第四十三話「先にあるもの」
「ところでリストとやら……貴様の村にはおよそどれ位で辿り着くのだ?」
リウンの家から出て、安全地帯と魔物のいる領域までの境目までの道中、ウェニアはリストさんに彼の村までの道のりについて訊ねた。
「俺が魔物に襲われたのは森に入ってから二日目の出来事だったから……
多分、三日ぐらいで着くと思う」
三日!?
僕はリストさんの口から出てきたその村までの所要時間に対して衝撃を受けた。
それは『三日歩く』ということに対する衝撃ではなかった。
「三日だと……?
おい?こう言ってはどうかと思うが、娘の世話はどうしてるのだ?」
ウェニアが僕の疑問を代弁してくれた。
彼女の言う通り、リストさんの娘は病気だ。
薬草を取りに来るためとはいえ、病気娘を置いて何日も傍を離れるのは不安ではないのだろうか。
「……村の長老たちに頼んである」
「え……」
リストさんは娘の看病を村の長老に頼んであると言ってきた。
しかし、その問いに僕は違和感を感じた。
「母親はどうしたのだ?」
「うぇ、ウェニア!?ちょっと!?」
それは娘にとってはもう一人の親であるリストさんの奥さんが看病をしていないことだった。
他人の家庭の事情に首をツッコむことは間違っている。
だけど、普通は両親が共働きでもない限りは片方の親が世話を看れない時はもう片方の親が世話を看るのではないだろうか。
少なくとも、他人を頼るのは奥の手のはずだ。
「……あの子を産んだときに死んだ」
「!?」
「……そうか……」
リストさんは悲しく呟いた。
そして、それを見てこの人が奥さんを愛していたことを知れた。
同時に彼が魔物のいる森に入るという命知らずな行動をしたのか理解出来た。
「……だから、俺は絶対にリナを絶対に助けたい……
せめて、キーラが残してくれたあの子だけでも……」
「リストさん……」
リストさんの顔は先ほどまでとは異なり、不安と焦り、義務感を顔に滲ませていた。
それは娘が未だに生死を彷徨っていることと、父親として、そして、亡き妻への夫としての愛からくるものだと感じられた。
「……だが、どうして森の奥まで来たのだ?
あの薬草ならば森の奥まで来なくともある程度の安全な場所で採れるものではないか?」
「え?」
「………………」
ウェニアの指摘によると、どうやらリウンが薬の調合に使っていた薬草は森の奥までに足を運ばなくても手に入れられるものだったらしい。
なら、どうしてリストさんはわざわざこんな森の奥まで来たのだろう。
「……そうか、君たちはこの辺りの事情を知らないのか」
「?」
「どういうことだ?」
リストさんはやむを得ない事情でこの森の奥まで入ってきたらしい。
「……この森は……
多分、君たちも体験したと思うが、他の森と違って奥に行かなくても危険な魔物が多く現れるんだ……
それは分かっているよね?」
「え?あ、はい……
それについては……まあ……」
リストさんはウェニアと同じ事を言った。
この森はウェニアが言ったようにこの世界では変わった性質を持っているらしい。
「……お陰で比較的安全なはずである場所で採れる薬草や獣の毛皮とかもこの辺りじゃ採れなくなっているんだ」
「え!?」
「そうなるな……」
この森の特異性の影響はこの森の周辺で生活している人々の生活にも及んでいるらしい。
「そのせいでただでさえ少ない薬草を薬屋が高く売るしかなくてとても買えたものじゃなくなってるんだ……」
「そんな……」
魔物の生息範囲が異なることでそこで採れるものの数が限られることになり価格が高くなる。
それが薬などとなると人の生死に関わってくる。
「……行商人などはどうしている?」
ウェニアは地元の人間がだめならば行商人などの外部の人間はどうなのかと訊ねた。
「……来るとしても月に一度来ればいい……
だけど、この森を迂回しなきゃいけないから……手間賃でどっちにしても買えないんだ……」
リストさんの村は完全に切迫していた。
魔物のいる森のせいでただでさえ取れるものは限られ、頼みの綱である外からの物流は当てにならない。
そうなるとリストさんが危険を冒してでも薬草を求めた気持ちが痛い程にわかる。
娘の為に一か八かに賭けるしかなかったのだ。
「国や領主の兵はどうしているのだ?」
ウェニアは続けて国やこの辺りを修めている領主がどう対策しているのかを訊ねた。
確かに彼女の言う通り、最早これは個人や村がどうにか出来る話ではない。
「魔王軍との戦いで……どうにもならないって……」
「!?」
「……そうか」
国や領主は魔王軍との戦いでこういったことに対処できる力がないらしい。
確かに国が亡びるかもしれないって状況だけど……
魔王軍のしていることなので王国伝手なので本当のことかはわからないけれども、相手に負ければ、王国の人間が皆殺しにされるかもしれない。
でも、こういった困った人たちを放っておくのはおかしい気がする。
……僕たちがしようとしているのって……こういうことか……
リストさんたちが苦しんでいるのはこの森の影響もある。
だけど、それに加えて魔王軍との戦いによる影響がさらに拍車をかけている。
戦争をするということはそれに加えて戦場で人を殺すだけでなく、こういった罪のない人々の生活すら危うくしていくということだ。
もし……僕が……
あのまま憎しみのまま動いていたら……
こんな人たちまで自分の不幸の道連れにしていたのか……
僕は当初、クラスの連中や王国の人間を見返すつもりで行動していた。
だけど、憎しみのままに動いていたらこの人たちのことも知らずにいた。
ずっと知らないままでいたのか……
きっと知らないままだったら僕はこの人たちの存在を否定していた。
『殺したのは自分じゃない』、『殺してなんかいない』、『自分のせいじゃない』と。
ずっとこの人たちの様な人たちから目を背け続けていた。
直接的に殺さなくても、間接的に相手を殺して『自分は被害者だ』と宣って言い訳をしていた。
そんなことすらも知らないで僕はウェニアについて行こうとしていた。
自分の認識の甘さと浅はかさを痛感させられた。
ウェニアが進んできた道はこういう道なんだ……
ウェニアは自分のしてきたことを『他人の幸福や日常を踏みつけて進んできた』と言っていた。
それはつまり、この人たちの日常も壊してきたということだ。
それでも……
彼女を放っておけない……
しかし、こんな現実を突きつけられながらも僕はこのまま踏みつけていくことも、ウェニアを見捨てることも出来ない。
どっちつかずの人間だ。
『逃げたくないって』……だけで捨てる覚悟がないんだよな
結局、僕は自分で捨てることが出来ないだけだ。
流されるままに動いて決めることを先延ばしにする。
元の世界に戻って……それで終わりなんかじゃないんだよ……
僕はこの世界の人間じゃない。
何時か、途中でこの世界から消えなくてはならない人間だ。
しかし、それで自分がしてきたことが帳消しになるはずがない。
リストさんの様な人たちの日常や幸福を壊して逃げるのは間違っているはずだ。
「キュル……!」
―ユウキ……!―
「!?」
僕が自分のしようとしていることへの責任を感じているとリザが叫んだ。
「ユウキ」
「うん……魔物だね」
「な!?」
ウェニアも声を掛けてきたことでリザが魔物の接近を知らせてくれたことが理解出来た。
どうやら、既に安全地帯は抜けてしまったらしい。
―喰ラウ!―
また聞こえてきたのはあの『喰ってやる』、いや、『喰いたい』という言葉だった。
間違いなく話が通じる相手じゃないだろう。
「……ウェニア。
リザとリストさんを頼む」
「……ユウキ?」
「……ユウキ君?」
僕はウェニアにリザとリストさんのことを任せた。
「……今から魔物たちは僕が殺す」
「!?お前……!?」
あんなに、いや、今でも怖くて仕方がないことを今は率先して僕はやろうとしている。
……それでも、この人たちを助けたいから
僕が魔物たちを殺すと決めたのはただの独り善がりだ。
これから僕が踏み潰していく人たちを知ったことで、そうじゃない場合は助けたいというだけの偽善だ。
「ガルァ!!」
―喰ラウ!!―
木々の間から魔物たちは相変わらず飢えを満たすことしか考えずに襲い掛かってきた。
それを見て、僕は
「……ごめん」
自分のエゴの為に命を奪う相手に対して謝罪の言葉を呟いてそのまま剣を抜いた。




