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手を伸ばして握り返してくれたのは……  作者: 太極
第二章「森の魔女の聖域」
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第四十一話「想いと約束」

「ふ~、終わった……」


 リウンが薬を調合しているらしい部屋の前まで行くと、リウンが一仕事を終えたかのような声を出していた。

 ウェニアが言っていたことが本当ならば、どうやらあの男の人の娘に出すための調合が終わったのかもしれない。


 子供が薬って……嘘だろ?


 僕はまだ高校生だし専門知識もない人間だけれども作ってある薬を利用する調剤にすらちゃんとした知識と勉強が必要なことぐらいは理解している。

 だからこそ、子供が薬の調合という高度過ぎる作業をしていることが信じられなかった。


「……リウン。入るぞ」


「あ、お姉さんとお兄さん」


 そんな信じられない出来事に僕が混乱をきたしていると、ウェニアは動揺を隠しながら部屋に入り、リウンに声を掛けた。

 あのウェニアが動揺する。それだけでも十分、このことの異常さが理解出来る。


「……薬は出来たのか?」


 彼女は少し戸惑いながらもリウンに薬が出来たのかを訊ねた。

 すると


「うん。出来たよ」


「!」


「そ、そうか……」


 先ほど呟いていた通りにリウンは薬を作り終えたことを自信を持って答えた。


 嘘だろ……?


 森の中で一人で済んでいることや作る料理の美味しさ、家の中が片付いていることから生活力の高さが年齢に反して高いことは窺えた。

 しかし、薬の調合という大人でも出来る人間が限られることをこの子は一人でやってのけたのだ。


「リウン……よく作れたな」


「え?何で?」


 ウェニアのもう常識に囚われることの方が疲れたかのような反応にリウンは逆に意外そうだった。

 それが明らかに僕たちの価値観などではあり得ないことなのにこの子はそれを当たり前だと感じているらしい。


 ……天才ってことなか?


 他人にとっては難しいことを難なくこなす。

 まさに絵に描いたような天才の所業としか言いようがないのかもしれない。

 よくTVとかで「天才児」と持て囃される様な子供たちはあくまでも子供の範疇で天才だが、この子の才能は既に大人の目線からも天才と言うしかない。


「えっと……リウン……

 その……外の―――

 ―――僕の知る限りじゃ君と同じくらいの年齢で薬を作れる子供はその……いないんだ……」


「え……」


 僕は自分でも馬鹿だと理解しながらもリウンに僕たちが驚いている理由を説明した。


 ……これじゃあ『お前は異常なんだ』て言ってると同じなのに……


 僕はこの子の才能に驚かされるだけだけど、きっと中にはリウンのこの才能を気味悪がるなどと思う人間もいるだろう。


 でも、やっていることは同じなんだよな……


 仮令、心の中でもそうは思っていなくても僕が言ったことは相手を傷付ける人間や恐怖のままに相手を罵る人間と同じものだ。

 本当のことや事実を言う。

 たったそれだけで他人を傷つけることになるのがもどかしい。


「……リウン。

 教えて欲しい。どうして貴様は薬の調合が出来るのだ?」


 ウェニアは僕の失言に近い発言の後に続いてそう訊ねた。

 僕たちはどうしてリウンがこんなことを出来るのかを知りたかった。

 でも、たったそれだけの好奇心でこの子を傷付けるのが辛い。


「……お母さんが教えてくれた」


「え……お母さん……?」


 リウンの口から出てきたのはまたしても母親の名前だった。


「うん。お母さんがいた時に薬の作り方を教えてくれたんだ」


「……!」


 リウンに薬の作り方を教えたのは彼の母親だった。


「……どうし―――

 ―――リウンの母親はどう言って教えたの?」


 僕はもう『どうして』という相手を異質な目で見るかの様な言い方ではなく、彼の母親がどんな想いを込めてこの子に薬の調合の仕方を教えたのかを訊ねた。


「……僕が病気になったりした時やたまに森の外から人が迷いんできた人が『助けてあげて』て言って教えてくれたんだ」


「!?」


「他にも『色々な人を助ける方法を勉強して』て言ってたよ」


 リウンの母親が我が子に薬の調合を授けたのは我が子が生きるためとこの森の中に入ってきた人間を助ける力を教えるためだった。

 しかもそれだけでなく彼女は息子に人々を助ける為の多くの知識を付けて欲しいと願ったのだ。

 その母親の精神は息子へと確りと受け継がれていた。


「……その為のあの本か……」


「うん!お母さんが『沢山読んで沢山の人を助けてあげて!』と言ってくれたんだ!」


 リウンは母親があれだけの本を残した理由を嬉しそうに話した。

 あの大量の本はリウンの母親の愛情でもあった。


 本当に……優しい人だったんだ……


 リウンの優しさは紛れもなく母親からの愛情によるところが大きいだろう。

 こんな森の中で息子一人を母親一人で育てるのは並大抵のことでは出来なかったはずだ。

 しかし、この子の善良さを見ていると彼女の愛情は紛れもなく本物であったことが窺える。

 そして、この子は母親との約束を健気に守ろうとしている。


 なら、尚更『ごめんなさい』と『さよなら』を言わないと……!


 彼は外の世界を恐れているが、それでも善良に生きようとしている。

 だから、僕も善意と誠実さを見せたい。


「……リウン。ごめん」


「え……」


 僕はずっと言いたかった言葉をぶつけた。

 昨日から言いたかった『ごめん』という言葉。

 何度目になるかわからないけど、それを言いたかった。


「……ごめん。君のことをよく知りもしないであんな風に言って……

 本当にごめん!」


「お兄さん……」


 リウンにとってはきっと何か辛いことがあったかもしれない。

 そのことに対して、気になるけれどもそれを抉ってしまうことは間違っているはずだ。

 すぐに謝るべきだったのに僕はリウンを信じきれなくて謝れなかった。

 この子を傷つけることが恐かったが、この子に拒絶されることを怖かった僕自身の行動でもあったはずだ。


「……いいよ。

 ありがとう」


「……うん。こっちもありがとう」


 リウンは笑みを深めて『ありがとう』と返してくれた。

 やはり、この子は善良さの塊だ。

 相手の謝罪に対して『ありがとう』と言える。

 それだけの優しさがこの子にはある。


 だったら、尚更あのことも言わないと


 もう一つ僕はリウンに言わないといけない、いや、言いたいことがあった。


「……リウン。

 その……僕たちは明日、あの男の人と一緒にこの森を出ることになったんだ」


「え……」


 僕がそのことを教えるとリウンは一瞬、虚を突かれたかのような顔をして直ぐに寂しそうな顔をした。


「そう……なんだ……」


「………………」


 その姿を見て僕は胸が痛んだ。

 僕は何回、この子を傷付ければ気が済むんだろうか。


 でも……リザと一緒に出来ないよね……


 一瞬、僕はリザの時と同じ様に『一緒に行こう』と言いかけそうになったが、直ぐにそれを止めた。

 リザはあの暗い地下迷宮から出たいと願っていたが、リウンは出たいどころか外を恐れている。

 そんな子に無神経に『一緒に行こう』なんて言葉は向けるべきじゃない。

 でも、それでも言いたいことが僕にはあった。


「もし、もう一度この辺りに来れたらこの家に寄ってもいいかな?」


「え……?」


 僕はまたこの森に来ることになったらこの家を訪れると言った。


「……また、来てくれるの?」


 リウンは信じられないといった様子だった。

 この顔を見て僕は改めてこの子が寂しさを感じていたことに気付かされた。


「うん。約束する。

 きっとまた会いに来るよ」


「本当!?」


「うん」


 リウンは満面の笑みを浮かべてくれた。

 それを見て僕はこの約束を何年かかっても必ず果たしたいと願った。

 きっと守ることは難しい約束かもしれないけど、でも、絶対に果たしてみせる。

 僕はそう決めた。

 この笑顔を裏切るマネは絶対にしたくないからだ。

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