我が与えた口実を理由に戦った。

 人は「許し」さえ与えれば、どうにもなると我は考えていた。


「彼奴が戦っているのは……ただ我らを守る為だけだ。

 それだけは忘れるな」


 だが、ユウキは違った。

 彼奴のことだ。

 きっと、自分が少しでも穢れればその分、誰かが穢れないで済むと考えて行動している。


 ……まさか、こうも真っ直ぐとはな……


 私はユウキが命を奪うことを楽しみとしていた。

 それは奴の正しさが本当に心の底から来るものであるのかを知りたいが故のことだった。

 ただ綺麗な自分を守りたいと思うだけならば、我はよくある人間だと歯牙にもかけなかった。


「……あの子は優しい子なのか?」


 リストは少し、躊躇いがちにそう訊ねた。


「……ああ。

 あれ程までに甘い者はそうはいまい」


 我はリストの言う「優しさ」を「甘さ」と言い捨てた。

 ユウキのあの「甘さ」は戦いの中では邪魔になる。

 あの「甘さ」のせいで彼奴は平気で自らの命を危険に晒し、心を殺し続ける。

 だが、それ故に


 綺麗だ……


 我は美しい感じてしまう。

 逃げもせず、誤魔化さず、戦い続ける。

 何も感じない人間はただの虚無だ。

 美しいままでいたい思う輩は我からすれば醜い。

 ユウキは自ら穢れようとする度に美しさを増していく。


 だが、それは危うさでもある……


 同時に我はその美しさは「甘さ」から来るものであり、危うさも秘めていると感じた。


 本当の意味で「殺意」と「憎悪」を抱いた時……

 彼奴は……


 彼奴の強さは弱さと甘さからくるものだ。

 だからこそ、彼奴の怒りは誰よりも深いものとなるだろう。

 そして、それは


 きっと遠くない時に来るだろう……


 我は何れその時が来てしまう予感がしたのだ。

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